第254話 スプリング&サマー
「にしても、ケルヴィン君の斬撃を薙ぎ払っちゃうとはね。あのポニーテールちゃん、何かしらの能力を持っているのかな?」
葉巻をふかしながら観戦していたシンが、珍しくまともな台詞を口にした。アートとの口喧嘩に飽きてしまったのか、今は彼と距離を置いているらしい。
「おっと、良い眼をしているね、お姉さん。実はその通りなんだ~。実は与えた血の元となった子の固有スキルが影響して、あんな事もできるようになってるの! 凄いでしょ~?」
「うん、凄い凄いとっても凄い。と言うか、固有スキルまで再現しちゃってるマリアちゃんが凄い」
「えへへ、そうとも言うのかな? 妾も常に進化している立場だからね、『セレスティアルゾア』で生み出した赫赫たる妾が右腕の能力を基準に、構成スキルや性格を本人に寄せるように調整して――― まあ、妾も色々と挑戦しているの。やるとすればそれなりの血が必要だし、その子についても色々と知っておかなくちゃいけないしで、誰でも似せられるって訳じゃないんだけどね。妾的に、その辺の制約が今後の課題かな?」
「それでも神の如き御業には違いないと思いますが…… ちなみに、ケルヴィン・セルシウスの斬撃を破った固有スキルについては、詳細をお伺いしても?」
「別に構わないよ~? えっとね、スプリングは『一寸無双』って力を持っていて―――」
(―――っぶねぇ!)
彼方から聞こえて来たマリアの声を、『無音風壁』を使い寸前のところでシャットアウトするケルヴィン。
(おいおいおいおい! 戦っている俺にまで聞こえるような声で、盛大にネタバレするんじゃねぇよと! 無粋だろうがと! こちとら進化を経て、相当に耳が良くなっているんだぞと!?)
心の中で放たれた渾身のツッコミは、もちろんマリアの下には届いていない。しかし、ケルヴィンはそう叫ばずにはいられなかった。ケルヴィンにとってそれは、まだ見ていない話題の映画の内容を、劇場中でネタバレされるレベルで忌諱する行為だったのである。
(しっかし、ギリセーフだったな。固有スキルの名前まではまだ良いけど、肝心の中身まで聞いちゃったら、戦いの最中に考察する意味がなくなっちまう。うん、セーフセーフ)
そう安堵するケルヴィンは現在、周囲一帯の環境を激変させる荒業に出ているところであった。重力の圧を伴った乱気流を、上下左右と所構わずに生み出し続けるA級緑魔法【重乱風圧】。そして周囲一帯の気圧を急激に下げ、強制的に酸欠を引き起こさせるS級緑魔法【無空】。これら二つの魔法の併用は、言うなれば戦場をエンベルグ神霊山の山頂へと疑似的に変更し、更には災厄級の嵐の中で戦わせる事を強要しているようなもの。もちろん、それら空気の薄さや重力の網は、術者であるケルヴィンには一切害を与えない。敵にのみ悪影響を与えるこの環境は、ケルヴィンに絶対的な有利性をもたらすものとなる――― 筈、だった。
(うん、まあ魔法生物相手に、酸素の有無なんて関係ないよな)
そう、ケルヴィンがいくら気圧を下げたところで、スプリングとサマーは魔法生物であり、そもそもが呼吸を必要としていないのだ。また、二人は戦場に入り乱れる乱気流にも迅速に適応していた。
「アスピダベガ」
空中にて重力の乱気流に巻き込まれれば、如何にスプリングとサマーと言えども、その方向へと押し出され、バランスを崩してしまう。が、その都度に魔法を詠唱したサマーが、光で形成した障壁を多数展開する。その結果、どうなるのかと言うと?
(また、障壁を即興の足場に……!)
