第317話 ベストタイミング
『いよいよゴール、だな……』
『え、ええ、想像以上に長い道のりでしたね……』
俺達は首都巡りの最後の区画をノロノロと駆け、パレードの終着点である大教会へと向かっていた。試練のパレードも完遂間近、ではあるのだが、心身の状態がマジ疲労困憊である。豪雨の如く降り注ぐ人々からの熱視線は、覚悟を決めて鋼と化した筈の俺達の精神を、ガリガリと容赦なく削り続けた。ホント、人の心がないんじゃないかってくらい、容赦のないキス審査だった。
だが、試練のパレードもこれで終わりだ。挙式を行うトライセン大教会はもう目と鼻と先だし、教会前の広場に馬車が到着すれば、この長き渡ったキス審査の呪縛も解かれる事となる。心身の疲れもそうなんだけどさ、もう色々とアレコレが限界なんですよ、俺。何かとは言わないが人前だったし、本当に苦労したんですよ、俺……
「フッ、最後まで助言なしでやり遂げるとは、トライセンの未来は明るいな。前途洋々ポイント、プラスだぜ」
「偉大であれど、まだまだ若人である御二人だ。どこかでボロを出すかと思っていたが、これがなかなかどうして。一心同体ポイント、プラスであるな」
「私は御二人を信じていたわ。そして、一般庶民が見届けられるのはここまで――― とは限らないから、挙式中も集中力を切らさない事ね……! 油断大敵ポイント、プラスよ……!」
……最後の最後まで、ホント細かく審査しているんだよな、トライセンの人々。全員癖の強い玄人顔になっているのが謎だし、一体どこの立場からの台詞なのか、結局分からないままだったけど…… まあ、これも祝福の形ではあるんだろう。やや重くはあるが、トライセンを想う気持ちは純真そのもの。シュトラを嫁に迎え入れるからには、真正面から受け止めねば。
『パレードが終われば、いよいよ教会で挙式だな』
『そうですね。ただ、想像以上にパッと終わると思いますよ?』
『らしいな。俺個人としては、あくまで式がメインで考えているんだが…… ああ、でもその前に』
『ええ、そろそろ仕掛けて来るかと』
パレードによる長く濃い時間が終わるこのタイミング、普通であれば漸く終わると安堵し、油断してしまうところだろう。だが、俺達はそんな事なんてしない。つか、もったいない。シュトラの言う通り、仕掛けて来るなら今がベストだからだ。
挙式における最大の目玉、“ちょっと待った”。これに関して俺達は、当日のどのタイミングで言われるかを把握していない。その式における対戦相手、今回であればシルヴィアに時と場所を一任しているのだ。もちろん、周囲の環境や生命に被害が及ばないよう、しっかりと準備するようにとも伝えている。その場でお手製のフィールドを作るなり、結界を施すなり、場所の移動を申し出るなど、その方法は様々だろう。
『場所については相手次第だが、ここまで来れば、言われるタイミングは察せるってもんだ』
『“ちょっと待った”の基本に立ち返れば、この台詞を言うのは挙式における誓いのキス、その寸前がベストです。パレードが出発する直前も身構えてはいましたが、結局現れませんでしたからね。やはり、次が本命なのでしょう』
考えを一致させた俺とシュトラは、これからが本番だと気合を入れ直す。戦いがそこにあると思えば、疲労困憊も明後日に飛んで行くというもの。たっぷりと疲労して疲労宴に臨む為にも、思いっ切り堪能させてもらいますかね。
「ん、“ちょっと待った”」
「「………」」
目的地の大教会前に到着し、馬車を降りるや否や、聞き覚えのある声が聞こえて来た。突如として降り始めた牡丹雪、それと共に何者かが空より舞い降りる。誰だ、なんて問いは無用だろう。考えるまでもなく、それはシルヴィアのもので――― って、おいちょっと待てや。
「えっと、シルヴィアさん? 現れるのが少しばかり早くないかな~って、そんな気がするですが……」
「……?」
あ、これは分かっていない顔だ。綺麗に首を傾げていらっしゃる。
「そのさ、誓いのキスをする間際とか、そのくらいのタイミングが仕掛けるベストだったんじゃないかなと、対戦相手ながらにそう思ってさ」
「ん、何を言っているのかよく分からない。このタイミングが一番勝機があるかと思って、二人に声を掛けた。ただそれだけ」
うん、だろうね。確かに疲労度で言えば、パレードを終えた今がピークだもんね。空気もへったくれもなく、貪欲に勝利を求めるその姿勢、俺としては満点をあげたいところなんだけど、果たして結婚式としてはどうなんだろうか? さっきまで玄人顔を決めていた観衆も今は唖然としているみたいだし、ううーむ…… シュトラ、どうか判定を!
