第321話 共同作業
上空を突き進む氷塊、舞台上に巻き起こる竜巻、息もつかせぬ刃の応酬――― 実況・解説・観客の誰もが見る事のできない遥か空の高みにて、数々の素晴らしい試合的な取れ高が生まれている今日この頃。今も螺旋超嵐壁の内部ではケルヴィンとシルヴィアによる接近戦が行われ、絶え間のない命のやり取りが続いている。
(クッ、何とか直撃は避けられたかな……!)
そんな心の声を漏らしたのは、つい先ほどケルヴィンに強襲を仕掛けたエマだ。シルヴィアとの挟撃のタイミングはピッタリであったが、攻撃は突如として発生した竜巻に弾かれてしまった。また、その竜巻は防御だけでなく、間近に存在する物体全てを切り刻む災厄そのもの。言ってしまえば、カウンターとしても機能する厄介な代物でもあった。エマはシルヴィアのように魔法を無力化できる訳ではない為、この反撃が直撃すれば、それは十分に致命傷になり得えてしまう。
ただ、だからと言って素直にカウンターを受け入れるエマではない。彼女の反射神経もまた、常人のそれではなかったのだ。いくつかの切り傷はできてしまったものの、大剣の炎を咄嗟に逆噴射させる事で、それ以上のダメージは受けずに済んでいた。逆噴射の影響により、大分後方へと吹き飛ばされもしたが、空中にて自由に軌道を変える事ができる彼女であれば、それもまた些細な事である。
「壁を作れば、それで分断できるとでも?」
エマの炎がより一層激しく燃える。巨大な壁となっている竜巻も、威力に最大特化させた一撃であれば、逆に吹き飛ばす事が可能だろう。そう確信したエマは、再び竜巻へ突入しようと―――
「アシュリー、ここまで来て、まだ私を無視するつもりですか?」
「……いやー、そんなつもりはなかったんだけど」
―――しかし、突貫を開始する直前になって、彼女に待ったをかける者が居た。ケルヴィンの後方にて陣を構えていた本日のもう一人の主役、シュトラである。彼女は展開した魔糸を舞台に固定し、直立しても問題ないようにバランスを取っているのに加え、周囲に見慣れぬ複数体の人形を並ばせていた。無論、それら人形には魔糸が行き届いている。ついでに言ってしまうと、現在エマの大剣にも何本かの魔糸が絡まっており、その動きが大いに阻害されていた。
「かつての主、今の親友に刃を向けるのは、元騎士としてどうって思わない?」
「それ、ケルヴィンさんに言ったら笑われますよ? 何の為の“ちょっと待った”なんだ、って」
「あー、言いそうかも。それで、その人形達は?」
エマは以前、シュトラにお気に入りのヌイグルミ達を紹介してもらった事があった。その中には戦闘用大型クマのゲオルギウス、万能型の騎士人形のロイヤルガードも含まれており、かなり興奮気味に、それはそれは目を輝かせて説明してもらった事を、エマは今もよ~~~く覚えている。何せ、説明が長過ぎてその日は泊まり込みになり、結局朝方まで続きに続き――― 兎も角、疲労と共に記憶に深く刻まれていたのだ。だからこそ、シュトラの基本的な戦法についての知識も、人並み以上にあるつもりだった。
だが、いざ戦闘が始まっても、シュトラはそれらヌイグルミ達を一向に出す気配がなかった。開始直後に後方へ移動し、魔糸を展開、後はただただ立っているだけである。一見無防備、だが底知れない何かを感じ取ったエマは、シュトラが何かを仕掛けて来る事を悟った。親友だから分かる。それは厄介だ。ああ、本当に厄介な事になると、そう強く悟ったのだ。それ故、その何かをされる前に、シルヴィアとの連携攻撃で先んじてケルヴィンを仕留める為に動いた――― のだが、現実問題それは失敗し、現在はシュトラ&聞いた事も見た事もない人形と対面している最中である。
「この子達ですか? フフッ、説明すれば長くなるのですが―――」
「―――状況が状況だから、手短に説明できない?」
ある種のトラウマを回避すべく、エマの神速のツッコミが光る。
「……この試合は先のパレードに続く、夫婦となる私達の初の共同作業の一環であると、そう私は捉えています。この子達はケルヴィンさんが魔法で生成した、所謂ゴーレムの一種、それも私が『操糸術』で操る事に特化させたオーダーメイド品なのです」
「ゴーレム? おかしいな。それってつまり、『緑魔法』で地面から作ったって事だよね?」
ケルヴィンの『緑魔法』を半分封じる、今模擬戦でシルヴィアとエマが氷星を舞台ごと空に飛ばした理由の一つが、正にそれであった。場所に関係なく使用する事ができる『白魔法』や、風系統の『緑魔法』とは違い、大地系統の『緑魔法』は素材となる地面に近くにないと、その力を発揮させる事ができなくなる――― 筈なのだが、今エマの目の前には、ケルヴィンが生成したと言うゴーレムが、確かに存在している。これはどうにも不可思議な事だった。
(シュトラが青魔法で作り出した幻影? いや、でも、ううん……?)
