第252話 狂飆魔法
マリアの言葉に反応して、切り離された腕が大きく膨れ上がり、俺が見上げるほどの何かへと変化していった。次の瞬間に目の前に現れたのは、二つの血の塊、いや、血で形成された影? ……兎も角、不気味な気配を発する大型のモンスターが、そこには居た。
「■■■……!」
「■、■■■」
理解不能な言語が脳へと響く。言うまでもなく、それら言葉はこの不気味なモンスターが口にしたものだ。キレた時の義父さんの言葉に似てるだろうか。
また、この怪物の体からは、血の滲んだような色をした靄が放出されていた。その為、この二体のモンスターがどんな姿をしているのか、上手く目で捉える事ができない。辛うじて人型である事は分かるが、そのサイズはゴルディアーナやアダムスの体格に迫るものがある。まあ、控え目に言っても化物染みてるって事だ。
次に特徴的なのは、頭部と思われる部位に、これまた血色の光の塊(?)のようなものが存在している事だ。それがこの怪物の目なのか、はたまた全く別の器官の役割を担っているのか…… ああ、今のところは全てが謎だ。『鑑定眼』で確認しようにも、何つうか、その、ステータス欄がバグってる? うん、何か変だ。数字が全部文字化けしてる。この世界のシステムにまで干渉しているのか、こいつら? ……ハハッ、面白いじゃないか。
「強いな」
「ああ、強い」
無意識のうちに口から出てしまった俺の言葉に、ケルヴィムが同意してくれた。どうやらケルヴィムの奴も、このモンスター達の強さを嗅ぎ取ったようだ。フッ、流石だな。
「あ、だがケルヴィム、いくら強そうだからって、こいつらはやらないからな? マリアが俺の為に用意してくれたんだ。二体居るけど、悪いがお前に分けてはやらん」
「要らんわ! フン、戦闘狂のお前と違って、俺はこんな戦いに意味を見出せん。先にアダムスの下へと行かせてもらう」
そう言って、ケルヴィムは観戦席で寛ぐがや共の方へと行ってしまった。全く、素直じゃない奴め。
「これで二人っきりだね、お兄さん♪」
「いや、アンタが生み出した怪物を頭数に入れてやれよ…… で、今のは異世界の魔法の何かか?」
「うん、狂飆魔法レベル100『セレスティアルゾア』って言うの。風に少量の血を与えて、動物を模した使い魔を作り出す魔法なんだけど、これはその特別版。血の代わりに妾の体の一部をミックスして、全体的な能力を底上げをさせたんだ」
ああ、やっぱり魔法か――― って、ん、んん? 狂飆?
「見た目は可愛らしいけど、妾の腕一本分を使っているだけあって、意外とやるよ?」
「……可愛らしい見た目?」
「あ、何その顔!? とっても可愛いでしょ!」
本気か? いや、それよりも俺が気になるのは、マリアが口にした魔法についてなんだが。狂飆魔法って、緑魔法じゃなくてか? それに魔法のレベル100って、どういう意味なんだろうか? これもステータスと同じで、そもそも生きる世界線が異なっているせいなのか? うーむ、色々と疑問が尽きない。
「まあ、可愛いかどうかは一旦さて置こう。外見の良し悪しの判断は、人それぞれ認識が違うからな。ただ、強いって事は分かる。そんでもって、美味そうだ。こいつらが俺の相手をしてくれるのか?」
「ふーん? お兄さん、楽しそうに笑うんだね? うん、それ、とっても良い笑顔だと思うよ。妾、思わずキュンキュンしちゃいそう♪」
「下手な世事は要らないって」
「えー、全然お世辞のつもりじゃないんですけどー? 割かし本気でそう思ってるんですけどー? と言うか、マリアみたいな絶世のアイドルが、こんなに近くに居るんだよ? もっとドキドキしてくれても良いなんじゃない? さっきからお兄さん、妾に対して塩対応な気がする~」
「何を期待しているのか分からないが、一応俺、これでも妻子持ちなんだが……」
「む~、デリスといい、このお兄さんといい、そんな理由で妾の魅力を蔑ろにしないでほしいなぁ。お兄さんがそう言うのなら、更にサービスしちゃうよ?」
「サービス?」
「うん、出血大サービス♪」
