第325話 救出劇
「どうだ? 見えるか?」
「おおっ、何だか全体的に色合いが独特ですが、さっきよりも眩しくないです! 良いですね、この眼鏡! って、あ、あれはッ!?」
ダンからサングラスを受け取ったロノウェは、その実況力を大いに発揮させる事で、猛烈な輝きの中から二つ、何者かの人影が弾き出されたのを確認した。双方が全く逆の方向へと向かって行くが、どちらも猛スピードである事に変わりはない。このまま進んで行ってしまうと、コレットの結界の外へと出てしまうのは明白である。
「ぐっ、げほ……!」
「か、はッ……!」
二つの人影は、ボロボロになったケルヴィンとエマのものだった。声色を耳にするだけで分かるほどに、両者とも酷い状態である。意識が朦朧としているのか、回復魔法を使用する様子も、結界の外に出ないようにブレーキをかける様子も見られない。このままでは本当に、双方とも場外負けになってしまう。そうなってしまえば、どちらが先に場外になったかが焦点になる訳だが―――
「させま、せんッ……!」
「エマ……!」
―――双方の相方が、それを黙って見ている筈がなかった。
(ダメージも酷いですが、全身の火傷と凍傷も無視できない状態……! ご丁寧に『咎の魔鎖』でそれら状態異常も固定化していますね、これは……!)
ありったけの魔糸を展開したシュトラが、それらで弾き出されたケルヴィンを受け止める。先の衝突で氷女帝の情愛の魔糸は切られ、フィールドに張っていた蜘蛛の巣も全て破壊されてしまった今、ケルヴィンを止められるのは自前の魔糸のみ。猛スピードで飛ばされたケルヴィンを止めた反動は凄まじく、魔糸に、そしてシュトラの両指に激痛と負担がのしかかるが、この魔糸を手放す訳にはいかない。国の為、勝利の為、式を成功させる為――― シュトラをそうさせる理由は様々ある。だが何よりも、何が起きようとも、愛しき人を諦めるなんて選択肢は、シュトラの中に存在しないのだ。
(クッ……! 最後に使ったケルヴィンの大鎌、あれはいつもの魔法じゃなかった……! 見てくれは絶対の斬撃、だけど実体は凝縮に凝縮を重ねた、爆風の権化……! 初めからエマを場外にする事のみに焦点を当てた、そんな攻撃だったんだ……!)
戦闘の火中で唯一無事だったシルヴィアであるが、今の彼女の表情に余裕なんてものはない。大急ぎで踵を返し、爆風によって弾き飛ばされたエマを追う。ケルヴィンと衝突した際、そこで巻き起こった衝撃の殆どはシルヴィアが盾となり、防ぎ切った――― と、当初の予定ではそうなる筈だったのだが、ケルヴィンの大鎌の一撃は非常に不規則なものだった。正面からぶつかり合う純粋な力の衝突、一見そのように見えはしたが、実際は大鎌の刃は鞭のようにしなり、シルヴィアの背後に居たエマにまで、その凶刃を届かせていたのだ。結果としてエマは爆風をもろに浴びる事となり、気を失ってしまった訳である。
そんな経緯があって始まった、両陣営による相方の救出劇。こうなる事をある程度予想しての事なのか、シュトラの動き始めは非常に迅速であったし、シルヴィアの反応も実に超人的で、判断の早さも文句のつけようがなかった。このまま順調に事が進めば、ギリギリではあるが場外扱いになる前に、どちらも仲間を助け出す事ができるだろう。 ……そう、順調に事が進めば、であるが。
「ッ!?」
痛みに苦しみながらも、シュトラはケルヴィンを受け止め切った。しかし、その一方でエマを追いかけるシルヴィアの前には、とある物体が立ち塞がっていた。
(これは、シュトラの……!)
