第301話 千客万来
パーズの街が賑わえば、必然宿屋や酒場も繁盛するものだ。それは精霊歌亭も例外ではなく、むしろ他の店と比べても、かなり盛況な様子にあった。
「しっかし、どこもかしこもケルヴィンの話で持ち切りだな」
「エフィルちゃんやセラ嬢と結婚するんだろ? おまけにアンジェちゃんまで…… くうっ、ホント羨ましい……!」
「そ、そうだな……」
「ん? モロトイ、何か元気がないようだが、大丈夫か? 最近は仕事尽くしだったからなぁ。だが、お陰で今日も無事に乗り切る事ができた。お前ら、ご苦労さん!」
「仕事終わりだってのに、リーダーはまだまだ元気そうだな。ったく、A級冒険者になったからって、張り切って仕事を入れ過ぎだぜ?」
「そうそう! 依頼をこなすのも良いけどよ、たまには家族サービスもするべきだ!」
「まあ、俺達は相変わらず独り身な訳だけどよ……」
そんな盛況の最中に精霊歌亭にやって来たのは、ケルヴィンに次ぐパーズの代表的な冒険者、ウルド率いるいぶし銀パーティであった。昇格試験に合格して見事A級冒険者となった彼らは、ここ最近頗る調子が良く、やる気も漲っている。それら要素は実績にもしっかりと繋がっており、現在は多くの高難度依頼を達成し続け、大変な活躍振りを見せていた。
「お前ら、またそんな事で落ち込んで…… 折角A級冒険者になったんだ。もっと前向きに行動しようや」
「そう言うけどさ、リーダーはリーダーで前向き過ぎるんだよ」
「そうそう! 世界中を巡っているケルヴィン達に代わって、俺達がパーズ周辺の高難度依頼を引き受けるんだ! なんて、突然リーダーが言い出した時は、一体どうしたのかと思ったよ」
「だな、あの時は俺も正直ビビった。まあ、ケルヴィンを抜かせば俺達がパーズのトップ冒険者な訳だし、純粋にその責任を全うしようって考えなんだろうけど」
「ホント、リーダーは良い男だよなぁ。ケルヴィンからも信頼されているし、俺達の中で唯一奥さん居るし、ぶっちゃけ子供まで居るし…… ううっ、何だか悲しくなってきた……」
「A級冒険者になって尚、俺達は魅力が変わらない悲劇……」
「………」
ウルドの仲間二人が悲しみの底に沈む中、なぜかもう一人の仲間は黙ったまま、視線をあらぬ方向へと逸らしていた。
「ん? おい、モロトイ? お前今、思いっ切り顔を背けなかったか?」
「い、いや、そんな事はないぞ? うん、全然ない」
「……何か怪しいな? さっきケルヴィンの結婚の話をした時も、何か歯切れが悪かったし――― あっ、さてはお前、俺達を差し置いて良い人を見付けやがったな!?」
「な、なにぃぃぃ!? いつだ、一体いつどこでどうやって出会いを果たしたんだ!? 許さん!」
裏切られたとばかりに仲間達は声を荒げ、ついでに涙目になっていた。一触即発な状態……? なのかは怪しいところだが、ウルドは双方の間に入り、これを必死に止めようとする。
「お、おい、お前ら落ち着け! ここは仲間として祝ってやる場面で、揉めるところじゃ―――」
「このクソがッ! おめでとう! 絶対手放すんじゃねぇぞ!」
「この裏切者がッ! 今日は奢ってやるよ! 何でも食って飲めや!」
「う、ううっ、ありがとう、ありがとう、皆……! 俺、頑張ってあの娘を幸せにするよッ……!」
「―――ないだろって、うんそうそう、それで良いんだようん俺ビックリしちゃった……!」
が、仲間達は驚きの早さで和解していた。それがあまりに唐突であった為、逆に動揺が声色に出てしまうウルド。
「リーダー、何アホ顔を晒してんだ? 俺らはもうA級冒険者なんだから、もっと風格ってもんを意識してくれよ」
「お、おう、すまん……」
「しっかりしてくれよな、リーダー。あ、リーダーは妻子持ちなんだから、こいつへの奢りは俺達に任せてくれ! その分さ、たまにはクレアさんにプレゼントでもしてやれよな!」
「そ、そうだな……?」
「リーダー、ちょっと気が早いかもだけど、挙式の時はスピーチを頼むよ。リーダーとはそう歳も変わらないけど、やっぱ俺の憧れだからさ!」
