第258話 異次元のママ友
俺の戦いは不本意な形で終わった。しかし、その不本意は新たなる脅威が出現してくれたお陰で、むしろ本意として生まれ変わった感がある。魔法生物であるポニーテールと刀っ子は、マリアがその気さえなってくれれば、また戦う機会もあるだろうしな。
「あ、ちなみにだけど、もうストックしてた血がなくなっちゃったから、スプリングとサマーは作れないからね~?」
……やっぱ、若干不本意だったかもしれん。
ただまあ、どうせ再戦するなら偽物なんかよりも、オリジナルである実物と戦ってみたい気持ちが強いかな。影の形状のみで実際の姿を目にした訳じゃないが、あの子らはどう見ても十代そこそこの年齢で、俺よりも年下だった。それでいてあの戦闘センスときたもんだ、是非とも次は本物の力を体験したい。
という訳で、さっき聞きそびれた事を聞いてみたいと思う。突然の乱入者、桂城久遠、だったっけ? あまりにもスプリングと特徴が一致しているから、彼女がオリジナルではないかと踏んでいるんだが…… さっき三児の母とかママ友だとか、そんな事を言っていたような気がする。いや、アンタどう見ても十代だろうがと。高校生どころか、下手すれば中学生にも見えるぞと。俺みたいに進化して寿命が延びているならまだしも、流石に素でそれは冗談だよな? 恐る恐る聞いてみる。
「もう、おばさん相手に嬉しい事を言ってくれるのね。子供が三人居るってのは本当だし、私、しっかりとアラフォーよ? え、寿命が長いのかって? いやいや、人間長生きしたって百歳が精々でしょ。生涯現役は目指してるけど、流石にそれ以上は無理だって」
「マ、マジですか……」
話を聞いてみるに、彼女は特に進化の過程を経ている訳でもなく、人のまま今の姿を維持しているのだと言う。しかも、子供が三人居るってのもマジなようで、上の子はもう高校生になっているんだとか。で、その上の子、長女が実はスプリングのオリジナルであるらしく、よく母と子で姉妹と間違えられるんだとか。ハハッ、もう訳が分からんぞ。
「ちなみに妾には、子供が七人居ま~す! 全員妾に似ていて、可愛い女の子で~す! イエーイ!」
「………」
マリアのとんでも発言には、最早言葉もない。いや、こいつに関しては見た目通りの年齢じゃないって事は分かっていた。分かっていたけど、改めて言葉にして言われると目眩がしてくる。
……あ、でもその娘らの強さも、マリア似だったりするのかな? そういう事なら、その娘らにもちょっと会ってみたいような、そんな気もしたりしなかったり。
「ケルヴィンよ、嫌な予感がするから止めておけ。奴に似て絶対にろくな娘達じゃないぞ、そいつらは」
と、そんな事を思っていると、ケルヴィムが神妙な顔つきで忠告してきた。心なしか疲れているように見えるが、戦いの最中に何かあったんだろうか? つか、お前何か酒臭くない?
