第308話 卒業おめでとうパーティー
卒業式を終え、リオンが屋敷に帰って来る。折々に数日間の帰省をする事はあったから、完全に一年振りという訳ではない。ないのだが、やはりこういった時に家族は喜ぶものだ。我が家は特にその傾向が顕著で、卒業おめでとうパーティーの開催を目論んでいたりもする。またこの機会に合わせ、各地で式の準備に取り掛かっている者達も、屋敷に戻る事になっており――― まあ言ってしまえば、セルシウス家が久し振りに全員集合する訳だ。
「リオン、卒業おめでとう! プラス…… おがえり゛ぃぃぃ!」
「ただいま、ケルにい。昨日からずっと泣きっ放しだけど、水分足りてる?」
「お帰りなさいませ、リオン様。本日は腕によりをかけて料理を作りました。心行くまでご堪能くださ――― うう、駄目ですね。涙が自然と出てしまいましゅ……」
「エフィルねえ!?」
「ああっ、ご主人様に続いてメイド長も泣いちゃった!?」
「リュカよ、ワシも泣いてお゛りゅぞぉぉぉ……! リ゛オ゛ォン、ごんなにも立派になっでぇぇぇ……!」
「ジェラール、どっから涙を流しているのよ? まっ、確かに立派になったわね、リオン! 少し背が伸びたんじゃない?」
「わっ、セラねえ分かっちゃう!? 実はね、この一年で3ミリも伸びたんだ! これぞ、成長期の恩恵!」
「そして、卒業祝いで私は御馳走が頂ける。これぞ家族の恩恵ですね。次に開催予定のクロメルのお祝いが、今から楽しみです」
「メルお姉ちゃん、せめて卒業した事をメインに喜ぼう?」
「お邪魔します! リオン様がご卒業を果たしたと聞きつけ、この不肖コレット、デラミスよりすっ飛んで参りました! いえ、私は純粋にリオン様をお祝いしたい気持ちで一杯でして、一年振りにその馥郁とした香りを堪能したいとか、そのような邪心がある訳では一切なく! 何ならお屋敷の外からでも堪能はできましたし、ああ、ですが不可抗力で吸引してしまう事はあるかも―――」
とまあ、こんな喧噪の中でも冷静なる『並列思考』の俺は、今日も今日とて冷静に会場を見守っているところだ。殆どの俺が泣き崩れる中、何で俺だけは冷静でいなければならないのか…… まあ、愚痴を言っても仕方ないか。それに、こういった時に何者かから不意打ちを受ければ、真っ先に堪能できるのはこの並列思考だ。そうなったら儲けものだし、だからこそ頑張れるってものである。
で、屋敷に到着するとほぼ同時に開催された、リオン卒業おめでとうの会はこの賑わいっぷりだ。こういった時の集まりは大変に良いもので、既に主だった面子は勢揃い。久し振りの全員集合、積もる話も相当にあるという事で、盛り上がりのスタートダッシュはこれ以上ないくらいに決まっていた。
「………」
ただ、そのあまりの勢いに圧倒されてしまったのか、ドロシーだけはジュース入りのコップを持ったまま、会場にて棒立ち状態。口もポカンと開いたままになっていて、完全に唖然としてしまっている。うん、友達の家にお泊りをしに行って、初手からこのお祝いだからな。そんな状態になってしまうのは、至極当然の事だろう。
だが、少し待ってほしい。リオンと同じく、彼女もまたルミエストの卒業者だ。なら、やる事は決まっているよな? ここは家長として、彼女も盛大に祝ってやらねば! という事でさ、俺、そろそろ動いてくんない? 泣き止も? ……クッ、動かん! バトル関連であれば僅かな誤差もなしに同調するのに、全く動かんッ! この戦闘狂の鏡が! 動けぇぇぇ!
