第320話 先制お色直し
氷星の上昇スピードが速い。このまま行けば、直ぐに結界の天辺に衝突してしまうだろう。純粋な衝撃では破壊不可な結界とのサンドイッチなんて、正直考えたくないものだ。あ、いや、この結界は攻撃は通さないけど、生物は素通りするんだったか。結界の外は場外負け扱いの筈だから、そっちがシルヴィア達の狙いになるんだろう。舞台や氷星はシルヴィアの魔法によって生成されたもの。であれば、寸前のところで自分達だけ避難経路を作るとか、そんな方法はいくらでもできそうなもんだしな。
『シュトラ、舞台裏の氷の塊を壊すのと、場外扱いになる前に二人を倒すの、どっちを優先する?』
『ギミックの破壊を最優先するべき、と言いたいところですが、シルヴィアのこの魔法、氷の闘技場並みに頑丈そうです。最初から凍っているものに対し、私の『冱寒の死糸』は相性が悪いですし、今から人形を展開したとしても、相当の時間を要するでしょう。となれば、ケルヴィンさんの『大風魔神鎌』で破壊するのが理想的――― なのですが、その場合は二人が攻撃直後の隙を突いて、ケルヴィンさんに攻撃を仕掛けてくるでしょうね』
『シュトラが俺を護ってくれたら、その選択もアリじゃないか?』
『ケルヴィンさん、分かって言ってますよね? どちらか片方ならまだしも、私如きでは二人の集中攻撃なんて防御できません。私、この中では最弱の立ち位置ですから』
『ハハッ、悪い悪い。じゃ、どうしようか? 速攻での撃破目指しか?』
『もう、そんな心にも思っていない事を…… そんな不確実かつ短期での決着、ケルヴィンさんが望む筈ないですよね? 二人と存分に殴り合いをしながら、ついでに戦闘の余波で氷星を破壊しちゃってください。射程の長い『大風魔神鎌』なら、それも十分に可能でしょう。私も最大限サポートしますから』
『おっし、その言葉を待っていた!』
シュトラからのお許しが出たところで、俺は意気揚々と前へと飛び出した。円滑な夫婦生活を送る為にも、嫁さんからの許可はとっても大事、なんだと思う。
敵さんがこっちに迫っているこの状況、俺も駆け出せば会敵までは一瞬だ。だからこそ今のうちに、シルヴィアとエマが線で交わるよう、大風魔神鎌の標準を合わせ――― 挨拶代わりの特大斬撃をぶっ放す!
「初手からとんだ挨拶ですね! これ、私達が避けたら外の結界にぶつかりません!?」
「最初にとんだサプライズを決めてくれたのはどっちだよ!? あと、避けられるなら安心して避けろ! 結界の手前で消えるように調整してるから!」
「ん、安心設計」
滅茶苦茶早口で話してくれるエマの口調は、戦闘が如何にハイスピードで行われているのかを物語っているかのようだ。一方のシルヴィアは…… まあ、うん、いつもの通りのクールかつマイペースな感じ。ともあれ、炎を吐く大剣のジェット噴射でとんでも軌道を描き、無理矢理に斬撃を躱すエマ。またまた一方のシルヴィアは――― ああ、こっちはそもそも躱す気がないな。
「邪魔かも」
斬撃がシルヴィアの手で払われ、強制的にその軌道が変えられてしまった。悲しいかな、絶対的な破壊力を誇っていた大風魔神鎌が、ここ最近尽く無力化されている気がする。いや、ハードとかが相手だったし、大鎌との相性が悪いってのは分かっているんだが、こうも続くとなかなか衝撃を受けてしまう。尤も、戦闘中の衝撃は喜びでしかないんだけどな!
確か、シルヴィアの持つ固有スキルは魔法の威力を弱体化させるものだ。しかし、以前の彼女であれば大風魔神鎌だけは受けないようにしていた筈。これ、間違いなく固有スキルが強力になっているよな? S級の魔法も完全無力化できるようになっているよな? ハハッ、実に素晴らしい!
