第326話 平和な披露宴
記念すべき第一回目となる“ちょっと待った”をやり終えた俺とシュトラは、そのまま教会での挙式に臨み、こちらも見事にやり遂げるに至った。自分の式にこう言うのも何だが、この手前に試練のパレードやシルヴィア、エマとの激闘を挟んでいたものだから、本当にあっけないくらいに無事に終わった。うん、これに関してはパレードが悪いよ、パレードが。本来であれば緊張するであろう誓いの言葉やキスが、完全にパレードに飲まれてしまっていたもん。けど、その上でも幸せというものは感じられるもので、終わった後の俺の心には、こう、ほわっとした温かな、それでいて浮ついた気持ちがずっと残っていた。シュトラも同じ気持ちだったら嬉しい――― いや、シュトラの表情を見れば、わざわざ言葉にしなくたって分かっちゃうか。まあ、兎に角俺達は幸せだったのだ。
で、シュトラとの式もいよいよ最後のイベントを迎える事となる。そう、披露宴だ。トライセン城の一部を丸っと披露宴会場に仕立てたこの会には、式に招待した俺達の家族や友人知人などが並び、正直言って世界的に見ても、結構な面子が揃っていた。そんな面子を相手に、現在俺達は挨拶をしに回っているところである。
「ケルヴィン、分かっていると思うが、シュトラの事をよろしく頼むぞ。何かあったら俺がお前を斬るからな? 容赦なく斬るからな?」
「将軍、その時は私も一緒に斬りますね! ご主人様はご主人様なので、ひょっとしたらそのご褒美に、お休みが貰えそうですし!」
「いやアズグラッドにフーバー、お前らの得物って槍じゃなかったっけ? どっちかと言うと刺すじゃないか?」
「そうですぞ、アズグラッド王。ですからその時の役目は、是非とも剣が得物であるワシに……!」
「ダン将軍!?」
「あ、それじゃおばさんも参戦しちゃおうかしら~? ロザリアちゃんもママと一緒にどう?」
「フフッ、面白そうですね。是非ともご一緒させてください」
「サラフィアにロザリアまで!?」
「ケルヴィンさん、ツッコミの声色が喜びに満ちていますよ」
トライセンの関係者であるお義兄様や将軍等々はもちろんの事。
「シュトラ、さっきの試合、とっても良かったわよ! 特に最後のケルヴィンを助け出すシーン、涙腺にきたわ!」
「セラねえ、感動して泣いちゃってたもんね」
「こ、こらリオン、それは言わない約束でしょ!?」
「うおおおん! ワシも感動して泣いちゃってたの……!」
「ジェラールさんは終始感動されていましたね。周りの迷惑になるからと、途中から席を離れるほどに……」
「ジェラールさん、明日からも式はまだまだ続くんだよ? 水分足りそう?」
「足りなさそぉぉぉ……!」
「ううっ、シュトラちゃんが本当に綺麗でした…… 共に戦うケルヴィン様も、いつも以上に神々しくて、もう――― 本当に色々と堪りませんでした! 戦いの場を支援する事ができたこの喜び、一体どのように表現すれば良いのでしょうか!? 世は正に、仰げば尊死……!」
「コレット、貴女の式も後の控えているのですから、その前に死なないようにしてくださいね?」
「ああ、メル様が私如きを心配してくださっている……!」
「ママ、コレットさんが脱水症状を起こす寸前さん、かもです」
「クロメル、今は敢えて放っておくのです。クロメルまで心配しては、本当にコレットが干乾びてしまいますから」
「ケルヴィンの兄貴、今日は本当におめでとうございやす! 兄貴の一番の舎弟として、共に今日を迎えられた事が―――」
「―――ダハク、話が長い。主、おめでとう。シュトラもおめでとう。うん、それだけ」
「め、めでたい、んだなぁ」
我が家の仲間達もこの通り、全員集合でなかなかのカオスっぷりだ。
「ん、ご飯が美味しい。あ、シュトラおめでとう。ケルヴィンもおめでとう。お陰で御馳走が堪能できている。とっても美味しいよ」
