第290話 結託
「まさか、ベルさんがこのギリ変質者を焚き付けていただなんて……」
「ええ、本当に遺憾な事だけれど、このギリ変質者に依頼を出してしまったのは、実は私なの。心から申し訳ない事をしてしまったと思っているわ……」
「ねえ、そろそろおじさん泣いても良いかな? ガラスのハートが粉々に砕かれちゃったんだけど? と言うか、君ら変なところで結託してない? おじさんの気のせい?」
やたらと強調される不名誉な呼び名に、ニトの心はボロボロの状態にまで追い込まれていた。
「いいえ、私達にそんなつもりはありませんよ。ただ、ギリ変質者である貴方に強くなってもらいたいと思い、こうして心ない言葉を浴びせているのです。本当はこんな事、言いたくないのです」
「ほら、貴方って刀が本体じゃない? 打てば更に強くなると思って。言わばこれは、そう、善意の言葉よ」
「心にも思っていない理由で心ない言葉を言わないでほしいなぁ!?」
やっぱり結託しているだろ!? と、ニトは強く確信した。そう思ってしまうのも、まあ仕方のない事だろう。先ほどまでの不穏な気配はどこに行ってしまったのか、クロメルとベルが対峙した途端、絶妙なコンビネーションでニトを責め立て始めたのだ。二人がどSな性格で息が合っていたとしても、この流れはあまりに不自然過ぎた。
「そんなに必死にならないでくださいよ。本当に私達、結託なんてしていませんし」
「ええ、誓ってしていないわ。ただ、この場でお互いに理解したのよ。彼女は敵じゃないって」
「り、理解? どういう事だい?」
「……一々説明しないと駄目かしら?」
「一応協力者なんだから、それくらいの権利はあると思うなぁ!」
仕方ないなぁといった様子で、ベルが渋々説明をしてくれた。
今回クロメルにニトを差し向けたそもそもの理由は、ベル自身がクロメルを不審に思っていたからだ。対抗戦の最後の試合、彼女は舞台に現れず、代わりにドロシーがケルヴィンの相手を務めていた。その際の経緯はベルもドロシーから聞いていたし、堕天使が暗躍していた事も知っている。その大筋の流れは、まあその大よそが納得のいく話でもあった。
但し、納得のいかない点もあった。クロメルについてだけは、助かった経緯が腑に落ちなかったのだ。その理由は先にニトが述べた通り、ベルの知るクロメルやA級冒険者達の力だけでは、とてもではないが堕天使を打倒できなかったからだ。セラ並みの察知能力を誇るベルが、その時の戦闘をまるで感じる事ができなかったのもおかしな話だし、A級冒険者達から詳細を聞こうにも、彼らは挙動不審な様子で話をはぐらかすばかり。そして、ベルは思ったのだ。これは裏に何かある、と。
「―――その後、個人的にクロメルの周りを調査していたんだけど、それらしき動きは全然なくってね。私の勘が外れたのかとも思ったけど、やっぱり納得できなかったから、今回の強硬策に出たって訳よ」
「おじさんは反対したんだよ? 君のような幼い子に、そんな酷い事をしちゃ駄目だってさ。何よりも君に酷い事をしたら、あとで怖~いパパさん達から酷い事をされそうだし…… うん、怖いねぇ……」
どこか遠い目をしながら、半ば諦め気味にそんな事を口にするニト。どうやらケルヴィンの親馬鹿っぷりは、彼の耳にも届いているらしい。
「ところで、どうしてニトのおじさんに依頼したのです? 」
「ッ!」
が、クロメルからの呼び名がギリ変質者からおじさんにランクアップする事で、ニトの気力は大きく回復するのであった。実に単純なものである。
「私を騙す気でやるのなら、もっと適した人材が居たと思いますが」
「それは違うわね。私からしたら、ニトが一番適任だったのよ。昔、一緒に仕事をした事があったから、声もかけやすかったし」
「ッ!!!」
ベルからも正しい名で呼ばれ、おじさんの気力はマックスまで復活。更に信頼している発言が続く事で、ニトのべっこり折れ曲がっていたプライドも、元通りの姿に修復されるのであった。