「俺の事は気にするな。それよりも、そろそろこの浮遊大陸全域が海に着水するぞ。お前の仲間達に連絡しなくても良いのか?」
「念話で連絡を取り合っていたから、その辺は大丈夫だよ。セラ達なんて真下の海で十権能と一緒に、海水浴とフリーダイビングを楽しんでいるってさ」
「そうか、それならば良い――― って、待て! この一大事に何を遊んでいるのだ!? 一体どこのどいつなのだ、そいつは!?」
いや、十権能ですけど。
「ええと、確かイザベルという結界の使い手だったかな?」
「イザベルぅぅぅーーー!」
海に向かって絶叫するケルヴィム。うん、やっぱこいつ相当酔ってるな。道理で酒臭い訳だ。
で、そんな酔っ払いが跋扈していた観戦席での宴も、これにてお開きとなった訳だが…… さて、ここからどうしたもんかね。流れで比較的友好的な感じで纏まってはいるけど、結局アダムスは復活しちゃったし別次元の吸血鬼&ママ友が召喚されちゃったりで、実は想定外な状況だったりする。俺としては大歓迎だけど、俺の欲望だけを優先させる訳にはいかないからな。
「宴もたけなわだけど、戦いも終わった事だし、そろそろここから切り上げようか。次にどうするかについてだけど、ルキル、ケルヴィムと約束していた通り、一度話し合いの場を設けようと思うんだが、異論のある奴は居るか?」
「妾はそれで良いよ~。まあでも、ルキルちゃんは暫くお休みする必要があるかな? クオン、回復魔法か何か使える?」
「残念な事に門外漢~。千奈津ちゃんが居れば良かったんだけどね」
「ケルヴィムがそう合意したのであろう? ならば、我に異論はない。数え切れぬ時を封印されていたのだ、今更行動を急ぐ必要もあるまいて」
「イザベルぅぅぅーーー!」
その合意した張本人であるケルヴィムが、未だに酒に飲まれているようなんだが…… 取り合えず、問答無用での争いにならなくて残ね――― いや、良かった。うん、良かった良かった。世間一般的には良かった筈だ。
よし、両陣営から言質は取れた。口約束で信用できるのかって疑問もあるが、アダムスとマリアの目的は、別に俺達の世界の破壊とかではないからな。アダムスとケルヴィムは神々の打破、その為の別世界への侵攻だし、マリアと久遠については異世界旅行をしたいだけに過ぎない。まあ、雇い主(?)のルキルはメルを転生神に返り咲かせるって目的があるが、シュトラの力のお陰で、少なくとも話し合いまでは下手な事をしてこないだろう。っつう訳で、今のところは特に害はないと思っている。もちろん監視する必要はあるし、ケルヴィム以外の十権能の残党の処遇については、十分に気を付けなければならない。
「今回の騒動で取っ捕まえた十権能は、話し合いの時までこちらで管理させてもらう。衣食住は保障するし、これからは害も与えない。アダムス、ケルヴィム、それで問題ないか?」
「貴様らはエルドらに勝利したのであろう? ならば、それは勝者の権利だ。好きにすると良い」
「だが、話し合いの結果次第では解放も視野に入れるのだぞ、ケルヴィン! ……ウッ」
急に口を押さえ出すケルヴィム。おい、吐くなよ? ここで吐くなよ!?
「それからマリア、ルキルを回復させるのに手伝いは必要か? 必要であれば俺が回復させるし、医療施設の手配もするけど?」
「それじゃあ、回復だけお願いしようかな? あ、でもその後については気にしないで~。お兄さんが戦っている間に、シンのお姉さんに色々とお願いしておいたから」
「そうなのか?」
「うんうん、そういう事だよ、ケルヴィン君。滞在中の宿泊場所とか、マリアちゃん達については私に任せておきたまえ。あ、一応このパトなんちゃらも、マリアちゃん組に入るらしいよ。アダムスから許可も得ているから、その辺も安心したまえ」
「アダムスからお許しが出た、この奇跡に僕感謝」
パトなんちゃら…… ああ、最後の十権能か。マリアやらアダムスやらの登場の方が衝撃的だったから、すっかりその存在を忘れてしまっていた。ただ、意識もないルキルと違って、こっちはもう元気そのものだ。回復力はなかなかのようである。
「了解、マリアちゃん組とやらはシン総長に任せるよ。アダムスとケルヴィムはどうする?」
「ふむ、そうだな…… 我らは―――」
「うっ、うげぇぇぇ……」
「―――まずは厠に行こうと思う」
「……うん、それが良いんじゃないかな」
ああ、結局こうなってしまったか。墜落寸前とはいえ、メルの故郷で真っ裸で虹を吐かれるのだけは、正直避けたかったんだが…… あとで酔いに効く薬を持っていってやろう、うん……




