第250話 あの子は誰
アダムスを追い、辿り着いた先に待っていたのは、この世の楽園だった。アダムス、ゴルディアーナという見るからに肉体派な二人から始まり、シン総長とアート学院長から成る特殊能力特化の不仲コンビ、以前よりも神性が増したドロシーも頭を抱える格好で出迎えてくれたし、奥の方にはルキル――― は、気絶しているのか? 既にボロボロじゃないか。何か片腕も酷い事になってるし。んー、なら仕方ない、今回は除外しておく。気を取り直して、奥の方には派手な装いの堕天使も居る。こいつが十権能の最後の一人なんだろう。しかし、戦う前から心労がやばそうな感じになっている。見たところ、肉体的なダメージの方はまだ殆どなさそうだが、一体何があったんだろうか? こんなに愉快な場所に居るってのに、もったいない奴だな。
「わあ、いっぱい来たね! 妾、緊張しちゃうかも……!」
で、この子がアダムスが言っていた、面白いものの正体か。容姿だけなら幼シュトラくらいの、可愛らしい少女って印象だが…… 本質は違うな。つうか、纏っている力がそもそも異質な感じがする。ルキルがあんな状態になってまで、召喚する必要があった人物、か。なるほど、なるほど。アダムス、確かにアンタの言った通りだった。面白い、実に面白い奴が召喚されているじゃないか……!
「ふむ、この我も知らぬ力を感じるな。小さくも大いなる力を持つ者よ、貴様は何者だ?」
「妾はマリアだよ、異世界の神――― って、貴方は神じゃないんだっけ?」
「うむ、我はただのアダムスだ。尤も、神の肉体を持つ我も居はするがな」
「さっきも言ったけどぉ、正式は女神は私ねん(はぁと)」
「少々正道からは外れますが、一応私も神に分類されますね」
「元死の神である俺を忘れてもらっては困るな。そして、こっちのケルヴィンの二つ名も『死神』だ!」
「二つ名はそうだけど、種族としては魔人だっての。あ、字は人の方な!」
「へ、へぇ……? えっと、今更だけどさ、この世界、一体何人の神が居るの? ちょっと居過ぎじゃない?」
「「「「……」」」」
それはそう。メルやクロメル、他の十権能も含めれば、神関係の者はもっと膨らんでしまう。
「そんな神様も含めて、多様性に富んだ面子が揃った訳だが…… で、これからどうする? 仲良くお喋りって訳にもいかないだろ。ここはひとつ、古来からある分かりやすい方法をだな―――」
「別に妾はお喋りでも良いよ? ルキルちゃんにああ言われたし、この世界をもっと知りたいから、むしろそっちが大歓迎!」
「―――え?」
「奇遇だな、我もそう思っていたところだ。如何に我が元偉大なる神であったとしても、別次元からやって来た者と話すのは、これが初めての事だ。他にも濃い者達が、これだけ集っている。飽きる事も、まあ即座にはないだろう」
「あ、ちょっ」
「相手の事も目的も知らずに戦いを始めるのは、愚者のする事です。そこに別の道があるのならば、まずは模索してみるべきかと。フフッ、リオンさんに浄化された私は、このような判断もできるのですよ」
「個人的にはそちらの殿方と手合わせしてみたい気持ちもあるけどん、今の私ってば、結構感情が一杯一杯なのよねん。楽しみは後に取っておくタイプでもあるしぃ、今は話し合いで良いと思うわん。あっ、ご飯でも食べながらお喋りしちゃう? 私、良いお店知ってるのよ~ん」
「わっ、良いね! 大賛成! そこ、美味しいワイン置いてる!?」
「よくよく考えてみれば、この肉体を得てから何も口にしていなかったわ。フッ、久方振りの食事というのも悪くない」
「……」
おかしいな。何でこいつらってこんなに強いのに、戦いを最優先事項に置かないんだろうか? そりゃあ俺だって、邪神や未知の存在といった連中とのトークにも、興味はあるよ? でも、それって戦いの最中にもできるじゃん。食事だって、戦いでたっぷり汗をかいた後でした方が、絶対美味しいじゃん。おかしいなぁ、何でそれが分からないのかなぁ……
「ケルヴィン、いい加減に現実を見ろ」
「ああ、うん…… 勢いで押し切れるかと願っていたけど、やっぱりそんな事はなかったよ……」
「お前、演技であんな高笑いをかましていたのか? 何なんだ、その無駄な努力は……」
「微かな希望に縋っただけで、俺にとっては全然無駄じゃなかったんだよ。まずは会話って約束も、ケルヴィム、ルキルとの取り決めだったから、アダムスやあの銀髪っ子には適用されないと思ったんだ。ほら、一応の理屈は通ってるだろ?」
「屁理屈の間違いだろうが……」
「そうそう、それは屁理屈だ。自分の欲望を優先して、余計な事をしないでほしいものだな、ケルヴィン君」
っと、シンが話に割って入って来た。自由が信条の総長にしては珍しく、えらく常識的な事を言っている。それでいて、えらく疲れているようにも見える。
「シン総長、何か疲れてないか?」
「あんなのの相手をして、疲れない奴なんて居ないっての」
「まあ、確かにその点だけはシンに同意しておこう。アダムス同様、アレはこの世界にとっての異物だ」
シン総長に続いて、アート学院長もやって来たようだ。 ……いや、今更だけど、アンタここに居たのかよ!?
