第91話 人狼一体
―――紋章の森・東端
「霹靂の轟剣」
突如、カッと強烈な光、そして雷が落ちたかのような轟音が発せられた。あまりに唐突だった為に、ウルフレッドと兵は目を覆い隠し、何事かと混乱。巨人もほんの僅かではあったが瞼を閉じてしまう。
その光と音の正体はリオンのA級赤魔法【霹靂の轟剣】。ケルヴィンの狂飆の覇剣を真似て作り出したオリジナル魔法である。自然の脅威を剣として具現化させたのだ。
この魔法を付与したのは右手に持つ『魔剣カラドボルグ』。よくよく見ると刃の先から鍔にかけて細い空間があり、その狭間でビリビリと稲妻がうねっているのが分かる。
「僕たち、そろそろ本気でいくね、巨人さん」
リオンが消える。今度はウルフレッドだけでなく、瞼を閉じてしまっていた巨人もリオンを追うことはできなかった。おそらくは、その場で認識できていたのはメルフィーナのみ。
リオンは己のギアの最大速まで上げ、再び巨人の右腕から頭部に向けて駆け出していた。走り抜けると同時に腕を一文字に斬り裂くオマケ付き。先程まで鉄壁を誇っていた巨人の肌に剣はいとも簡単に突き刺さり、そこから前へ前へと走り抜けるだけで、箸で豆腐を裂くかの如く斬り裂いていった。
傷跡からは雷の残滓がバチバチと音を立て、肉を焦がして何とも言えない臭いを放っている。
魔剣カラドボルグの特性は雷の増幅。それ単体でも電気を発するが、魔力を加えると更に威力を増していく。魔法による雷の強化を施せば、その威力は倍化していくのだ。
「グアアアア!」
流石の巨人もたまらず悲鳴を上げる。強靭な皮膚で覆われた巨人の王は、ある意味で天然の鋼鉄製鎧を全身に装備しているとも言える。そんな彼がダメージをくらう、ましてやこれほどの重傷を負うことなど、これまであっただろうか。
更に、頭部への到達と共にリオンは頭上からの攻撃を行う。それは正に強化ミスリルソードが破壊された時の再現。だが、今回は圧倒的にランクが異なる二刀による、目にも留まらぬ連続攻撃。巨人の顔面は一瞬にして赤く染められてしまった。
この間、剣を銜えたアレックスも巨人の死角から動いていた。アレックスの銜える眩い紫色の刃の長剣は月光を反射し、酷く美しい。
影から神出鬼没に現れるアレックスは、巨体のあらゆる場所を斬っていき、その刃が巨人の血を吸い上げる。
魔剣カラドボルグと同様の切味で巨人を斬っていくこの剣は『劇剣リーサル』。美しい刀身とは裏腹に、身が竦むような能力を有している。
一振り食らえば味覚を失い、二振り食らえば嗅覚を、続いて視覚、聴覚、触覚と次々と五感を奪っていくのだ。対人戦はもちろん、耐久性の高い大型モンスターに対して絶大な効果を発揮する恐ろしき剣である。
巨人の王は既に五感の数を超過して攻撃を受け続けている。それはつまり、五感を全て失ったことを意味していた。
リオンとアレックスは巨人の行動を互いに観察し、意思疎通を行いながら攻撃を行う。一見疎らに攻撃しているようだが、フェイント、不意の攻撃など織り交ぜながら、互いを活かし合ってアクションを起こしているのだ。そこには正しく、三刀の意思が存在していた。
ドウン!
方向感覚を失った巨人は遂に地面に膝をつく。最早、勝負は決して―――
「巨人の王ぁ! 形態解放しやがれぇ!」
「へ?」
ウルフレッドの叫ぶ声に、リオンがきょとんとする。アレックスも何かを感じ取ったのか、巨人から距離をとった。
「グオオオオオ!」
巨人の叫びと共に傷口が真赤に染まっていく。それは血の赤ではなかった。
「ほう、これが本当の姿、というやつですね」
「いや、メルねえ、感心するものいいけど、何か熱が凄いことになってるよ!?」
「五感を失っていますから、あの男の命令で変化した訳ではなさそうですね。本能的に危機を感じた、というところでしょうか」
巨人の傷跡は赤く燃え盛り、余りの発熱によってマグマのようになっていたのだ。その熱は辺りにも拡散され、メルフィーナの氷壁にも影響が現れていた。再び立ち上がったところを見るに、形態が変わったことによって、これまで負ったダメージも回復しているようだ。
「はははっ! 硬くて馬鹿力なだけでS級な訳ねぇだろうが! これがこいつの真の力! もうお前ら骨も残らないぜ! さあ行け、巨人の炎王! その煉獄の炎でぶっつぶせ―――」
「まあ、やることは変わらないんだけどね。エフィルねえの炎より弱そうだし」
リオンとアレックスが阿吽の呼吸で攻撃を再開する。いくら攻撃面でパワーアップしたところで、これまで一度も捉えられなかった攻撃はまた当たる。これまで一度も当たらなかった巨人の攻撃はまた外れるのだ。何よりも巨人にとって不幸だったのは、リオンとアレックスがエフィルの炎を見慣れていたことだろう。その対応策もエフィル直々に教わっている。
―――これらを総括すると、まあ、振り出しに戻る。
ドウン!