『気を付けろ、シルヴィアには魔法が完全に効かないっぽいぞ』
『魔法が主な戦法である私達とは相性が悪過ぎますね』
『ああ、喜ばしい事になッ!』
『興奮しているところ申し訳ないのですが、アシュリーの『咎の魔鎖』にも気を付けてください。状態異常を固定化させて、解除不能にしてくる可能性がありますので。今で言うと、凍結効果が怖いです』
『了解ッ!』
念話をしている最中にも、一直線に俺の下へと至ったシルヴィアが、嵐の如き連続突きを繰り出していた。大鎌をこれ以上振るわせないようにする為なのか、それら攻撃は一切途切れる様子がない。首や心臓といった人体の急所、或いは少しでも隙を見せた箇所を狙って、正確無比かつ痺れるような速度で放たれる細剣突きは、一撃一撃が殺意の塊だ。都度に黒杖で受けるか弾くかしているが、一発でも選択をミスればその時点で即死、良くても大ダメージを負ってしまうだろう。それに―――
「ハァァァッ!」
―――その隙に俺の背後へと回ったエマからも、素敵な一撃をプレゼントされてしまう。その細身からは想像もできない馬鹿力と、炎の噴射によってこれまた馬鹿みたいな威力に達した、如何にも大剣らしい一撃だ。それ、ジェラールの渾身の斬撃に匹敵してない?
「いやはや、流石にそれは受けれないって」
「クッ……!」
瞬きの間に巻き起こったのは、かつてエルフの里を蹂躙した厄災の竜巻。クライヴ君直伝のS級緑魔法【螺旋超嵐壁】の小型版である。残念な事にこれを展開しても、氷の舞台は破壊できず、当然その下にある氷星も破壊できなかった訳だが、その代わりに双方からの攻撃は全て弾き飛ばせた。例の如くシルヴィアにダメージを与える事はできないが、細剣を防ぐ事自体は可能なのだ。魔法の無効化ができないエマの方は、それに加えて結構吹き飛んだんじゃないかな。
「むん」
騒音を掻き鳴らす暴風の中から、何やらシルヴィアの声がしたような。気のせいか? うん、気のせいじゃない。どうやらこの凶悪な竜巻を前にしても、シルヴィアが迷う事はなかったようだ。竜巻の壁からシルヴィアの顔が覗き、俺に向かってこんにちはを敢行していらっしゃる。
「少し、アンジェっぽい?」
「?」
首を傾げながら、容赦のない素敵な攻撃を再び繰り出し始めるシルヴィア。いやー、まさか竜巻の中を正面から突っ切るとは、なかなか無茶をなさる。いくら自分がノーダメージつっても、身に付けている武器や防具はそうでもないだろうに。破壊されるのもお構いなしってのは潔いが、男の俺からしたら、肌の露出は目のやり場に困る事になる訳で――― って?
「おいおい、主役よりも先にお色直しか?」
竜巻の中から現れたシルヴィアであったが、彼女の装備は全くの無傷であった。と言うのも、軽鎧の上に氷の装甲が新たに付与されている。ジェラールのような全身鎧と言う訳ではなく、動きが阻害されないよう、各所に薄く軽い装甲を付け加えたって感じだ。しかし、防御力は見た目以上だな、こりゃあ。
「ん、そんなつもりはなかった。ごめん」
「ああ、いや、冗談だから謝罪は不要だ。それ、新しい魔法か?」
「そう。『氷姫の神鎧』、私の固有スキルの延長みたいな感じで、装備にも効果が丸っと当て嵌まってる。あと、普通に頑丈」
竜巻の中心で斬り結びながら、軽快に会話を続ける俺達。なるほど、俺とハードの智慧形態に類似した何かってところか。まあ、魔法は通らなくても物理なら何とかって時点で、色々と攻略の仕方はありそうだ。ハードの時みたいに、天上の神剣で削ぐって手も――― あ、いや、これも魔法だから無効化されるのか? ううむ、微妙なライン。
「ダン将軍! おっきな氷の塊しか見えませんよ、この試合!? 私の実況力を高めた意味は!?」
「すまないが、こればかりはワシも力になれん。まあ、観客達は巨大な氷塊が打ち上がった光景に盛り上がっているようだから、これはこれで良かったのではないか?」
「良くないですよ、私の努力の甲斐がぁぁぁ!」
……よし、地上側も盛り上がっているみたいだな!