「が、学院長、ご無事でしたか。途中から聖杭から居なくなってて、仲間が心配していましたよ」
「ああ、実は私もシンとルキルを追って、この場所に移動していたんだ。しかし、悪い事をしてしまったな。私の美技による演奏を全土に届ける予定だったのに、とんだ形での公開延期になってしまったよ。君の仲間達は、さぞ楽しみにしていたんだろうね…… この私が奏でる美曲が、戦場に鳴り響く事をッ!」
「そ、そうッスね、ハハハ……」
絶対違う風に解釈されてるけど、これ以上ツッコミを入れたら面倒な事になりそうだ。ここは適当に流しておく。けど、確かに最初の話では、アート学院長が支援に回る事になっていたんだっけな。俺、戦いに夢中で普通に忘れちゃってたよ。各所で戦いに参加していた皆も、ひょっとして気付いてなかったんじゃ…… いや、これ以上は止そう。全て終わった野暮な話だ。
「話を戻すけど、結局彼女は何者なんだ? アダムスの隠し玉、或いは裏十権能、はたまた真の右腕とか、そういうやつ? ケルヴィムは何か知ってるか?」
「勝手に変な組織を作るんじゃない! あの小娘に何者かと、さっきアダムスが問いていたところではないか! 当然、俺も知らん!」
ごもっとも。
「美し過ぎる私が、代わりに説明しよう。アダムスと同等の力を持つ、異世界の吸血鬼であるらしい。 ……以上!」
「以上って、他に情報は?」
「私達も先ほど出会ったばかりだからな。とんでもない力を有している以外の事は、未だ謎だ」
「うん、謎は深まるばかりってね。ルキルと派手堕天使だけならまだしも、あの子から不意打ち食らった時は、流石の私も泣きたい気持ちになったよ」
「不意打ちって…… おいおい、直接戦ったのか?」
「味見程度にだけどね。ほら、証拠がこれさ。私自慢の銃もこの通り」
シン総長が二丁の銃を取り出し、その時の状況を教えてくれた。なるほど、一度の鍔迫り合いでこうなってしまった、と…… って、改めて間近で見ると、この銃の完成度もすげぇな。俺も見習いたいくらいの出来じゃないか。
「創造者の奴、接近戦もできるように頑丈にできてるって、そう言っていたのに…… 騙された!」
「いやいや、銃なんてデリケートなもんをこんだけ頑丈にしたんだ。肩を持ちたくない相手だが、ここでジルドラを責めるのは酷だろ。しっかし、とんでもないパワーだな」
軽く見た感じ、そうだな…… リオンがよく使う黒剣アクラマと、同じくらい頑丈そうか? あの子の細腕の中には、ゴルディアーナ並みのパワーでも眠っているんだろうか?
「ね~ね~、そこで雑談してる人達~。もう直ぐこの大陸墜落しちゃうから、今のうちに脱出しない? 妾、ちゃんとした地面のあるところでお話した~い!」
「「「「……あっ」」」」
今になって思い出した。この浮遊大陸、墜落している最中だった。