(万が一にクロメルからの反撃を食らったとしても、ニトならまず死なないものね。まあ、見事に能力の弱点を知られていて、正直危ないところだったけど)
裏ではベルからそんな風に思われていたりもしたが、直接ニトに伝わる事もない為、特に問題はない。正に知らぬが仏、なのである。
「フフッ」
「ちょっと、気持ちの悪い笑いを漏らさないでよ」
「あっ、ごめんね~。でもお陰でおじさん、完全に復活する事ができたよ。フッフッフ~」
「………」
「今やその蔑むような視線さえも、おじさんには効かないってものだよ!」
おじさんは無敵と化した。
「でさ、話を戻すけど…… その強硬策に出た結果、こうして超絶強々のクロメルちゃんが出てきた訳だよね? なのに、どうしてベルちゃんは敵じゃないって理解できたの?」
「簡単な話よ。彼女の今の力は一時的なもので、ずっと持続できるようなものじゃない。性格も変わってはいるけれど、私が危惧していた黒女神時代のクロメルとは全くの別人――― まあ、言ってしまえば無害なのよ」
「む、無害なの?」
「そ」
持ち前の勘が十全に働いているのか、ベルはクロメルの特性について大よそ理解しているようだった。しかし、ニトとしてはそれだけの説明では納得できない。
「んー…… 本当に大丈夫?」
「貴方、意外と心配性なのね」
「いや~、前の黒女神様の力を知っているからこそ、心配にもなるってものだよ。あの黒女神様なら、絶対に“ちょっと待った”にも出るだろうしさ。その後にまた世界転生を企むかもじゃない?」
「まあ、その不安も道理ではありますね。ですが、ご安心を。私はパパやママ、家族の前でこの力を晒す気はありません。と言いますか、能力の制約でする事ができないのです。私がこの力を晒すのはパパ達が見ていない場所で、私がピンチさんになった時だけです。この力を“ちょっと待った”で行使するのは不可能なんですよ」
「ちなみに以前クロメルが堕天使に襲撃された時は、たまたまその条件がクリアされていたって感じね。ケルヴィンは舞台の結界で外を察知できない状態だったし、セラ姉様達もパパを拘束するのに忙しくて、それどころじゃなかった。まあ、近場でバカンス――― もとい、観戦していた私はこうして勘付いた訳だけど」
「流石ですね、ベルさん。その通り、私から補足する必要がないほど、正確な解説です。ああ、そうです。世界転生云々の心配でしたっけ? それも無理さんですよ。私が如何にピーク時にまで成長できたとしても、『転生術』の力は最早失われています。黒魔法や青魔法のあれやこれやはできますけど、元が0の力にいくら数をかけたって、成長なんてしないさんです。私がどこまで言ってもパパの娘であるように、今のクロメルは昔のクロメルとは異なるんです」
「へ、へぇ……? ええと、おじさん、完全には理解していないけど…… 取り合えず、今のクロメルちゃんは安全って事?」
「です♪ パパとママの娘として、素晴らしい結婚式になる事を祈っています♪」
クロメルが邪悪さを一切感じさせない、いつもの笑顔の花を咲かせる。
「そ、そっか~、それなら安心さんだね~。いや~、おじさんってばやたらとビビっちゃったよ。うん、良かった良かった、平和が一番!」
「フフッ、ですね♪ ……ただ、この力はパパ達にも秘密なんです。とってもとっても、秘中の秘、なんです。不用意に情報をバラしちゃうなんて事になったら――― その刀、バラしちゃいますからね♪」
先ほどとは色合いが真逆の花が咲き誇り、それをニトにプレゼントするクロメル。どういう訳なのか、こちらの笑顔の方が生き生きとしていた。
「い、いやいや、おじさんがそんな事する筈ないじゃないの。おじさん、クロメルちゃんが嫌がるような事はしない! おじさん、嘘つかない!」
「えー、本当さんですかー?」
「ハァ、なにやってんだか…… けど、これでクロメルの疑惑は晴れたわね。でもって、“ちょっと待った”参戦の可能性もなし。これで式が荒れる可能性も多少は低く――― は、ならないわよねぇ……」
せめてセラの結婚式は平穏であってほしい。そう心から願うベルなのであった。