マリアがその言葉を使うと、さっきの惨状を思い出してしまうんだが。
「そいつは嬉しいけど、一体どんなサービスなんだ?」
「わっ、興味を持ってくれた感じ? それとも、実は最初から妾に興味津々だった感じ?」
「そいつは嬉しいけど、一体どんなサービスなんだ?」
「うわ、遂にスルーされた……」
ハニートラップが過ぎるからな。いや、子供の悪戯レベルのトラップか。
「えっとね、今のこの子達でも国を亡ぼせる程度には強いんだけど、もうちょっとだけ強くしちゃおうかなって」
「もうちょっとって…… 国どころじゃないって事か? おいおい、物騒だな?」
「お兄さん、妾の前でそんな良い子ぶらなくてもいいよ。本当は嬉しい癖に~。うりうり」
「お、おい、肘で小突くなって……!」
俺の横腹を小突くマリアの仕草は、やはり悪戯っ子のようにしか見えない。少なくとも、演技ではないと思う。何かニヤニヤしているし、本心から楽しんでいるって言うか…… これが演技だったら、少し怖いな。
「それにさ、お兄さんクラスが所望する相手って、それくらいのレベルのものでしょ? という事で、これを使っちゃいま~す」
マリアが取り出したのは、赤黒い液体の入った二つの小瓶だった。回復薬、って色合いではない。
「それ、血でも入っているのか?」
「うん、妾の世界に居た、将来有望な子達の血だよ。良いでしょ~?」
「生憎と吸血鬼じゃないもんで、その良さは理解できないんだが…… で、何だ、飲むのか、それ?」
「んーん、飲むのも良いけど、もっと楽しい使い方をするの。よーく見ててね? はい、どうぞっと」
モンスター達に餌を与えるが如く、二つの小瓶を放り投げるマリア。小瓶は二体それぞれのモンスターが発する靄の中へと消え、やがてパリンというガラスの割れる音が聞こえてきた。
「■■、■……!」
「■■■」
……食ってるな、これ。聞き取る事のできない謎の言語を吐きながら、咀嚼してやがる。こんな見た目だけど、一応こいつらも吸血鬼の一種なんだろうか?
「血を食わせてパワーアップ、って寸法か?」
「まあまあ、見ていなさいって。面白いのはここからだからさ。さあ二人とも、自分の真の姿を思い出して?」
マリアの言葉通り、怪物達の肉体に何やら変化が起こり始めた。バキボキサクッと、骨が折れ肉が切れる音を鳴らしながら、靄の内部になるであろう人型の形が変わって――― おい、靄に隠れているからまだ良いけどさ、実はこれも結構なグロテスクな光景だったんじゃないか?
「「………」」
やがて変化を終えた二体の怪物は、その肉体が随分と小さくなっていた。靄を発して形状が曖昧になっているのは一緒なんだが、背丈は元の半分程度、重さはそれよりも減少しているように見える。と言うのも、変化後の姿がより人間に、それも女の子のものになっているような、そんな気がしたんだ。一体が、いや、一人が長いポニーテール、もう一人がロングヘアらしき髪型であるのも、俺がそう思った要因の一つだ。女の子の姿に合わせてなのか、頭部にあった光の塊も二つに分かれ、目の代わりになるようにその位置を移動させていた。
「よしよ~し、無事に思い出せたみたいだね」
「またえらく姿を変えたな。まさかとは思うが、さっき与えた血の持ち主の姿に変化した、とか?」
「おっと、流石はお兄さん。なかなかの洞察力だね! 話が早くて妾、本当に助かるよ~」
「「………」」
新たな姿となった怪物達は、あの理解不能な言語で話す事を止めてしまったのか、何も言葉を発しようとしない。それがかえって不気味であり、底知れないように感じられた。
「じゃ、改めて紹介するね。元気溌剌なジャイアントキリングが『赫赫たる妾が右腕・スプリング』、優等生で気苦労の多い方が『燦燦たる妾が左腕・サマー』だよ! お兄さん、死なないように頑張ってね♪」
「いや、どっちがどっちだよ――― っと?」
マリアが笑顔でそう言った直後、何とかスプリングと何とかサマーが自らの腹に手を突っ込み、得物らしきものを取り出した。アレは血色の…… ハルバートと刀?




