表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の召喚士 ~戦闘狂の成り上がり~  作者: 迷井豆腐
アフターストーリー3 結婚編
922/1031

第312話 義兄の禊

 時間は多事激務に比例して速くなり、本日、気が付けばもう式前夜である。トライセンだけでなく、各地での最終調整をする為に全国を飛び回った俺の疲労はピークに達していた。まあ、そんな疲れも“ちょっと待った”を頭に浮かべる事で、瞬時に回復していく訳だが。当然、結婚式についても同様である。精神的な疲れが胸の高鳴りで上書きされ、肉体的な疲れも回復魔法で強制的に完治、明日からの一週間は何が何でも全力でやり切る! そんな所存なのだ。


「おい、何ボケっとしてんだよ? 大丈夫か?」


 っと、そうだそうだ。今はアズグラッドと酒を飲み交わしているところだった。頑張る事を頑張る意思表明も、そこそこにしておかないとな。


 ちなみにこの酒宴、実はアズグラッドの方から提案してくれたものだったりする。飲みたい気分だから、ちょっと相手になれ! って言う、何とも不器用なお誘いだったんだけどな。ただ、明日から義理の弟になる身として、これは嬉しくもちょうど良い機会だった。アズグラッドが誘ってくれなかったら、俺の方から声を掛けるつもりでもあった訳で…… まあ、そんな感じだ。


「ああ、大丈夫だ。明日の式について、頭の中で予行練習していてさ」

「ハッ、まさか緊張しているとでも? バトルの事しか頭にないお前の口から、まさか式の予行練習なんて言葉が出て来るとはな。明日の天気は雨か、残念な事だ」

「いやいや、自分の結婚式なんだぞ? 戦闘好きの俺だって緊張くらいするっての。あまり意地悪な事を言わないでくれよ…… アズにい!」

「おい、その呼び方はマジで気色悪いから止めろ」

「駄目だったか? 少しでも親しみが湧くように、リオンを見習ってみたんだが……」

「親しみよりも先に殺意が湧くわ!」


 うん、俺も何か違うなと思っていたところだ。ここは素直に撤回しよう。


「じゃ、今まで通りアズグラッドで通すよ。今更、変に気を遣うのもおかしいしな」

「そうしろ、俺も今まで通りに接する」


 そう言ってアズグラッドが、空になった酒杯を俺に突き出した。分かった分かった、誠心誠意注がせて頂きます。え、俺の酒杯も空じゃないかもっと飲めって? いや、そろそろ明日に差し障るから、俺はもうそろそろ――― はいはい、付き合いますって。俺も同じように酒杯を差し出し、アズグラッドに酌をしてもらった。 ……おい、そんなギリギリまで注ぐなって。こぼれる、こぼれるから! ああ、こぼれたッ!


 ……まあ、何だ。そんなドタバタを交え、暫く言葉を交わし、時には拳も交えそうになるのを何とか我慢しながらも、俺達はこの小さな酒宴を楽しむのであった。


「「………」」


 それから暫くして、僅かな無言の時がやって来る。示し合わせたが如く、酒杯に入っていた酒を一気に飲み干し、ぷはっと一息。トライセンの酒は癖があるな。ジェラール好みの味って言うか、喉が焼けるような感触が強い。


「……おい、ケルヴィン」

「何だ、アズグラッド?」

「一発殴らせろ」

「おう、来いや」


 俺がそう答えた直後、アズグラッドは直ぐ様に動き出していた。対面していたが故に助走はなし。しかし、一切の迷いもなし。立ち上がりと同時に放ったとは思えないほどの、腰の入った重い拳が俺の顔面に叩き込まれる。唐突とも思えるアズグラッドの攻撃を、俺は真っ正面から受け止めた。座ったまま、魔法による補助も使わない。ただ、己の肉体のみで受け止める。


 ―――ゴッ!


 目の前、と言うよりも間近も間近で鈍い打撃音が響く。当たった瞬間、本気で殴った事が伝わって来た。頭が後方へブレそうになるも、これを何とか堪えて座ったまま体勢を維持。その代償と言うべきか、もろに打撃を食らった鼻が酷い事になっていそうだ。


「……いってぇな。見ろ、鼻血が出ちゃったよ。つか俺の鼻、あらぬ方向に曲がってない? 明日は大事な式だって言っただろ。何で顔面に来るかねぇ」

「うるせぇな、いてぇのはこっちの方だ。召喚士の癖して頑丈な体しやがって。殴った俺の拳の出血の方が酷いっての。お前、皮膚の下に鉄板でも仕込んでるのか?」


 このやり取りの結果、俺達は鼻と拳から血を流す事になってしまった。傍からすれば、酔っ払い同士のくだらない喧嘩にしか見えないだろうな、これ。けど、俺達には必要な事だったんだ。禊と言うか、同じシスコンであるが故に通ずるところがあると言うか…… 兎に角、必要な事だったんだ。


「そいつは悪かったな。魔法で治そうか?」

「要らねぇよ、この程度なら放っときゃ直ぐに治る。ケルヴィン、お前こそ―――」

「―――俺も大丈夫だ。『自然治癒』でもう治った」

「ッチ、そうかよ」


 舌打ちの後、再び酒を注ごうとしたアズグラッドであったが、用意した酒瓶はもう空の状態だった。どうやら、さっきの一気で飲み干してしまったみたいだ。


「ったく、酒ももうありゃしねぇ。お開きだ、お開き。もう用は済んだから、さっさと出て行きやがれ」

「そっちから呼んでおいて、勝手な奴だな。けど、酒は美味かったよ。また誘ってくれよな、アズグラッド義兄さん」

「だから、その変な呼び方は止めろ! 鳥肌が立っちまう!」

「普通の義兄さん呼びも駄目なのかよ……」

「当たり前だろうが! それに、次に誘うのは戦場だ! 今日の比じゃねぇくらいに強烈なのを叩きこんでやるから、今から覚悟しておくんだな!」

「おっ、そいつは嬉しいお誘いだな。了解、楽しみにしておくよ。んで、その後にまた一杯ひっかけよう。その時は俺が酒を持ってくるからさ」

「上等なもんを持ってこいよな! 今日の酒は俺の小遣いから出してんだからよ!」

「ハハッ、小遣い制なのかよ」


 次の約束を無事にしたところで、退出の為に立ち上がる。これ以上長居していたら、二発目の拳を貰ってしまいそうだしな。 ……それもアリか?


「ケルヴィン」

「ん?」


 退出すべきか残るべきか、迷いながら部屋の扉に向かって歩いていると、不意に名前を呼ばれた。何だ何だ、アズグラッドもその気なのか? 仕方ないな、その期待に応えてやるとしますか―――


「シュトラの事、よろしく頼む」


 ―――振り向けば、アズグラッドが深々と頭を下げていた。


「……ああ」


 そんな返事のみを残して、アズグラッドの部屋を出る。言われずとも全力で。元からそう決心していた俺だけど、他でもないアズグラッドにああ言われてしまっては、尚更強く心に決まるってものだろう。


「ったく、狡いよな。あんな風に頭を下げられたら、期待に応えるしかないっての」


 結構飲んだってのに、飲む前よりも思考がクリアな気がする。しかし、本日の宿泊場所がシュトラの私室ってのは、一体誰の仕込みなんだろうか? 今までの人生経験から察するに、こっちも一応の覚悟を決めた方が良さそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