第322話 未来は明るいらしい
竜巻の中にて行われた、ケルヴィンとシルヴィアによる接近戦。速度と手数に優れ、『剣術』における攻撃が一枚上手であったシルヴィアは、終始ケルヴィンを圧倒していた。基本的に大振りになってしまう大鎌との相性は最悪、故に防戦一方となってしまったケルヴィンは、これを補うように魔法で応戦。しかし、例の如くシルヴィアには魔法が通じない。しかも『緑魔法』の半分は封じられている(ように見せている)為、取れる手段もごく限られたものになってしまう。
有効なのはケルヴィン自身に施す事ができる補助魔法、そしてダメージを回復させる治癒魔法くらいなものだろうか。尤も補助魔法に関しては、シルヴィアに近付き過ぎると解除されてしまう恐れがある為、過信はできない。ともあれ、ケルヴィンはそれら手段を駆使して、何とかシルヴィアの猛攻を耐え凌ぎ、僅かに残ったチャンスの機会を窺っていた。
「やっぱ近接戦闘はそっちに分があるか! あの時を思い出すなぁ、おいッ!」
「ん、そう言う割には凌がれてる。実力的に分があると言うよりも、状況的に分がある感じじゃない?」
「ハハッ、どうだろうな! まあ、俺も随分と鍛えたつもりだ! 何でもかんでも、そっちの思い通りにとはっとぉぉぉ!」
ケルヴィンの頬を深々と細剣が切り裂く。あと少し顔を引くのが遅ければ、細剣の刃はケルヴィンの頭部を貫いていたかもしれない。
「ん、またまた惜しい。その程度の傷じゃ、一瞬で回復されちゃうから意味ない」
「いやいや、お前だって俺が頑張って反撃しても、『自然治癒』で回復するじゃないか! お互い様だ、お互い様! ……あれ、これって永久機関が完成した? ずっと戦っていられる?」
「貴方の魔力が底無しだったら、そうかも?」
「だよな!?」
否、その前に舞台を押し上げる氷星が、結界の天井と衝突してしまうだろう。その事実を知ってか知らでか、ケルヴィンは戦いのやり取りに没頭して―――
「無空!」
―――否、またもや否。ケルヴィンはその事実をしっかりと認識していた。考えてみれば、そんなつまらない戦闘の終結を、ケルヴィンが望む筈がなかった。キッチリと戦闘を延長させる為、ケルヴィンは次なる行動を起こし始める。
「ッ……!」
「からのッ!」
周囲の気圧を変化させ、酸欠を引き起こさせるS級緑魔法【無空】を最速で使用し、その直後に大鎌を舞台に向かって垂直に振り下ろす。シルヴィア自身に魔法が効かなくとも、魔法によって周囲の環境に変化が生じれば、シルヴィアもその影響を受けざるを得ない。今回の場合、それは周辺酸素の変化となって彼女に襲い掛かった。
「く、うっ……!」
初見の魔法、竜巻の中と言う密閉空間、更には相当の運動量を強いられる猛攻中に無空を受けてしまったシルヴィアであったが、彼女は僅かな隙を晒しながらも、これに即座に適応してみせる。生成した水から酸素を取り出し、魚の如くそれを活用するというC級青魔法【疑鰓】を使い、即座に立て直しを図ったのだ。
ちなみにこの魔法、シルヴィアが即興で作り出したもので、元々覚えていたものではない。今自分に何が必要なのかを正確に感じ取り、即興で魔法を構築し、刹那の間に使用してみせた――― と、言うのは易しだが、これを咄嗟に行うのは不可能に近い。C級とは言え、この速度で新たに魔法を編み出すなんて荒業は、今のケルヴィンにだってできない事なのである。
(おいおい、『並列思考』込みでもそのスピードはあり得ないぞ!? これが天才ってやつか!?)
同じ魔法生成の経験者として、自然とその事実をケルヴィンは感じ取っていた。見事なまでの魔法生成術に感嘆し、彼女がこれからも自分と共に強くなってくれる事を確信し、これからのバトルライフに更に希望に満ちたものになると、柄にもなく神に深く感謝する。が、僅かにでも生じた隙は隙、これを十全に活用しないなんて事は、対戦相手のシルヴィアに対しての失礼に当たる――― と、そんな思想を持つケルヴィンは、そのまま当初の目的を達成するのであった。そう、氷星の破壊である。
―――ズザァン!