「やっほ~、貴女がドロシーちゃん?」
「あっ、はい、そうですが……」
「やっぱり! ドロシーちゃんも卒業おめでとう、アーンドお酒飲んでる~?」
「ああ、ありがとうございます。いえ、未成年なのでお酒は飲めませんが?」
冷静なる俺が俺を動かすのに苦戦している、そんな最中。何という事だろうか、アンジェに先手を打たれてしまったではないか。これでは家長としての、俺のプライドが――― いや、そんなプライドなんて元からなかったか。つう訳で、ドロシーの事はアンジェに任せよう。
「あれっ、そうだったの? 何か私よりも年上な気がしたんだけど」
「……実際はそうですけど、一応、そういう設定にしているんです。あと、お酒も本当に飲んだ事がないので」
「なるほど、設定か~。うんうん、潜入において設定は大事だもんね。学園に通うのなら、それは尚更。元『暗殺者』として、すっごいよく分かるなぁ」
「は、はぁ……」
「でも、ドロシーちゃんもリオンちゃんと一緒に、昨日学園を無事に卒業できたんだよね? なら、善は急げだ! アンジェお姉さんが正しいお酒の飲み方、教えてあげる!」
「ええっ……」
ほう、流石はアンジェ、気難しいドロシーが相手だってのに、距離の詰め方が完璧だ。若干ドロシーが引いているようにも見えるが、奥手(偏見)な彼女が相手ならそれくらいが丁度いい。
「え、何々? シーちゃん、お酒の飲み方を教わるの? なら、僕も教わりたい!」
「リ、リオンさん!? 駄目ですよ、リオンさんがそんな事をしたら……!」
「大丈夫だよ、シーちゃん。この前の誕生日で、僕もお酒を飲める年齢になったもん」
「リ、リオンよ、飲酒はそう焦ってするものではないと思うぞ? 唐突な飲酒は体に毒じゃ。うむ、ワシはそう思います!」
「大酒飲みのジェラールがそんな事を言ったって、全然説得力ないでしょうが。フフン、それなら代わりにこの私がお酒の飲み方を教えてあげましょうか、リオン?」
そう言って立ち上がったのは、まさかのセラであった。おい、座れ。頼むから座ってくれ。お前が教えるまでもなく、アンジェに任せておけば間違いないから。
「酒を水か何かと勘違いしているジェラールと違って、私は何回も二日酔いで失敗しているわ。つまり、今一番リオンに近い立場で教えられるのは私よ!」
その聡明な頭脳を活かし、尤もらしい理由を尤もらしく述べるセラ。そうかな? そうかも―――
「いや、それが一番駄目なんじゃって…… 何回も心配するのは、学んでおらんのが原因じゃって……」
「お前、そもそも一滴でも飲んだらアウト側だろ…… 教えるも何もないって……」
「ええっ、何でよー!?」
―――なんて、そんな馬鹿な考えになる筈もなく、俺達はセラの指導を全否定した。リオンらの将来の為にも、ここを譲る訳にはいかない。ジェラール、今こそ俺達の連携を見せる時ぞ!
「あの」
と、俺達がセラを必死に止めている一方で、ドロシーにまた別方向からアプローチをする者が現れる。
「はい? えと、貴女は確かデラミスの……」
「はい、デラミスの巫女、コレット・デラミリウスと申します。以後、よろしくお願い致します」
「ええ、こちらこそ。それで、私に何か御用でしょ―――」
「―――用件が気になりますか!? であれば、早速本題へ移る事と致しましょう! 先ほどから気になっていたのですが、貴女からリオン様のフレグランスが強く感じられるんですよね! いえ、その理由についてとやかく言うつもりはありません! ですが何と言いますかこれまでにない調和された香りへと進化していると言いますか神化しているようにも感じられるのです! 御迷惑でなければ是非その芳芬を間近で吸引させて頂きたくああっこの距離からでも凄いん不味いです意識を手放しそうになってしまいそうでぇん!」
「………」
……ああ、なるほど。ドロシー、一年間リオンのルームメイトだったもんな。それで、まあ、うん…… 取り合えず、だ。ドロシーが今日一番の酷い顔になっていたのは、まず間違いないと思う。