第270話 ノスタルジック
楽しかった模擬戦を終え、その日は約束した通りに宿泊――― つうか、半ば無理矢理泊まっていった感じの久遠であったが、大食いである事以外は変な行動を起こす事もなく、普通に宿泊していった。ちょっと拍子抜けである。
「いやいや、アラフォー世代を捕まえて何を仰いますやら。流石の私だって、泊めさせてもらった上で変な事はしないって。普通にお行儀よく過ごすって」
朝食の時にその事を久遠に言うと、失礼な! とばかりに常識的な返答をされてしまった。何だろう? 本当に金がなくって泊まったって感じで、逆に調子が狂ってくる。寝首くらいは掻いてくれても良いんだぞと、こちらからお勧めしてしまいそうになった。
「まあこの相手がマリアだったら、ひと悶着くらいはあったかもしれないけどね。あの子、お酒を飲んだら面倒臭い酔い方するし」
「なあ、この前アルコールくらいじゃ判断は誤らないとか、そんな事を言ってなかったか?」
「あはは、それはまあ時と場合によるって事で。けど安心してよ。あの子、酔いたい時とそうでない時で、酔い具合いを調整できるみたいだから。その気になったら、アルコール度数が凄く高いお酒を沢山飲んでも、全然大丈夫らしいよ?」
「どこまでも便利な体してんのな……」
その能力、セラに少しでも分けてやってほしい。そうすれば、多少は酒癖も良く――― いや、待てよ? あの酒癖が治ったら治ったで、それも少し寂しい気持ちになってしまうような……?
―――テレタラテレレレダァンデェンデレレテェーン♪
と、俺がセラの酒癖に思いを馳せていると、どこからともなく軽快な音楽が鳴り響いた。この世界じゃまず耳にする事はないであろう電子音だ。何だ何だと辺りを警戒していると、久遠が懐から何かを取り出そうとしていた。
「あっ、マリアから電話だ。出ても良いかな?」
「あ、ああ、どうぞどうぞ」
何かと思えば、久遠のスマホから着信音が流れていたようだ。そのスマホ、普通に電話もできるんスね。便利スね。異次元の世界から繋がるって時点で、まあおかしい性能なんだけど、電波とかどうなっているんだろうか?
「はーい、久遠でーす。どうしたの? ふーん? ふんふん、へー、なるなる。了解、その事を伝えれば良いのね? 承ったよ~。それじゃまた後でね、ラブ&ピース!」
何だ何だ? 話の内容からして、俺への伝言だろうか? あと、最後のラブ&ピースって何? 異世界で流行ってる挨拶?
「いやはや、お待たせしちゃったね。朝なのにマリアってば、吸血鬼とは思えないくらいにテンション高くってさ~」
「俺らで言うところの深夜テンションなんじゃないか、それ? で、何だって?」
「飲み会の場所と日時が決まったんだって。場所はトラージの飲み屋街、日時はケルヴィン君に一任するみたい」
「え、一任? ……それって、幹事をやれって意味か?」
「いやいや、違うよ~。もうマリアとアダムスは現地入りしているみたいでさ。ケルヴィン君が来るまで観光に勤しんでいるから、好きな時に来なって意味」
「ああ、そう……」
久遠の奴もなかなかに行動的だったけど、あの吸血鬼と邪神もアクティブだな、おい。思い立ったが吉日を体現していやがる。
「……じゃ、今日やっちゃうか。久遠も参加するんだろ? この距離なら転移門を使って行くのも味気ないし、折角だからランニングでもしながら一緒に行かないか?」
「わっ、それってデートのお誘い? 駄目だよ~、おばさんには愛する夫が居るんだから~」
「うん、俺も結婚を控えているから、その言い方は是非とも止めてもらいたいな。場合によっては生命の危機が直に迫って来るから」
正直に言ってしまうと、生命の危機的な状況になる事自体は良い。本気でぶつかり合えるから、むしろ望むところだ。けど、愛する相手を悲しませてしまうのは駄目、俺の望むところでは全くない。理性的な戦闘狂は、その辺に敏感なのです。
「冗談はさて置き、私はそれでも全然良いよ? マリアから聞いたけど、トラージって日本に似た文化を持つ国なんでしょ? それってタイムスリップしたみたいで面白そうじゃない? 刀とか売ってるのかな?」