「……ハァ、ルノアは昔からそういうところがありましたから、仕方ないかなと。それに結果はどうであれ、アシュリーも頑張ってくれたみたいですし」
シュトラがそう言った次の瞬間、また頭上より何者かが高速で接近&シルヴィアの隣に着地する。いやはや、炎の大剣を戦闘機のアフターバーナー代わりに移動すると言う、これまたド派手な登場である。当然、やって来たのはアシュリーもといエマな訳だが。
「もう、シルヴィア! “ちょっと待った”するのはもう少し先だって、さっきそう打ち合わせしたでしょ!? また勝手に先走っちゃってー!」
「あ、エマも来た」
「そりゃ来るよ! シルヴィアを追って来ないと嘘だよ!?」
なるほど。エマの様子から察するに、最初の計画では俺達が予想していた通り、“ちょっと待った”の基本スタンスに則って、誓いのキス間際に宣言するつもりだったのか。だが、シルヴィアがその事をよく理解しておらず、今が勝機と勝手に行動してしまったと。
「エマ、色々とお疲れ」
「今も昔と変わらず、苦労されているようですね」
「えっ、あ! シュトラにケルヴィンさん、この度はご結婚おめでとうございま――― じゃなかった! ええと、大変見苦しいところを見せてしまった直後で申し訳ないのですが、実は今から“ちょっと待った”を仕掛けたい次第でして……」
エマは凄く申し訳なさそうであった。
「エマ、それはさっき私から伝えたよ。決闘の申し込み、既に万端」
「いやいやいや、本当は教会の中で、劇的にドラマチックにする予定だったから! なのに、初っ端から展開が違う感じになっちゃって……!」
「……? でも、教会の中でしちゃうと移動とか面倒でしょ? 関係者の人達とかも居ると思うし、迷惑になっちゃう。その点、ここでしちゃえば場所も広いし、迷惑にもならない。色々と手間が省ける」
「そういう事じゃなくて、もっとこう、雰囲気とかこの戦いの趣旨とか……」
「?」
「……すみません、ケルヴィンさん、それにシュトラ、ここまで来たらもう色々と手遅れなので、この場で“ちょっと待った”始めても良いでしょうか?」
「ああ、俺は別に構わないよ」
「フフッ、私も問題ありません。二人が昔のままのようで、むしろ安心したくらいです」
「そ、そう言って頂けると幸い、なのかなぁ……? いやあ、副官だった私が言うのも何ですけど、昔はよく将軍を務められたなと思いますよ」
「経緯は兎も角、仕事の結果はしっかり出していましたからね。今のように、アシュリーがフォローを頑張っていましたし」
「?」
シルヴィアは未だによく分かっていない様子であった。うん、もう純真なままの君でいてほしい。
「えー、コホン。改めてまして、ケルヴィンさんとシュトラのその結婚、待ったです!」
「………」
「……シルヴィア、台詞、事前に準備した台詞!」
「あ、私の番? えっと…… ああ、これこれ」
懐から躊躇なくカンペを取り出すシルヴィア。もう隠す気がそもそもない。ガン見である。
「えっと、2対2によるタッグバトルを所望する。私はこのエマと組むから、そちらはケルヴィンとシュトラで――― ねえ、この口上必要? ケルヴィンなら感覚で分かってくれると思うよ?」
「シルヴィア、頑張って読んで。ケルヴィンさんなら分かってくれるだろうけど、セレモニー的には口上も重要だから……」
「んー、分かった」
俺は思う。副官時代のエマはホントに大変だったんだろうな、と。




