第316話 試練のパレード
今日結ばれる王族を国民総出で祝う、国内最大行事のパレード――― そう言うと何とも晴れやかで、誰でもお祭り気分になってしまいそうになるものだが、その実態は説明とはかけ離れたものだった。
俺とシュトラにとっての試練、これは最早説明する必要もないほどに、分かり切った事である。実際、長時間に及ぶキスを他人に見られるのはキツイし、俺やシュトラにも羞恥心というものは存在しているんだ。密着できる幸せ、だがそれ以外は試練以外の何物でもないだろう。
一方で、それを見る国民達にとってはどうだろうか? 普通に考えれば、各所を巡るパレードを見て、お祝いするだけなのだから、まあ言ってしまえば単なる娯楽の一つである。国を挙げての、最大の娯楽である。挨拶の時点であの距離の近い声援を送ってくれたんだ。今日の目玉となるパレードでは、さぞ凄まじい喧噪に包まれる――― と、てっきり俺はそう思っていた。がッ!
「「「「「………」」」」」
静か、めっちゃ静かである。現在俺は馬車の上でシュトラとキスをしながら、首都中をパレードしている最中に居る。俺達の馬車の前後には兵士や騎士、中には音楽隊までもが列を成し、盛大に行進を続けているところだ。歩調の揃った行進はそれだけでも圧巻の光景だし、パレードらしい心躍る曲が場を盛り上がてくれている。俺達の決死のキス体勢も、満足のいく出来の筈だ。なのに、だと言うのに、パレードを取り囲む観衆達は静かなのである。おい、これは一体どういう事だ?
まさか、また魔王の時のように何者かの支配を受け、心を操られてしまっている!? と、そんな事も頭に浮かんだりしたが、俺が確認した限り、人々が何かの能力を受けている様子はない。健康そのもの、自分の意思で静かに俺達のパレードを見届けているのだ。中には観光客らしき者達も結構な割合で居たが、周りの人々の圧を受けてなのか、そちらも声を出せないでいるようだった。
……今一度確認したい。これで大丈夫なのか、国内最大の祝祭!? 俺とシュトラ、頑張ってるよね!? これで良いんだよね!? アズお義兄様、助けて、ヘルプ!
っと、駄目だ駄目だ。こんな事ばかり考えていては、心が乱れてしまう。今は目の前のシュトラにのみ集中するんだ。そう、目の前の唇にのみ集中するんだ。唇が柔らかく瑞々しくてだな――― いや、こっちにのみ集中するのも、それはそれで危険な気がする。何がとは言わないが。逆に集中を欠いてしまいそうだ。
「なるほど……」
「ほほう……」
静寂の中で感じる、と言うよりも突き刺さる人々の視線。それと共に、呟くような小声も拾う。静かなのは静かなんだが、人々は全くの無言と言う訳でもなかった。なぜか国民全員が手に持っている謎の用紙に何かを記しながら、時折彼らはこっそりと意見を交わしているようなのだ。
「ふむ…… 今は亡きシュトラ様の御父上、ゼル・トライセン様が試練に臨んだ時と同じ体勢でのキスですか。新鮮味はありませんが、在りし日のパレードを思い出す者達も中には居る事でしょう。思い出ポイント、プラス」
「あの体勢を維持するには、兎にも角にもまずは体幹が重要になってきます。統括と交渉、その他諸々の政務に優れたシュトラ様が、唯一不安要素に挙げられていた項目だったのですが…… なるほど、ブレませんね。この試練に臨むに当たって、相当に鍛えてきたという訳ですか。姿勢ポイント、プラス」
「見られるキスにおいて大事なのは、何も見た目だけの要素じゃないのよねぇ。例えば、そう、初々しさ。何度か試練を経験してきたゼル前王ならまた違った見方になるんだけど、シュトラ様とケルヴィン様には歳相応のキスをしてもらいたいもんさ。一見クールにしているようだけど、御二人ともほんのり頬を染めているし、若干の気恥ずかしさが漏れ出しちゃってるねぇ。 ……うん、良い。純真ポイント、プラスだよ」
「待て待て、まだ採点すべき箇所はあるぞ。俺はパレードのスタートから御二人のキスを拝見しているんだが、それから今に至るまで、全く息切れしている様子がねぇんだ。さっきの体幹だが軸だがの話にも通じるが、それを長時間可能にしている体力も結構なものだ。流石はS級冒険者様、流石はトライセンの未来を担う方々と言ったところかね。当然、ヴァイタリティポイントもプラスにすべきだな」
「んーとねー、んーとねー、お姫様が綺麗ー。美人ポイント、プラスー」
「違うよー、可愛いポイントだよー」
「フォッフォッフォッ、論争の種ポイント、プラスじゃのう。上に立つ者として、常にこういった話題を提供してもらいたいものじゃわい」
……やっぱりこれ、採点されているよな? 俺達のキス、皆に採点されているよな? その手に持ってる用紙、採点用紙だよな? 老若男女問わず、全員が全員真面目に採点しているの、ある意味で恐怖なんですけど? クッ、挨拶の時の温かな雰囲気、皆は一体どこへ忘れて来てしまったんだ……!
『ケルヴィンさん、周囲の目に惑わされないでください。そう心配せずとも、今のところパレードは順調そのものですから』
動揺する俺の下へ、シュトラからの念話が届く。救いの手が差し伸べられたとは、正にこの事だろう。
『了解、このまま頑張ってキスさせてもらうよ。けど、まさか採点用紙片手に見られる事になるとは思わなかった。俺の想像とはまた別の意味での熱心な視線を感じるしさ』
『トライセンではこのパレードのキス如何で、国の未来が決まっていくと言い伝えられています。なので国民達は真剣に私達のキスを審査し、改善点を常時挙げていっている訳です』
『このキスに国の命運がかかってるの!?』
『まあ、あくまで風習レベルでの話ですけどね。ただ、王族に飾らぬ言葉で直訴できる数少ない機会でもありますので、やはり皆真剣な訳です。私はまだ生まれていませんでしたが、お父様の一度目のパレードの時は途轍もない数の改善案が届いて、それはそれは大変だったとか……』
『そ、そうなのか……』
国民全員がキス専門家か何かなんだろうか?
『本来であれば休憩スポットなどの要所要所で、厳選したそれら案を取り込み、キスの向上を図って次の区画に乗り込むのですが…… 幸い、私達にはそういった話は届いていません。それはつまり、国民の大多数が私達のキスに満足しているという訳です。やりましたね、ケルヴィンさん』
『ハハハ、そうだな、やったな』
あの手洗いに行くのにもギリギリな休憩時間で、厳選しているとは言え、国民達からの意見をキスに取り込むのか…… それ、全然休憩時間になってなくないか? もう何度か休憩は挟んでいるけど、俺の体感、そんな時間は殆どなかった筈だぞ?
『これはトライセンの王族にのみ伝わる、門外不出の言葉なのですが…… 試練の前半は羞恥心との戦い、試練の後半は膀胱との戦い、らしいです』
『……苦労、したんだろうな』
ゼル前国王だけじゃなくて、一族皆が大変な思いをしたんだろう。本当に恐ろしい試練である。