障壁は壁としての性能しか持たないシンプルなもの。だが、それ故にケルヴィンの重力の圧にも耐え切る、強固なつくりとなっていた。二人はこの障壁を乱気流と重力に対応した足場や壁として使用し、この環境下でも機動力をそれほど落とす事なく戦闘を継続。障壁は守りの要であると同時、機動力の要ともなっていたのだ。
「アスピダベガ」
「っと、またか!」
これはケルヴィンにとっては誤算、否、ある意味で嬉しい誤算なのだが、障壁の役割はそれだけに終わらなかった。ケルヴィンが少しでも隙を見せれば、ケルヴィンの退路を断つようにして障壁が出現。純粋な障害物として、逆に行動を阻害しようとしてくる。更には眩く輝き視界を阻害する場合もあれば、光の屈折を利用して透明となり、風景の中に溶け込んで不意打ち気味に出現する場合もあるなど、利用方法は実にバラエティ豊富だ。目を焼かれる度に『闇晴』で視力を回復させ、壁とぶつかる度に大鎌で速攻断ち切らなければならないなど、ケルヴィンの思考と肉体は現在、多忙を極めている状態にあった。
「衝撃・Ⅳ!」
「ぐっ……!」
隙を突かれれば、こちらも隙を突き返す。そう言わんばかりにお返しした強力な衝撃は、サマーの支援が間に合わない速度で繰り出され、スプリングを後方へと下がらせるに至る。これにより一時的にではあるが、スプリングとサマーの前後関係、要は前衛後衛の立場が逆転する事となった。盤石であった陣形の崩壊。常識的に考えれば、それは形勢を逆転させるのに十分な要素となる。
(けど、んな常識に囚われる連中じゃないよな、お前らは!?)
表情を歪ませながら、ケルヴィンは更なる期待を募らせる。そして、その期待という名の読みは、やはり当たっていたようで。
「ミラージュデコイ」
「ロザリーホール極小玉!」
前後の立ち位置が逆になった途端、サマーは新たな魔法を詠唱し、自らの姿と瓜二つな幻影を大量に生産。またスプリングも吹き飛ばされる最中に居ながらも、何やら球体のようなものを器用に投擲していた。
「攪乱のお返しってか!?」
サマーは作り出した幻影の一人として溶け込み、刀を構え突貫を仕掛ける。幻影の一人一人が障壁を利用した三角跳びで接近しており、速度もスプリングほどでないにしても、素の状態のケルヴィンよりも数段上のものを叩き出していた。こうも素早く動かれては、偽物の中から本物を捜し出すのは至難の業だろう。
その上、サマーの後方からはスプリングが投擲した球体が、サマー以上のスピードで迫って来ている。あろう事かその球体は、ケルヴィンが周囲に展開させていた乱気流を吸引し、その軌道を自らに向ける事で操作・支配しようとしていた。まるで小さなブラックホールであるが如く、球体はありとあらゆるものを飲み込み続ける。
(いや、マジもんのブラックホールだな、こいつは……!)
『鑑定眼』を起動したケルヴィンは、普段とは視えるものが異なる情報群の中から、スプリングが投げた魔法について刹那的に解析していた。どうやらあの『ロザリーホール極小玉』とやらは、外部から物体を吸い込む事で、そのブラックホールとしての規模を肥大化させていく特性を持っているらしい。なぜそんなものが素手で投げられるのかは、結局分からないままだったが、まあその辺りのツッコミどころについては、異世界の魔法だからという事で割り切る事にしたようだ。が、しかし。
「ほっ! はっ! とおっ!」
ブラックホールを投じた後も、スプリングは球体を投擲し続けていた。今度はブラックホールではなく、また別種の魔法のようだが、これに『鑑定眼』は引っ掛からない。スプリング自身のステータスを覗いた時のような、奇怪な文字列が並んでいるだけである。
(読み取れないステータス…… おいおい、ひょっとして二投目以降の球体は、ポニーテール自身か!? あいつ、自らの体の一部を球体として変換して、自分で自分を投げやがってんのか!?)
よくよく観察してみれば、元々小柄であったスプリングの体が、ひと回り小さくなっている。普通の生物では成し得ない、魔法生物ならではの戦法であった。
「ふっふ~ん。モデルはあの子達だけど、スプリングとサマーはそれだけに終わらないんだもんね~♪ 妾が可愛くて自由であるように、その二人も強くて自由なんだも~ん」
観戦席にてポップコーンを貪るマリアは、この通りご機嫌な様子だ。但し、それは相手を務めるケルヴィンも同じ訳で―――
「良いな、それ! 俺にはなかった発想だ!」
―――この通り、それはもうご機嫌であった。