漆黒の蜘蛛型ゴーレム、ケルヴィンとシュトラの共同作業の産物――― その名は、黒土傀儡像。彼の蜘蛛は先の衝撃の際、シュトラの盾となって全て破壊されたと思われていた。しかし、実のところ一体のみ、結界の隅に隠れ潜んでいた黒土傀儡像が居たのだ。
「シュト、ラ……! まさかここまで、読んで……!?」
排除するだけであれば、シルヴィアがこのゴーレムに苦戦する事などあり得ない。が、今は一分一秒、それどころかコンマ秒を争う状況なのである。倒すにしても、迂回するにしても、相応の時間は必要。躱して突破するのが、最も時間を節約できるだろうか? 考えている時間も惜しい。シルヴィアは自らの感覚を信じ、最小限の動きで黒土傀儡像を突破。エマに向かって手を伸ばし、親友を助け出す努力を尽くした。 ……が、元よりギリギリの想定は覆らず、シルヴィアがその手を握るよりも前に、エマの体が結界の外へと抜け出してしまう。
「鍛え抜いた実況力、つまるところそれは眼力! 私の目は今、確かにエマさんが結界の外に出たのを捉えました! ええ、本当ですとも! 凄いぞ、私の目ぇぇぇ!」
「そうか、良かったな。それで、つまるところ?」
「ええ、つまるところですね――― この試合、ケルヴィンさんとシュトラ様の勝利でぇぇぇす!」
堂々と宣言されるケルヴィン達の勝利宣言、それに続けて轟く観客達の声。結局戦いの殆どは見えずじまいだったし、何が起こっているのかも大半の者は理解できなかったが、シュトラが勝利したその事実は、トライセン国民の心を揺らすのに十分過ぎるものだった。
「ん、間に合わなかった……」
コロシアム中に声援が鳴り響く中、気絶したエマを抱えたシルヴィアが地上へと降り立つ。
「シルヴィア、本気で勝ちに来てくれて、ありがとな…… 本当は判定勝ちじゃなくて、直接の勝利を掴みたいところだったが…… 場外を選択しないと勝てないってくらい、マジで追い詰められたよ。うん、本当に最高の時間だった……」
続いて、シュトラに肩を借りたケルヴィンも地上へと降りて来る。ここへ来るまでに回復魔法を使ったのか、戦闘のダメージはすっかりなくなっている様子だ。但し、全身の火傷と凍傷は未だそのままで、正直見た目は痛々しいままである。
「まさか術者が気絶しても、固有スキルの力が続くとは…… 読みが甘かったです」
「終始読みに読んでいたシュトラがそう言ってくれると、エマも浮かばれる。是非とも辞世の句に入れておきたい」
「あの、まだ私、死んでないんですけど……?」
何ともタイミングが良いもので、ここでエマも目を覚ましたようだ。同時にケルヴィンに施していた『咎の魔鎖』が解除され、漸く治療可能な状態となる。
「では、改めまして…… シュトラ、ケルヴィンさん、ご結婚おめでとうございます。あなた方が結ばれた事を、心から祝福します。本当にお似合いですよ、ったくもう」
「ん、おめでとう。二人が一緒になってくれて、私も嬉しい。あとケルヴィン、今度はちゃんと殺すから、その辺も安心しておいて」
「ちょ、ちょっと、シルヴィア!?」
笑顔でとんでもない事を言うシルヴィアに対し、エマが鋭いツッコミを入れる。その光景が何だかおかしくて、ケルヴィンとシュトラは揃って笑ってしまうのであった。
「く、くふっ…… クハハッ! ああ、お陰でこれからも人生が楽しめそうだよ。しっかし誠実って言うか、どこまでも義理堅い奴だな、シルヴィアは」
「何でそうなるんです!?」
「まあまあ、良いじゃないですか。物騒に聞こえるかもしれませんけど、これもコミュニケーションの一種なんです」
「シュ、シュトラ、理解のあり過ぎる奥さんも、正直どうかと思うよ……?」
「ねえ、披露宴には御馳走出る?」
「もちろん。シュトラ曰く、トライセンの伝統料理が並ぶらしいから、シルヴィアにとっては懐かしい味も多いんじゃないかな?」
「おおー……!」
「ああ、もう、既に別の話に切り替わってるし……」
―――新郎ケルヴィン、新婦シュトラ、“ちょっと待った”の撃退に成功。