第294話 対戦相手①
グロリアから詳細を聞いたケルヴィンは、その後、仲間達に向けて情報共有の為の念話を発信。念話は一瞬で仲間達の下へと伝達され、気になる“ちょっと待った”の相手が確認されていくのであった。
―――学園都市ルミエスト・ボルカーン寮
「え? 僕の相手って、これ、本当に……?」
寮の私室にて念話を受け取ったリオンは、酷く狼狽していた。そして、親友にしてルームメイトでもある彼女に、確認の為の視線を送る。リオンの視線の先に居た人物は、他でもないドロシーであった。
「リオンさんの表情から察するに、余興の相手となる者の知らせが届いたようですね」
「う、うん、そうだけど…… シーちゃん、これって冗談じゃなくて、本気の本気なのかな? 僕とケルにいに“ちょっと待って”をするの、シーちゃんだって言ってるけど……」
「本当の事です。本来であれば私は、親友としてリオンさんを祝福しなくてはならないのでしょう。ですが、私はただ祝福をする訳にはいかないのです。この手で“ちょっと待った”を言い渡し、ケルヴィンの覚悟を確かめるまでは……!」
ギュッと、ドロシーの拳が力強く握られる。その瞬間、リオンは理解した。ドロシーは本当に本気であると、親友として悟ったのだ。
「そっか…… うん、まだよく分からないところもあるけど、シーちゃんが本気だって事は分かったよ。なら、僕もシーちゃんの気持ちを受け止める! 受け止めた上で、全力でやらせてもらうね!」
「あ、いえ、私としてはリオンさんとではなく、ケルヴィンと戦うつもりなのですが―――」
「―――勝負がどんな形になったとしても、戦いの中での“ちょっと待った”はなしだよ、シーちゃん!」
「……は、はい」
獣王レオンハルトの教えを学んだリオンは、たとえ相手が親友であったとしても、対人戦において本気のあれやこれやを容赦なく実行する事ができる。一方のドロシーは、思っていた戦いの方向性と少し違うような? と、当てが外れた様子であった。
―――トライセン城・シュトラの私室
「……なるほど、そう来ましたか」
ところ変わって、ここは可愛らしいヌイグルミが所狭しと置かれている部屋、もといシュトラの私室。帰省時の執務を終えて休憩をしていた大人シュトラの下にも、ケルヴィンからの念話は届いていた。等身大クロト人形(非売品)を抱き締めている彼女に伝えられた“ちょっと待った”の相手、それは―――
「―――まさか、ルノアが私の相手として参戦するとは。これは少しばかり予想外でした」
トライセン国元魔法騎士団将軍、ルノア・ヴィクトリア。またの名を、S級冒険者『氷姫』のシルヴィア。聡明なシュトラの頭脳を以ってしても、仲直りを終えた筈の親友が“ちょっと待った”をしてきたのは、予想を超えた出来事であったようだ。
「今、ルノアは水国トラージの客将として迎えられていた筈。であれば、姫王ツバキが裏で動いている? ……いえ、どちらかと言えば、ルノアの天然が出てしまっているのでしょうか。確かあの子、昇格式での模擬戦の時に、ケルヴィンさんの言葉を正直に受け止めて、相当に殺る気に満ちていたと聞いていますし。その時の約束が、もし今も生きているとすれば…… ハァ、とんだ余興になってしまいましたね。名を変えているとは言え、ルノアの顔はトライセンに広く知れ渡っています。どうにか口実を考えておかないと……」
とか何だ言いつつも、親友が式に真っ向から出席してくれる事自体は、結構嬉しく思っているシュトラであった。この場合の“ちょっと待った”は、「私からも挨拶させて」というニュアンスに該当するらしい。
―――グレルバレルカ帝国・ビクトールの調理場
「ねえねえ、まだできないの? 私、早くかれーが食べたいわ!」
とある魔王の国のとある調理場にて、セラのそんな声が響き渡る。彼女の視線の先にはエプロン姿のビクトールがおり、現在絶賛調理中であった。どうやらセラにカレーをせがまれている様子だが、鍋の中にあるのは、どう見ても肉じゃがで――― 否、北大陸ではこれがカレーなのである。悪魔風かれーなのである。
