第288話 ストレンジマン
グラハムが悟り、ドロシーが決意を新たにし、ベルが色々と諦めた丁度その頃、友人達と街に出掛けていたクロメルは、フードコートの一角に座っていた。
「それじゃクロメルちゃん、私がクロメルちゃんの限定アイスを買って来るから、ちょっと待っててね!」
「違うの、私が買って来るの! お揃いのアイスを買って、クロメルちゃんと食べさせあいっこするの!」
「いいや、それこそ間違ってる! あーんしあうのなら、種類の違うアイスを買うべきだろ! それなら二度美味しい! クロメルちゃんも大喜び間違いなし!」
「馬鹿め、クロメルちゃんは小食なんだ! 一般サイズをそもそも食べ切れるかが、そもそも怪しい! よってここはスモールサイズを一つ、それを分かち合う! これが最適解だぁぁぁ!」
「あ、あの、皆さん? 喧嘩さんは駄目ですよー……?」
「「「「大丈夫! じゃれ合ってるだけだから!」」」」
先ほどまでの言い争いが嘘であったかのように、クロメルの友人達の声が綺麗に揃う。ここまで息が合っているのであれば、恐らくその言葉に嘘はないのだろう。彼女らとそれなりの期間を共に過ごしてきたクロメルも、もちろんその事は知っている。喧嘩するほど何とやら、その典型が彼女達なのだ。
「クロメルちゃんが私を心配してくれたって事で、この勝負は決まった感じだね」
「違うの! クロメルちゃんは私を心配してくれたの! あーんするの!」
「最早自分の願望だけでものを言ってるじゃねーか! なら、アタシはクロメルちゃんを膝の上に乗せる! その上でアタシがアイスを食べさせる!」
「フッ、貴女達の願望はその程度なの? なら私は、クロメルちゃんのお口に直接―――」
「「「―――あ、風紀を乱すような発言はちょっと」」」
「ご、ごめん……」
一応、限度というものも弁えているようである。午前中に洋服店での着せ替えに付き合ってもらい、疲れているであろうクロメルを労わっての行動でもあるのだろう。尤も、アイス屋の真ん前で争っている時点で、結構な迷惑ではあるのだが。
「いやー、学生さんは青春してるねー。おじさんにとっては色々と目の保養になるなぁ。あ、いや、如何わしい意味合いは全くないんだけどね?」
「ッ!?」
そんな小休憩中のクロメルの向かいの席から、不意に男の声が聞こえて来た。いつの間にそこに居たのか、全く知覚できていなかったクロメルは、当然酷く驚いてしまう。その男はクロメルにとって見覚えがあるようで、ないような――― その辺りが微妙なラインに居る男であった。
「え、ええっと……?」
「ああ、ごめんごめん。こんなおじさんに急に相席されたら、誰だって驚いちゃうものだよね。でもさ、一応君とは顔見知りではある筈――― あ、いや、それもなかったっけ? まあ、確かに微妙なラインだったかもしれないねぇ」
クロメルが困惑する最中、男の方も何やら悩んでいる様子だ。無精髭を生やし、茂った蓬の如く乱れた頭をしたその男は、腰に刀らしき得物を差している。見た目の風貌も少し近寄りがたいが、学園都市内での武装は基本的に禁じられている為、男からは尚更に異質な雰囲気が醸し出されていた。
「ちょっとそこの貴方! クロメルさんに近付いて何を仕出かすつもりですの!?」
更にそこへ、何者かの声が割って入る。
「おっと、何だ何だ?」
「あっ、カトリーナさん」
二人が視線を移した先に居たのは、ルミエストの制服を纏った縦ロールの生徒だった。大貴族の令嬢にして、自称ベルの第一の舎弟――― そう、彼女こそはシエロ寮のカトリーナ、学園内にですわ口調をこっそりと流行らせた張本人であったのだ。
「……ええと、君のお友達?」
「あ、はい。お友達です」
「こらそこ、変質者と普通に会話をするものじゃありません事よ!」
