第302話 賄い料理
普段の冒険者稼業を三倍ほどに濃縮させたが如き、それはそれは多忙な勤務時間が終わりを告げる。常に満席を維持していた酒場も、閉店時間を経た今は静かなものだ。
「つ、疲れた…… リーダーが受けてきた依頼を連続で達成させるよりも、よっぽど疲れた……」
「「み、右に、同じく……」」
静けさの原因はバイト(仮)の男達にもある。想像超える忙しさに筋肉で対応し続けた結果、肉体が限界を超えてしまったのだ。つまるところ、彼らはもう一歩も動く事ができない状態にあり、漸く席の空いたテーブル席にて、仲良く撃沈しているのである。
「お、お前ら、よく頑張ったな…… いや、ホントによく乗り切った……」
パーティリーダーのウルドも相当に疲労が溜まっているようで、何とか立ってはいるものの、大分足元が怪しい事になっている。フラフラのフラである。A級冒険者の威厳! などと仲間達から言われていたのを気にしているのか、気力と根性を燃やしながら何とか姿勢を維持してはいるのだが、やはりこちらも限界状態であった。
「ふーっ、流石のアタシも今日は疲れちまったよ。いやはや、ケルちゃんのブームは本当に凄いもんだねぇ。いつもの三倍くらいは客が来たんじゃないかい? エフィルちゃんが来てくれて、本当に助かったよ」
「いえ、私はいつものように、クレアさんの傍で勉強させて頂いただけです」
死屍累々ないぶし銀達の様子とは打って変わって、女性陣の方は「良い仕事をした!」という爽やかな雰囲気で満たされていた。多少は疲れてもいるようだが、普通に笑顔で雑談を交わしている辺り、疲労具合いは天地の差である事が丸分かりである。
「こ、これがS級の次元、なのか……」
「恐る、べし……」
「まあ、正確にはエフィルはまだA級冒険者なんだがな…… 試験を受けてれば一発昇格なんだろうが……」
「そんなエフィルちゃんと対等に渡り合っている女将さんは何者なんだよ、リーダー……」
A級とS級の差はとんでもなく大きいのだと、改めて認識させられるウルド一同。絶望はしていない。そんなものにはもう慣れた。ただ、今は早く帰ってベッドにダイブしたかった。
―――ぐ~。
が、どんなに疲れが酷くなろうとも、腹は常に空くものである。四人の腹は見事なまでに一致した音を奏で、空腹をそれぞれの肉体の主へと知らせるのであった。
「っと、相当に飢えてるみたいだね? んー、片付けを終わらせてからにしようと思っていたんだけど…… うん、賄いを先に出そうか。エフィルちゃん、悪いけど準備を頼んでも良いかい?」
「お任せください」
「……えっ、えっ? 今日の賄いって、ひょっとして?」
「フフン、その通り。全部エフィルちゃんの手作りだよ。しかも、アンタらの好物をそれぞれ作ってくれるってさ」
「「「や…… やっっったぁぁぁーーー!」」」
テーブルに沈んでいた三人は一斉に蘇り、天井に向けて両拳を勢いよく突き上げた。よほど嬉しかったのか、笑顔のまま涙まで流している。
「うんうん、それくらい素直な反応を見せられたら、エフィルちゃんも作り甲斐があるだろうね。アンタも少しは見習ったらどうだい?」
「リーダーとしての風格やら佇まいがどうとか、色々と言われているところなんだよ…… それに、俺にとってはお前の料理が一番だ」
「……へぇ、言ってくれるねぇ!」
「あいだっ!? クレア、手加減なしに背中を叩くなって! 本気で背骨が折れそうだから! 痛いからッ!」
クレアのはたきは鎧を貫通し、ウルドに結構なダメージを与えたようだ。これも一種の照れ隠し、なのかもしれない。
「そういや女将さん、何でエフィルちゃんがここに? 故郷で挙式する準備があるとかで、暫くはそっちに行ってるって聞いたけど?」
「そりゃアンタ、その準備が漸く纏まったから、パーズに戻って来たのさ。と言うか、もう一週間くらい前には戻って来ていて、今日みたいに店の手伝いも何度かしてもらってるよ」
「ええっ、そうなの!?」
「一週間前ってぇと…… クッ、すれ違いだったか……! ここ最近、ずっとパーズを離れていたから……!」