「……分かった」
ウルドは思った。筋肉質な見た目とは裏腹に、三人は心配になるほどメンタルが弱かった。それが今となっては、逆にウルドが教えられる立場になる事も多い。人は知らぬ間に、立派に成長しているものなのだな…… と。それはパーティのリーダーとして何にも代え難い、喜びの感情が溢れるひと時であった。
「アンタら、いつまで店の入口で突っ立っているつもりだい!? ほら、さっさとどきな! ただでさえ忙しいんだよ、今はッ!」
「「「「ぐほうッ!?」」」」
―――尤も、どんなに感動的なやり取りをしていたとしても、店の玄関口でそんな事をされては、店の者にとっては邪魔以外の何ものでもない。精霊歌亭の女将、クレア渾身のぶっ叩きがさく裂し、ウルドら四人は纏めて宙を舞うのであった。
「ああッ!? ウルドさんとこのパーティが一気に吹っ飛んだぞ!?」
「女将つぇぇ!」
「あ、あれ? あの人達ってA級冒険者じゃなかったっけ……?」
「ビンタみたいなノリのはたき一発で、A級冒険者を一網打尽かよ……」
「おいおい、一体どんな威力だったんだ?」
「フッ、長年この宿を利用している俺は知っているぜ? ここに宿泊する冒険者の誰よりも、女将さんが一番強いんだってな」
「お、女将やべぇぇ!」
その光景があまりにショッキングであった為なのか、酒場の客達は未だに驚愕の最中に居るようだ。
「ってて…… クレア、俺達仕事帰りなんだぞ? 少しは手加減してくれたって良いだろ?」
「「「リ、リーダーの意見に同意……」」」
しかし、吹き飛ばされたウルド達も案外元気そうであった。客達のテーブルの隙間を縫って、数メートルほどは飛ばされた筈なのだが、特に怪我をしている様子もない。
「何言ってんだい、十分手加減してやったつもりだよ。愚痴言っている暇があるのなら、ほら、さっさと立つ! んでもって配膳!」
「「「「は、配膳!?」」」」
立ち上がって早々声が揃ってしまう、いぶし銀一同。
「見ての通り、今は満席状態でね。猫の手ならぬ、冒険者の手も借りたいところなんだよ。依頼に精を出すのも良いけど、たまには家族サービスもしなくちゃなんだろ? 四人纏めて面倒見てやるから、心置きなく働いておくれよ」
「お、おい、俺は兎も角として、こいつらも働くのかよ!?」
「リーダー、俺達の負けだ。大人しく働こう。どっちにしろ席も空いてないんだ」
「「右に同意」」
クレアから手渡されたエプロンを身につけ、早速テキパキと働き始める男達。エプロン姿の格好は何とも言えないものであったが、オーダー取りから掃除、飲んだくれの相手の仕方など、その仕事振りは実に手慣れている。
「お前ら、A級になってもクレアの言葉には従順なのな…… ったく、分かった分かった。けど、後でこいつらに賄いくらいは食わせてやってくれよ?」
「アンタに言われずとも、最初からそのつもりさ。まあ楽しみにしておきなって。何と言ったって、今日の賄いは…… フフッ」
「……?」
何か隠しているクレアの様子に、ウルドが首を傾げる。
「はい、こちらのお皿を三番テーブルにお願いします。それと、これとこれも」
不意に厨房の方からそんな声がしたかと思えば、配膳口から美味しそうな料理が次々に姿を現し始める。
「「「了解!」」」
男達はその料理を逸早くお客様へとお届けする為、自慢の筋肉を最大限活用しながら、我先にと配膳口へと急ぐのであった。しかし、ここで一つ疑問が生じる。
「って、んんんっ……? ちょっと待ってくれ、おかしいぞ。クレアさん、今そこに居るよな? 誰が厨房で料理しているんだ?」
「だ、だよな? 俺も同じ事を思った」
「ま、待て、今の可憐な声は聞き覚えがあるぞ。俺の記憶が正しければ、この声は――― エフィルちゃん!?」
「はい?」
厨房の入口から、メイド姿のエフィルがひょっこりと顔を出す。その瞬間、男達は久し振りにエフィルを間近で目にできた事を喜び、雄叫びを上げ――― クレアに再びぶっ飛ばされるのであった。