第279話 二次会
「ヒソヒソ(おい、ケルヴィムってあんな感じだったか? もっとこう、斜に構えた奴だったと思うのだが)」
「ヒソヒソ(か、仮初とは言えリーダーとなって、気分が盛り上がっているのかもしれません。慣れれば多少マシになるかもしれませんし、今は優しく見守って差し上げるべきかな、と……)」
「ヒソヒソ(やる気が盛大に空回りしている気がする…… やっぱりリーダーはエルドの方が適任だったんじゃ……?)」
「おいそこ、何をヒソヒソしている!? って、何だその生暖かい目は!? 止めろ! 何だかよく分からんが、心にズキズキ来る……!」
ともあれ、ケルヴィムは言葉の呪いから無事に逃れられたのであった。
「アダムスが復活したのは喜ばしい事だが、先の戦いで戦力が半減してしまったのは痛いな。パトリックとリドワンはこちらに戻っては来ないのか?」
「この場所に居ない時点で答えは出ているだろう? リドワンはケルヴィンの使役下にあるし、パトリックはルキルの陣営へと寝返ったままだ」
「ええ、えと…… リドワンさんについては敵に敗北し、心が折れてしまったとの事でしたが、その、パトリックさんはなぜあちら側に行ってしまったのでしょうか? 特に脅されている様子はありませんでしたけど……」
「何でも、ルキル陣営の方が予想のつかない面白そうな事が起きそう、なんだそうだ。ッチ、ふざけた理由で裏切りおって」
「ケルヴィム、一度裏切った貴方が言えた台詞じゃないと思う……」
「……レムよ、俺に対して辛辣になってきていないか?」
「き、気のせい、だと思うよ……?」
間髪入れずにそう答えるレム。しかし、彼女の視線は宙を泳ぎに泳いでいた。
「だが確かに、偽神共との戦いが控えている事を考えれば、戦力の低下は今後の大きな課題になるだろうな。バルドッグの創造能力は唯一無二であったし、ハオの戦闘力は私も見習う点が多かった。ハザマはまあ、アレだったが……」
「で、ですね。ハオさんはもう一人の私と唯一対等に渡り合える実力者でしたし、アダムス様からの信頼も厚かったと思います。バ、バルドッグさんについても、彼が生み出した数々の神具がなければ、今回アダムス様復活の悲願は叶わなかったでしょう。ハザマさんは、まあ、はい……」
「ハザマはいつか絶対裏切ってた…… と言うか、時々変な目で皆を見てた…… 思い出しただけで泣きそう……」
「お前ら、ハザマに対しては更に辛辣だな。まあ、それに関しては俺も殆ど同意見な訳だが」
ドロシーから散々な評価を下されていたハザマであるが、同じ仲間である筈の十権能内からの評判も、あまりよろしくはなかったようだ。
「ふむ、戦力の損失は痛いものだな。それが苦楽を共にした同志だったとすれば、尚更そうであろう。我が身が欠けたかように、心が痛い。ハオ、バルドッグ、ハザマ――― そして、エルド。力の種類は違えども、そのどれもが素晴らしき可能性に満ちておった。だが、彼の者達の犠牲があってこそ、ただの我はこの世に顕現する事ができたのだ。ならば、ただの我がその分の働きを全うしようではないか」
「うんうん、その通りだ。エルドはさて置き、内面に多大な問題があれども、同志には違いなかったのだ。アダムスの言う通り、死者に鞭打つような言葉は控え――― って、アダムス!? いつ戻ったのだ!?」
ツッコミと共にケルヴィムが振り返ると、そこには巨大な酒樽を抱え、お土産用の焼き鳥の包みを持ち、背中に“祭”と記された法被を羽織る、他でもないアダムスの姿があった。
「―――ッ!? ……!!??」
唐突に、そしてそんな予想もつかない姿でアダムスが現れたものだから、ケルヴィムは二度見し、二度驚愕していた。また、他の面々も似たような反応である。
「ア、アダムス様? あの、ええと、それは一体……?」
「ああ、うむ、酒宴の帰りでな、美味い酒と美味い飯を土産に持ち帰った。皆で食すがよい」
「そ、それはお気遣い、ありがとうございます……?」
