第319話 サプライズプレゼント
「さあさあ、そろそろ準備が整う頃でしょうか!? ただ今デラミスの巫女ことコレット様が、試合に臨む偉大なる四人の若人達に秘術を施しているところ!」
「対象者の死亡を回避するデラミスの秘伝の奥義、だったか。正に奇跡の名に相応しい力だが、術者に対する消耗も激しかった筈。それに加え、周囲に破壊を防ぐ為の障壁も作らなければならん。ケルヴィン殿の昇格式の時は、かなりギリギリの様子だったようだが、果たして今日は大丈夫だろうか?」
「おや、ダン将軍もあの時にいらっしゃったので? それは惜しい事をしました! 知っていれば、ゲストとしてお呼びしていたのに!」
「フッ、それは何とも愉快な提案だな」
コレットが秘術の付与に奮闘する中でも、実況と解説が場を盛り上げてくれていた。へえ、ダン将軍も昇格式の模擬戦を観戦していたのか。同じ将軍の付き合いで、シルヴィアの事を見に来ていたのかな? 直接声を掛けてくれれば、成り行きで俺とも早く知り合えたのに。んでもって、その場で戦えたかもしれないのに。
「ぜぇ、ぜぇ……! 次、ケルヴィン様にかけますね……」
っと、そうこうしているうちに、俺に秘術を使う番が回ってきたか。順番が最後なだけに、コレットも大分消耗しているようだが…… うん、これなら祝いの場に虹が差す心配はなさそうだな。純粋にMPの最大量が増えたのもそうだが、秘術を効率的に扱えるようになって、一度に消費する魔力も節約できているように見える。
「ああ、頼んだ。しかし、回復薬なしで結界の構築と秘術の付与をやり切るとはな。コレット、凄まじい成長っぷりじゃないか」
「ケ、ケルヴィン様、申し訳ありませんが今は、そのように私が喜ぶような言葉を言わないでください…… 心が満たされ集中を欠いて、その結果体中の穴という穴から信仰心が溢れ出してしまいそうになりますので……!」
「すまん、お願いだから集中してくれ」
俺は真面目な声と表情を作る事を心掛け、無事にコレットが任務完遂できるように努めた。
「ところでケルヴィンさん、作戦はどれで行きましょうか?」
「臨機応変で良いんじゃないか? シルヴィアとエマがどう動いてくるか、まずはそこを見定めよう」
「なるほど、まずは見ですね」
「……あのー、敵が目の前に居るのに、わざわざ聞こえるように作戦会議します?」
「別に聞かれて困る事でもありませんので。口頭では嘘の話し合いをして、本当の作戦は念話で行っているのかもしれませんよ?」
「うっ、それは…… は、早くもハッタリを利かせにきた訳ですか」
「エマ、シュトラの言葉に踊らされたら駄目。そっち方面では絶対に勝てないから」
そうそう、シルヴィアの言う通りである。心を乱しては以下略。
「―――秘術、付与完了。フ、フフッ、私はやり抜きましたよ……! あ、喉奥が不味い感じなので下がりますね良い試合にクフッ、なる事を祈っておおっふぅぅぅ……」
コレット、仕事をして退場。ギリギリだったようだが、しっかり耐え切った。偉い!
「おっと、コレット様が足早に試合会場から出て行きました! どうやら無事に準備が終わったようですね!」
「地を這うような無駄のない動きであったな。どうやら巫女殿も、早くこの試合を見届けたいと見える」
「なるほど、そういう事であれば早速いきましょうか! 参加者の皆様は開始位置に移動してください!」
そういう訳ではないんだが…… いや、コレットの名誉の為にも、そういう事にしておいた方が良いのか。俺達は実況の声に従い、開始位置へと移動を始める。
コロシアムの中央には氷製の円形舞台が置かれており、ここが今“ちょっと待った”の戦場となる。いつもであれば世界的舞台職人のシーザー氏が手掛けた舞台でやるところなのだが、どうやら同氏は現在舞台作りの修行中であるらしく、依頼をする事ができなかったようだ。まあ、シルヴィアが魔法で作ったこの舞台の方が頑丈ではあるので、特に問題はないのだが…… 心のどこかで残念に思っている自分が居るのは、果たして気のせいだろうか?