「何をやっているんだ巨人の炎王! 倒れるんじゃない!」
「いやー、五感を失った状態でそれは無理な注文だと思うよ。巨人さんの炎も弱まってきてるし」
「グ、オ、オ……」
巨人の炎が完全に消え去る。どうやら完全に倒しきったようだ。
「な、何てことだ…… 混成魔獣団が、トライセンの軍が、負けたなど……」
ウルフレッドは戦意喪失し、その場にへたり込んでしまった。時折「トリスタン様に何と言えば」などと呟いているが、もはや戦う意思はない。
「お見事です。よく頑張りましたね」
「えへへ、これでケルにいも認めてくれるかな?」
「ええ、きっと見ていましたよ」
リオンはメルフィーナに抱き付き、メルフィーナはリオンの頭を撫でる。この辺りが子供扱いされる要因のひとつなのだが、リオンは無自覚である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――エルフの里・弓櫓
「リオン様が無事に勝利したようです」
「ああ、この短期間で本当に強くなったな……」
リオンの戦闘は千里眼を通して見守っていた。途中、何度も助け舟を出してしまいそうになったが、何とか踏み止まった。兄さん、リオンを信じてたよ!
S級モンスターを倒すまでに至ったのだ。これでリオンも晴れて一人前を名乗ることができるだろう。子供扱いも控えねばなるまいな。まあ、程々に。
「これで敵部隊は全て壊滅、でしょうか?」
「ああ、反応はもう――― エフィル!」
「え……?」
突如、危険察知スキルが警報を鳴らす。ノータイムで櫓の一部を盾に変形させ、スキルが示す方向へと護りを固める。
盾は魔法らしき攻撃と衝突し、相殺。跡形もなく吹き飛んでしまった。
「あれ~? 仕留めたと思ったけど、死んでないね~」
「いきなり魔法とは、大層な挨拶だな」
そこには人が5人、浮かんでいた。地上から遠く離れた、弓櫓と同じ高さの空中に。
(ちっ、魔法による隠蔽効果か。セラも出撃していたから、魔力察知が働かなかったか)
声を発した不気味なほど美形な男、他はやけに露出の高い軽装鎧に身を包んだ女達だ。
「ご主人様……」
エフィルが弓を構える。
「ん? んんん? おわ、これは当たりじゃ~ん!」
男が突然、小躍りしながら喜びだす。何か、外見と振る舞いが一致しない男だな。
「むふ、むふふ。エルフは結構見てきたけど、君、いいね! 一発で気に入ったよ!」
「……おい?」
「いやー、いい! 実にいい!」
俺を無視して男は話し続ける。ちょっと言動に苛々してきたよ?
「それじゃあ、君! 僕の奴隷になってよ!」
「……お断りします」
「うっそ!? 僕の容姿に惚れないの? マジで!?」
こいつ、振りじゃなくて心の底から驚いているっぽいな。流石のエフィルもそろそろげんなりしてきたぞ。ってか、こいつは―――
「君も物好きだね~。そんな冴えない奴に惑わされるなんて…… でも大丈夫! 僕が救ってあげる!」
男が空中で仁王立ちをし、顎に手をやって気障なポーズをとった。
「さあ、僕に惚れ―――」
シュッ! 俺の放った煌槍が男の頬を掠る。
「……何をするのかな?」
「お前、エフィルに魅了をかけようとしたな?」
鑑定眼で確認した奴の固有スキル『魅了眼』。奴は今、エフィルに向かってそれを使おうとした。
「だから何だって言うんだい? まさか、君程度が僕と戦おうとでも?」
男が鼻で笑う。「マジで?」とでも言いたげだ。
まあな、大抵のことであれば笑って流す俺ではあるが、ちょっとこれは笑えないよな。ああ、月並みの言葉だが言ってやるよ。
「俺の女に手を出すんじゃねえよ」
急激に評価が伸び何事かと思いましたが、ランキング入りしていたようです。
―――マジで!?