二人を覆っていた竜巻が、舞台職人のそれよりも良品質な氷の舞台が、観客達の目を奪っていた氷星が、真っ二つに引き裂かれる。そうやって無事に大鎌を振り終えたケルヴィンであったが、直後にシルヴィアの猛撃と出会ってしまい、急所を上手く躱しながらも体中に穴を開ける事に。とまあ、そんなこんなで二人は姿を現した訳だ。もちろん、その光景はシルヴィアとエマも、見ようと思えば見れたのだが―――
「目を離している暇はッ!」
「ないですね……!」
―――敢えてそんな事はせず、今正に衝突しようとしている眼前の親友にのみ、視線と意識を集中させていた。
舞台が真っ二つになろうとも、エマは足場を一切気にする様子もなく、最短距離でシュトラの下へと突き進む。突貫と同時に灼熱の刃を前面に突き出し、進路を邪魔しようとする青き蜘蛛の巣を滅却。如何に糸を蜘蛛の巣の形に重ねようとも、その程度で『溶焔』を防ぐ事はできない―――
「―――なんて、思っていましたか?」
「ッ!? こ、これは……!」
エマの一撃の前に、蜘蛛の巣は確かに消滅した。紅の刃が触れた瞬間に、音もなく溶けていった。しかし、その直後に『太陽の鉄屑』が異様に重くもなった。エマの体感で少なくとも二倍の重量感はある。剣身の方をよくよく見れば、大剣と同じくらいのサイズはあろう、大きな大きなクリスタルが、刃の部分に密着しているではないか。しかも、そのクリスタルは次第にその大きさを増していき、それに伴って重量もドンドン増えていっている。
「忠告が遅れましたが、この蜘蛛の糸には安易に触れない方が良いですよ。私が良しとしない接触者に対して、そのような拒絶反応を示しますので」
ケルヴィン特製のオーダーメイド人形、黒土傀儡像。シュトラはこの蜘蛛型ゴーレムに魔糸を通す事で、そこに新たな能力を付加する事ができる。言うなれば黒土傀儡像は、魔糸の特性変換装置なのだ。今回の場合、魔糸に付加させたのは接触者の結晶化、時間と共にクリスタルは肥大化し、最終的に接触者全てを飲み込んでしまう、恐るべき状態異常であった。こうなってしまった以上、エマは愛剣を手放すしか、結晶化を回避する方法がない―――
「―――なんて、そんな風に思ったりしちゃった?」
「ッ! それは……!」
大剣を覆っていたクリスタルが蒸発したのは、エマのそんな台詞を発したのと同時の事だった。元の紅の刃を煌々と光らせ、間髪入れずに突貫を再開。残る蜘蛛の巣の尽くを破壊し、エマがシュトラへと迫る。
「……『咎の魔鎖』の時間差効果、ですか」
「いやいや、何で一瞬で見抜けるのさ?」
エマの固有スキル『咎の魔鎖』は、対象の状態異常や補助効果を固定化する能力だ。しかし、現在におけるエマはその能力を一段階発達させて、固定化させた状態を時間を空けても発動できるようになっていた。今回の場合、能力の対象はエマの愛剣太陽の鉄屑。そして固定化されたのは、何の状態異常にもなっていないという、正常そのものの状態であった。要するに結晶化される状態異常が、固定化された正常な状態に上書きされたのだ。
「まあ良いよ! 見抜いたところで、その末恐ろしい力はもう通じない! ここからは一方的に―――」
「―――なるとでも思ったのか!?」
「ッ!?」
シュトラとエマの話と間に割って入るように、ケルヴィンが頭上より猛烈な勢いのまま飛来。更にはその後を追って、シルヴィアもエマの横に飛来する。
「ああっ、あと少しだったのに! いやまあ、ケルヴィンさんが来なくても、まだまだ何か隠していそうではあったけど!」
「ん、ドンマイ。あと、今から墜落するよ」
フィールドを上昇させていた氷星が破壊され、戦場が方向的な意味で反転する。また、それは第二ラウンドの合図でもあった。