「何度確認したって、料理の出来上がる時間は変わりませんよ? セラ様、大人しく待っていてください」
「えー、ただ黙って待っているなんて、つまらな――― よっし、遂にきたわッ!」
話の途中、席に座っていたセラが勢いよく立ち上がり、更にそんな叫びを上げた。
「セラ様、唐突に大声を発するのは、あまり淑女的とは言えませんよ?」
「もう、ビクトールったら相変わらず堅苦しいわね。って、それどころじゃなかった! たった今、ケルヴィンから念話が届いたの! 私の結婚式で“ちょっと待った”する相手が決まったんですって!」
「ほう、それはそれは…… して、そのお相手は誰になったのです?」
「それがね、私の相手は久遠みたい!」
「久遠…… ああ、例の新たな異世界人ですな。しかし、グスタフ様を差し置いてセラ様の相手になるとは、さぞお強い方なのでしょうね」
「まあね! あのケルヴィンが特殊ルールの模擬戦でとは言え、完敗するくらいだし――― って、その反応の薄さ…… ビクトール、ひょっとして貴方、私が知るよりも前から、この事を分かっていたんじゃないの?」
「うっ……!」
セラは今日も勘が鋭かった。
「ク、クフフ、やはりセラ様に隠し事はできませんね…… 実は―――」
「―――ああ、分かった! 父上と悪魔四天王全員で、選考に参加しに行ったんでしょ!? で、予選敗退しちゃったのね!?」
「……セラ様、せめて説明くらいは私にさせてほしいのですが」
重ねて、セラは今日も勘が鋭かった。
―――レイガント霊氷山・天使達の避難所
「まあ予想通りの展開ですね。と言いますか、彼女が相手でなければ、それはそれでおかしな話ですし」
氷国レイガンドの雲上、白翼の地から逃れて来た天使達の避難所にて、たった今念話を受け取ったメルが、納得したように頷く。
「どうされたのですかな、メル様!? 何やら神妙なご様子ですぞ! テンションをぶち上げる為にもこのラファエロ、とっておきの舞を披露致しましょうか!?」
サイリウムを両手に持った天使達の取り纏め役、ラファエロが是非とも踊らせてくだされ! といった様子で、前のめりに提案をしてきた。普段は非常に厳格な彼なのだが、自身が信仰する女神が目の前に居るという事で、浮かれに浮かれているようだ。
「待ってください! ここは私が喜びの舞を!」
「いやいや、某こそが感謝の舞を!」
いや、浮かれているのは彼だけではない。この避難所に居る天使全員が浮かれ、所謂祭り状態となっていた。控え目に言って、大変に騒がしい。
「ええい、黙れ黙れ! 貴様ら信仰深い天使であるのなら、もっと慎みを持たないか!」
「うっさいわラファエロ様! アンタこそもっと慎め!」
「「「そーだそーだ!」」」
「何がそーだだバーカバーカ! 悔しかったら私を超える舞をやってみろってんだ!」
「ああっ、言ったなこいつ!?」
……祭りは祭りでも、どうやら喧嘩祭りであったようだ。オリジナル法被とサイリウムを装備した天使達が、俺が私が僕がワシがと、何とも言い難いバトルを繰り広げていく。メルと中心として熱気と天使達の羽が舞い、雲上なのに非常に暑苦しい。
(参加枠を確保したという事は、それほどまでに力を回復させたのですね…… ルキル、よく絶望の淵から這い上がってきたものです)
しかし、そんなクソの如き火中を以ってしても、メルの集中を乱すには至らなかった。それどころかメルはこの地獄を利用して、己の精神を一から鍛え上げようとさえしていた。メルの結婚式に対する想いはそれほどまでに強く、絶対に成功させるという覚悟がそこにはあったのだ。
(ええ、分かりました。貴女の挑戦を受けて立ちます。私の暗黒面、クロメルから始まったこの因縁に終止符をって、ああッ!? そうでした! アレの準備もしなくては!)
この直後、メルは特大ウェディングケーキの発注を指示。その際、彼女の口元からは大量の食欲の滝が流れていたそうな。