「さて、最後のおさらいをしておきましょう! 今試合は昇格式のルールに則っています! 相手にダメージを与える事で、コレット様の死亡回避の秘術を発動させる! 或いは相手を舞台の外、場外に突き落とす事ができれば勝利となります!」
「但し今回は2対2の変則的な戦い故、味方のどちらかが失格になった時点で勝負を決するものとする。要するに、敵のどちらかを倒すか場外にするだけで良いのだ。双方とも、その点を注意してほしい」
「コンビのチーム力が試されますね! ところでダン将軍、私、今回は実況を放棄しません!」
「……急にどうしたのだ?」
「フフッ、S級冒険者同士の戦いでは毎度毎度実況を放棄してきた私ですが、無駄に観戦してきただけじゃないって事です! この一年間、ガウン総合闘技場で目を鍛えに鍛えまくりましたからね! 今なら、どんな強者達の試合もギリ目で追いかける事が可能なんですよ! かつてのケルヴィンさんとシルヴィアさんの戦いだって、例外ではありません!」
「そ、そうなのか? まあ、うむ。ならば、この試合では存分に実況してほしい。ワシも微力ながら協力しよう」
「ありがとうございます! っと、そんな事をしているうちに、両チームとも位置についたようですね! 会場の盛り上がりも最高潮! これはもう始めるしかありません! 準備は良いか!? 良いですよね!? 良いんだぁぁぁ!」
「「「「「おおおおおおおッ!」」」」」
自己解決しおった。まあ、良いんだけど。俺とシュトラは開始線に並び立ち、黒杖を構え、魔糸を展開し始める。対峙するシルヴィアとエマも得物とする細剣と大剣を構えて、いつでも始められる体勢に移行。もう既に美味そうである。
「それでは試合――― 開始っ!」
高らかと宣言される開始の合図。その瞬間、シュトラは俺の後ろへ下がって後衛へ、自動的に俺は前衛役を担う事に。相手方の出方に関係なく、ここまでは定石通り。そして序盤は見に回るのも予定通り。さて、接近戦も魔法も万能にこなす魔法剣士型の御二人は、一体どんな動きを―――
「―――逆墜の氷星」
突如として足元の舞台、いや、その更に下より魔力が膨れ上がったのを察知。なるほど、初手はシルヴィアの魔法詠唱か。墜ちる氷星ってのは確か、どでかい氷の隕石を落とす攻撃魔法だった筈だ。しかし、どうも俺の知っているものとは別物っぽい。
『ケルヴィンさん』
『ああ、奴さん方、初手から全力で来てくれるみたいだ。流石はシルヴィアとエマだ。俺達の喜ばせ方をよく分かっている』
『ええ、ケルヴィンさんが幸せなようで何よりです。ただ幸せを享受する前に、まずは対処をしませんと』
『だな! シュトラ、振り落とされるなよッ!』
そんな念話をしている最中にも、俺達の乗っている舞台は急激な速度で上昇していた。何を言っているかって? いや、だから舞台ごとロケットみたいに打ち上がっているんだよ。どこへ? もちろん、真上に向かって! シルヴィアの奴、舞台下に氷星を作って、それを大空に向かって発射させたんだ!
「クハハハハハッ! 良いね! こんな派手なスタートこそ、祝い事に相応しい!」
「ん、私からのサプライズプレゼント」
「このプレゼントを受け切れないと、シュトラは渡せませんからねッ!」
急上昇中だろうが関係ないとばかりに、シルヴィアが舞台を駆け、エマが例の爆炎移動で空中を移動し、俺達へと迫る。ああ、喜んで受け取ろうじゃないか、この素敵なプレゼントをッ!