そう言われ、焼き鳥の包み紙を手渡されるイザベル。焼き鳥はまだ温かく、美味しい状態をキープしていた。どうやらアダムスは、結構な速度で東大陸から帰還して来たようだ。
「いやいや、それよりもその格好は何なのだ、アダムスよ! ケルヴィンやルキル達との会合に行っていたのではなかったのか!?」
「ん、んんっ……? それ、東大陸の大国、トラージの伝統衣装…… 背中の特殊文字がなかなか粋……」
「ほう、流石はただの我の腹心であるレム。衣装の出所だけでなく、この粋な様を一瞬で理解するとは」
「ふんす…… 白翼の地に居た時、空き時間に図書館で勉強した…… ふんすふんす……」
アダムスに褒められた事がよほど嬉しかったのか、レムは声で表現してまで鼻息を荒くしていた。
「レムお前、あの大変な時期に何をやっていたのだ!?」
「えっ…… だ、だって…… いつ如何なる時でも、余裕の心を持つ事は大切、だと、思っでぇ…… ひっぐ……」
「おい馬鹿ヴィム、レムを泣かすんじゃない」
「そ、そうですよ、可哀そうじゃないですか」
「俺が悪いのか!? ……馬鹿ヴィム!?」
「これ、戦いを生き抜いた大切な仲間同士だと言うのに、くだらぬ事で言い争いなどするでない。そんな時は酒を飲め。さすれば心は素直になり、障害を乗り越える事ができる」
ドン! と、巨大な酒樽を床に置き、これまた巨大な杯を人数分懐から取り出すアダムス。
「……アダムス、一つ聞くが、つい先ほどまで会合という名の酒宴に行っていたんだよな?」
「うむ、その通りだ。実りのある良い宴であった」
「で、そんな直後にまた飲むつもりなのか?」
「……? 肴用の焼き鳥はまだ温かいぞ? 周囲に影響が出ない程度に、急いで戻ったからな」
「違う! そういう意味ではなくてだな!」
「ケ、ケルヴィムさん、抑えて抑えて…… アダムス様は永き間封印され、その間に大好物のお酒を飲む事ができなかったんです。これ、多分その反動なので、今は大目に見てあげる感じで、その、良いかな、と……」
「限度はあると思うのだが!?」
結局、お酒が飲めないレム以外の面子は、この唐突な二次会に参加する事になってしまう。
「この酒は良い酒だぞ。名を『神殺し』と言ってな、先の一次会でもこの地の強者を一撃で倒してしまったのだ」
「か、神殺しか。我々からすれば、また何ともコメントのし辛い名の酒だな……」
「それ以前にアダムスお前、また他方で迷惑を!」
「ま、まあまあケルヴィムさん、大目に大目に」
「ッ! この串焼き、美味しい……」
「であろう? 酒が飲めぬ分、レムは焼き鳥を堪能するがよい。酒が飲める者は、肴と合わせて飲むがよい。想像以上に合うぞ」
「む、確かに合うな」
「合いますね~」
「ッチ、この飲兵衛共め」
何だかんだで堪能する十権能らであった。
「それよりもアダムスよ、俺達に何か伝える事があるのではないか? その為にケルヴィン達と会って来たのだろう?」
「む? ああ、そうであったそうであった。ただの我とした事がうっかりしていた。 ……実は、な」
その瞬間、アダムスの雰囲気がガラリと変わった。陽気に宴を楽しんでいたものから、至極真面目なものへと、声色から何もかもが変貌したのだ。
「皆に伝えておかねばならない事がある。我らの今後に関わる大変に重要な事だからして、心して聞いてほしい」
「ほう、アダムスにそこまで言わしめるほどの事があったのか。フッ、漸く俺好みの展開になりそうだ」
「い、一体何があったのでしょうか……?」
「まずはアダムスの話を聞いてから、だな」
「ゴクリ……」
ある者は嬉しそうに頬を吊り上げ、ある者は凛と身構え、ある者はあわあわと慌て、またある者は焼き鳥を飲み込み――― 反応は様々だが、皆がアダムスの次の言葉を待っていた。
「……我ら全員、ケルヴィンの婚姻の儀に出席する事が決まった! これから半年間、サプライズイベントに向けての検討と準備を徹底的に行う! 儀式を大いに盛り上げようぞ!」
その直後、ケルヴィムは盛大にずっこけるのであった。