「おいおい、買って持ち帰るつもりか?」
「もち!」
「……へえ、ちょっと意外だな。武器に興味があるのか?」
「え? あー、私が魔法使いだから意外だったかな?」
「それもあるけど、格闘家として意外って印象が強い」
「んー、確かに昨日の模擬戦ではずっと素手だったもんね。けど私、得物が使えない事もないんだよね」
「その辺りの話、詳しく」
「おっと、圧が凄い」
一気に興味深い話になったから、つい前のめりで聞いてしまう。あ、いや、詳細はそこまで語らなくてもいい。得物を使った方が強いのか、そこが一番大切な部分だ。
「んー、今は内緒って事にしておこうかな♪ その方がケルヴィン君も楽しめるでしょ?」
「うっ、そうきたか。残念なような、後の楽しみが増えて良かったような……」
「あらら、面白いくらいに複雑な顔になっちゃった。なら、私が持参した武器の名前だけ教えてあげようかな? その名も~?」
「そ、その名も……?」
「―――『ドッガン棒』! どう? すっごく強そうな名前でしょ? 私の娘が命名してくれたの!」
「………」
そのネーミングセンスに対して、俺はどうコメントしてやれば良かったんだろうか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
朝食と準備を終えた後、エリィ達に再び屋敷の留守を任せ、俺達はトラージへと出発した。最近は転移門が主な移動手段になっていたけど、やっぱり自分の足を使っての移動は良いものである。だってほら、道中で山賊やら盗賊やらを見掛けると、何だか懐かしい気分になれるだろ? えっと、ほら、何だっけ? ずっと前に会った、あの盗賊団。かぜ、風――― そう、そよ風盗賊団! そんな名前の奴らが、昔居たじゃん? まるで思い出のアルバム写真でも見ているかのような、そんなノスタルジックな気持ちになれたよ。まあ、今も昔も賊系統の相手方の戦闘力は変わらないもので、その辺に期待は全くできないものなんだけど。
「ふう、いい汗をかけたな。小銭稼ぎにもなったし、良い感じの重りにもなった」
「おばさんは少し驚いちゃったなぁ。流石の私もさ、道中で倒した悪人を担ぎながら走るのは初めての経験だったよ。あ~、腰にくる~」
トラージの冒険者ギルドに重しを引き渡した直後、久遠がわざとらしく腰をトントンと叩いた。当然の事ながら、全然腰を痛がっている様子ではない。
「嘘つけ、そんな軟な腰じゃないだろうに。ほんの十数人程度の重量、久遠なら片手でも運べただろ? それにだ、落とさないように魔法で一塊に集めておいたから、運びやすいように工夫もしていてだな!」
「確かに担ぎやすくはあったかな? その代わり、重しにされた盗賊さん達は死にそうな顔になってたけど…… アレって車酔いの一種?」
「さあ? まあ五体満足で引き渡せた訳だし、特に問題はないだろ?」
「……そうだね!」
それもそうか! という考えに無事に行き着いたのか、久遠は大変に良い笑顔をしていた。納得してくれたようで何より。
「でさ、話は変わるけど…… この人達は誰?」
ひと段落したところで、久遠がそう言って後ろに振り返った。俺も一緒になって振り返る。うん、あまり振り返りたくなかったけど、ここで見なかった事にする訳にはいかなかったんだ。
「マスター・ケルヴィン、なぜトラージに!? まさか、私に会いに来てくださったんですか!? か、感動です! マスターがそこまで私の事を想ってくださっていたなんて……! ですが、ご安心を! ギルド長の仕事をしている間も、鍛錬は欠かしていませんので!」
「ケルヴィン、久しいのう。前もって連絡してくれれば、それ相応の歓迎の用意をしたぞ? いや、皆まで言わんでもよい。連絡する時間も惜しかった。それだけ早く、妾に会いたかった――― じゃろう? くはは、愛い奴め!」
振り返った瞬間、俺の両腕はスズとツバキ様によって拘束されてしまうのであった。