ビシッ! と、カトリーナが軽快に指を差す。
「酷い言い草だなぁ。確かにおじさんはしがない中年男だけど、初対面の君にそこまで言われちゃうと、流石に傷付くってものだよ?」
「見た目がどうであれ、この区域で武装している時点で十分危険人物ですわ!」
「むっ、それは弁解できないかも」
男は素直に納得した。
「けどさ、この刀とおじさんは切っても切れないもので――― ああ、ごめんごめん! ちゃんと説明するから、それ以上目立つのは止めてほしいかな! ほら、おじさんってば、このクロメルちゃんと知り合いなんだ」
「またそんな見え透いた嘘をぬけぬけと……!」
「嘘じゃないってマジだって! だから通報するのはちょっと待って! お願い、おじさん一生のお願い!」
今正にピンチに陥っているこの男を、クロメルは改めて観察する。会った事があるような、そうでもないような。男の言葉を信じて、クロメルは一生懸命に思い出そうとしていた。その甲斐あってか、朧気ではあるが記憶が形となっていく。
「パパのお友達、じゃなくて知り合い――― の人の、同僚さん? えっと、ううん、違う……? 知り合いの人の前の職場――― で、働いていた人……?」
思い出した結果、酷く曖昧かつ結局他人な情報が出てきてしまった。
「う、うーん……? 斬新な見方で合ってはいるけど、悲しい事にドンドン縁から遠い存在になってしまっているねぇ。おじさん、とっても悲しい」
「と言うかそれ、普通に他人じゃありませんの!? やっぱり変質者ですわ!」
確かに文面だけ見れば、悲しいほどに他人であった。
「警備の方ー! ここに変質者がー!」
「いやいやいや、だから違うんだって! もうネタ晴らししちゃうけど、ニトだよニト、ニトのおじさん! ほら、セルジュちゃんやアンジェちゃんの元同僚の!」
「ニ、ニトのおじさん……?」
クロメルがその名を反復する。すると、バラバラになっていた記憶のピースが、クロメルの頭の中で綺麗にはまっていった。
「あ、ああー! ニトのおじさん! 刹那さんを追い掛け回していた、あのニトおじさんですか!?」
「えっ、変質者の上にストーカーですの!?」
「また変な誤解を生む発言をしないでくれる!?」
その後、元神の使徒の第九柱『生還者』ニトは命懸けの弁解を行い、何とか誤解を解くのであった使徒
「いやー、あと少しでおじさん、社会的に死ぬところだったよー。肝が冷えたってレベルじゃないよー。今後は冗談でもあんな事を言っちゃ駄目だよ? あっ、本当の変質者相手なら言うべきだけど、ニトのおじさん相手にしちゃ絶対駄目だよ?」
「す、すみません……!」
「クロメルさん、謝罪する必要なんてありませんわ! どう考えてもこの方が悪いのですから!」
それはそうかもしれなかった。
「あはは…… こうして思い出してくれた訳だし、確かにサプライズな登場をしたおじさんが悪かったね。それにだ、こうして君と直接お話しするのは、実はこれが初めての機会なんだよね。思い出してくれただけでも、有難いと思わないとねぇ」
まあ細かい裏事情を言えば君が職場の元上司、それも一番上のお偉いさんだった訳だけど――― と、続けて呟くニト。
「……? えっと、何か仰ったでしょうか?」
「ううん、何でもないよん。こっちの話」
「ハァ、まあ良いですわ。で、ギリ変質者でない貴方が、クロメルさんに何の御用ですの? 帯剣してまでいらっしゃったからには、それなりの理由があるのでしょう?」
いつの間にか席に着いていたカトリーナが、率先して進行役を務め始める。
「え、これってお友達も聞く流れになってる? まあ、うん、別に良いけどさ……」
わざとらしくコホンと咳払いし、ニトのおじさんは緊張気味のクロメルに視線を移した。
「君、“ちょっと待った”する気ある?」