目の前の相手がシュトラである事も影響しているのか、エマはかなり考え込んでいるようだ。
……但し、ネタ晴らしをすると、これは思ったよりも単純な話であったりする。シルヴィアの氷塊が舞台を持ち上げ、空へと打ち上がるその瞬間、ケルヴィンは氷塊下の大地を素材として、剛黒の黒剣を何本か氷塊の裏側に突き刺していたのだ。これら黒剣は氷塊を破壊するには至らないものの、氷塊と共に空へと輸送されて行く事となる。後は上昇する道中に黒剣を更に素材として再活用し、シュトラ用の人形を生成すれば良いだけだ。
「ですね。本当に不思議な事が起こったものです」
もちろん、シュトラはその事実を語らない。不気味な底知れぬ感じを大いに心理戦に利用し、少しでも優位に立てれるよう役立てるつもりであった。
「ちなみに、この子達は『黒土傀儡像』と言います。生成された数は全部で八体、今回の戦いではこの子達以外に人形は使用しませんので、その辺りはご安心を」
「うーん、全然安心できそうにないなぁ」
シュトラの周囲に並んでいる黒土傀儡像は、蜘蛛を模した特殊な形状のゴーレムであった。先端が鋭利な八本の腕、赤い光を放つ八つの目、そして黒光りする漆黒の装甲を有し、シュトラが展開した魔糸を蜘蛛の巣として活用しているようだ。しかし、蜘蛛のようだからと言って気味が悪いと言った印象は不思議と受けず、むしろ洗練されたそのボディフィルムは、どこか未来的とさえ感じられる。
「見た感じ、頑丈そうだよね。 ……『溶焔』」
苦笑いを浮かべながら、エマが自らの愛剣、『太陽の鉄屑』を刃を深紅色に染め上げ、そこに絡んでいた魔糸を一瞬にして溶かしていく。
「得物の形態変化、ですか。もう『噴焔』は良いのですか?」
「必要になったらまたやります、よッ!」
機動力特化の『噴焔』から、圧倒的熱量を誇る『溶焔』への移行。これはあらゆる局面への対応を可能とする為、エマが独自に編み出した愛剣の形態変化能力である。通常の炎の斬撃では破壊が困難と判断した彼女は、斬るのではなく溶解させる事で人形達を倒す判断を下したようだ。舞台を蹴ったエマが、シュトラとの距離を一気に詰める。
対するシュトラは両指で糸を操り、八体の黒土傀儡像を本格的に起動させる。黒鉄の蜘蛛達は魔糸を伝って移動をしつつ、腹の先から新たな魔糸を放出。そうやって驚くべき速度で新たな巣を構築し、エマの行く手を阻むのであった。
「そんなか細い糸で、私の剣を防げるとでも!?」
「私が無駄な行動をするとでも?」
食い破ってみせる。食い止めてみせる。己の主張を証明すべく、二人は赤き剣と青き糸を十全振るう。衝突は間近、もう一秒も必要としないだろう。しかし、だがしかし、その一秒は他の事象を引き起こすには、十分過ぎる時間でもあった。
―――ズザァン!
舞台中央にて巻き起こっていたケルヴィンの竜巻が、二人が刃を交える寸前の瞬間に切り裂かれたのだ。それはもう見事なまでに真っ二つ、ついでに真下にあった舞台も真っ二つ、更におまけして氷星までもが真っ二つ、である。
「あーッッッ…… っぶな! 大鎌振り下ろすのに、こんなに苦労した事今までなかったわ! マジでギリギリだったわ!」
「ん、残念。結局、回復に追いつかれた」
あっさりと四散する、クライヴ君直伝の大魔法。その中から現れたのは、体中に穴を開けつつも笑っているケルヴィンと、無表情ながらに残念そうな雰囲気を醸し出しているシルヴィアの姿だった。