「リーダー……」
「いや、そこで俺に悲し気な視線を向けるなよ!?」
いぶし銀は涙した。そろそろ水分不足に陥りそうである。
「けど、ケルちゃんの方はまだ忙しいみたいだね。相変わらず世界中を巡っているらしいよ?」
「嫁さんが多いと、挙式の準備も大変だろうからなぁ」
「だねぇ。ああ、そうそう! エフィルちゃんの子、今ケルちゃんのお屋敷に居るんだけど、アンタら見たかい? ララノアちゃんって言うんだけど、これがまた可愛くて可愛くて、それはもう可愛かったんだよ~」
「エフィルちゃんの」
「娘ちゃん」
「だと……!?」
「お前ら、せめて泣くのか驚くのかときめくのか、その辺ハッキリしておけよ…… で、クレアよ、ララノアちゃんはどんな感じだったんだ? ケルヴィン似か、それともエフィル似か?」
仲間達にツッコミを入れるウルドであったが、実のところ、ウルドもまだララノアの顔は見ていない。つまるところ、ウルドも興味津々であった。
「顔立ちはエフィルちゃんに似ていたと思うよ? アタシが抱っこをしてあげたら、とっても可愛らしい笑顔を見せてくれたんだ。あの笑顔を見ているだけで、私の幸福度は天を突き破る勢いだったよ」
「「「それは朗報!」」」
「お前ら……」
付け加える形で、誰かがこうこぼす。笑顔が父親の方に似なくて良かった、と。それはそうだと、皆が心から同意した。
「あとは、そうだねぇ。もう一人でハイハイもできるようになっていたね。いや~、あのハイハイも凄かったよ」
「ハイハイが凄い? えっと、魅了されるレベルで可愛らしかったとか、そういう意味ッスか、女将さん?」
「あー、確かにそれもあるんだけど、ララノアちゃんのは普通のハイハイじゃなくってね。何と言えば良いのかな、最初はアタシも目を疑ったんだけど…… 何か、空中をハイハイしてた」
「「「「……?」」」」
クレアの言葉を受けて、ウルドらは思わずポカンとしてしまう。空中を、ハイハイ……? その言葉の意味を何度も頭の中で咀嚼し、吟味する。
「「「「……?」」」」
が、全てを理解する為には、些か四人は常識に囚われ過ぎていたようだ。
「うん、その反応はアタシも最大限理解するよ。まあ、アレだ。明日お屋敷に行って、実際に会ってみなよ。本当に本当だから」
「お、おう……?」
「フフッ、何のお話をされているんですか?」
賄いの準備を終えたのか、エフィルが再び調理場から顔を出す。
「あっ、エフィルちゃん! 今、ララノアちゃんの話をって、うわああ! 俺の好物が一杯!」
「お、俺の好きな料理もある!」
「俺のもッ!」
エフィルが運んで来たトレイの上には、いぶし銀達の好物が沢山並んでいた。
(((俺なんかの好物をわざわざ覚えていてくれたのか……!)))
と、いぶし銀達はいたく感動し、本日四度目くらいの涙を流すに至る。
「悪いな、エフィル。こいつらの為に、こんなにご馳走を作ってくれてよ」
「いえいえ、皆さん頑張ってお仕事されていましたから、このくらいの事は当然ですよ」
「ううっ、こんなに素晴らしい嫁さんを貰って、ケルヴィンは本当に幸せ者だな……! 頂きます……!」
「うん、うん……! 俺達にはエフィルちゃんの幸せを願う事しかできないけど、マジで幸せになってほしいなぁ……! 頂きます……!」
「右にも左にも同意……! けどモロトイ、お前も幸せになるんだよぉ……! 頂きます……!」
泣きながら食し始め、その料理の美味さに感動し、更に感涙し始める一同。
「ハァ、後でしっかり水分補給させとかなきゃだな…… ああ、そうだ。エフィルよ、ちょいと聞きたいんだが、ケルヴィンの奴は今どこを巡っているんだ? 式が本格的に始まる前によ、俺からも一度、あいつに挨拶をしておきたいんだが」
「ご主人様ですか? ええと、確か本日は予定は…… メル様、そしてセラ様の御父上であるグスタフ様と共に、ルミエストの卒業式に参加されていた筈です」
「ルミエストの? ……って事は、もしかして?」
「はい、リオン様が学園を卒業されますので」