「シ、シルヴィア、今日の主役が来ているんだから、今は食べるのを止めようよ……」
「フフッ、良いのですよ。ルノアがそんなにも堪能できているようで、私も嬉しいです」
「うう、シュトラの優しさが身に染みる…… 本当に面目ないです……」
「そんなに気負うなって。あ、そういやエマに聞いておきたい事があったんだけど」
「私にですか? 何です?」
「“ちょっと待った”が終わってから言うのも何だけどさ、コレットの『巫女の秘術』を『咎の魔鎖』で固定化しておけば、ずっと倒されない状態が維持できたんじゃないか? 何個か同時に使用できるって前に聞いたから、自分とシルヴィアに使っておけば、ある意味無敵だったと思うんだが…… 流石に死の巻き戻しの固定化は無理だったのか?」
「ああ、何かと思えば戦いについての質問ですか。まあ、ケルヴィンさんらしいと言えばらしいですが…… いえ、可能でしたよ? やろうと思えば、コレットの『巫女の秘術』も固定化できます」
「可能なのかよ!? ……それ、強過ぎないか? 疑似的にニトのおじさんみたいな感じになるって事だろ?」
「強いには強いのですが、その状態を維持する為の魔力が凄い事になるんですよ。通常の健康状態の維持とかとは、正直比べ物にならないですね」
「あー、なるほど…… そこまでオイシイ話はないって事かぁ……」
「あはは、期待させてしまってすみません。ですが、作戦のどこかで使えないかなって、一応考えはしたんです。けど、この模擬戦の勝敗って秘術の発動が条件だったじゃないですか。それだと秘術を固定化させて巻き戻したところで、発動したって言う敗北の事実は変わりませんよ」
「ん、だから作戦から除外した。実戦なら意味あるけど、この戦いにおいては魔力を無駄に消費するだけ。はぐもふ」
「おう、そこのいけ好かねぇ黒髪のあんちゃん! シルヴィアとエマだけじゃなく、俺にも挨拶をさせ―――」
「―――はいはい、面倒な事になるから、ナグアは黙っておこうね。代わりに私達からお祝いを言っておくから」
「むぅーーー……!」
「御二人とも、末永くお幸せに。あっしら一同、心からそう思っていやすよ」
シルヴィアとエマ、そしてパーティメンバーであるアリエルとコクドリからも、温かい言葉を頂戴する。すっかり拘束されてしまっているが、恐らくナグアも同じ気持ちなんだろう。ああ、言葉にしなくたって分かっているさ。うん、分かってる分かってる。
とまあ、その他にも様々な人達がお祝いに来てくれた。人によっては明日からも続く他の式にも参加してくれると言うし、本当にありがたい限りである。全てのテーブルをひと回りしたら、取り合えずはひと段落。メイン席に戻って、ひと時ではあるが、俺とシュトラだけの時間となる。
「……ふう、明日にはリオンとの結婚式があるから、早朝のうちにパーズに移動か。覚悟の上とは言え、やっぱりなかなかの過密スケジュールだな」
「あら、ケルヴィンさん? もう別の女性の事を考えているんですか? まだ、私との式の最中だと言うのに」
「うっ……! す、すまない、シュトラ。俺とした事が……」
「むー! と、童心に帰って言いたいところですが、明日の相手はリオンちゃんですからね。仲良しとして、特別に許してあげます」
悪戯を成功させた幼い時のシュトラのように、クスクスと笑う嫁シュトラ。その笑顔は色々と俺に特効ですよ、シュトラさん?
「そうですね、明日からも続く式や“ちょっと待った”の為にも、今日の疲れを残すのはいけませんし…… 決めました。深夜0時までは私との時間、それ以降はたっぷり睡眠時間と言う事にしておきましょう。構いませんね、ケルヴィンさん?」
「もちろん。それまでにやりたい事について、何か御所望はありますか、シュトラ姫?」
「わ、私の口から言わせるおつもり、ですか……?」
「………」
どうやら今日は時間ギリギリまで、まだまだ頑張る必要があるようだ。




