第249話 混沌と化す
「ルキルちゃん、絶対そんなタイプじゃ――― って、ううん? 貴女、もしかして呪われて縛られてる? 何かの約束事に違反したら罰を受けるとか、そういうタイプのやつかな?」
瞬きの間にルキルへ近づき、彼女の両目を凝視するマリア。どうやらマリアの目には、朧気ではあるが、シュトラが施した『報復説伏』の縛りが見えているようだ。
「何の、話、ですか…… 私は正気、ですよ……」
「あ~、無自覚で受けちゃってる系か~。お姉さんのその魔眼で、何かしたの?」
「生憎と私は無関係だよ。この目はデメリットが大きくてね。さっきみたいなやばい時にしか、使わないって決めているんだ。ま、それも失敗したんだけど」
「ふーん? じゃ、もっと前に何かあったのかぁ。妾、他人を回復させたりするのは苦手なんだよね。ヴァカラ爺が居たら、問答無用で解呪できたんだけど…… うん、面倒臭いから現状維持で良いや! ルキルちゃん、その呪いと良い感じに付き合っていってね!」
「……?」
マリアからアドバイス(?)を受けるも、当のルキルはそもそも呪いを受けている認識がない為、全く意味を理解していない様子だ。
「今回はルキルちゃんの意志を尊重しようかな。命を懸けて妾を召喚して、こんなに良い世界を教えてくれた訳だし。お姉さん、遊ぶのはまた今度ね」
「それは良かった。お姉さん、命拾いしちゃったよ」
「あはは~。妾と同じで、まだ全然手の内を晒していない癖に~」
「いやいや、まさか。くふふ」
「本当かなぁ? うふふ」
美女が美少女が笑い合っているというのに、この場は変わらず重い空気で満たされている。比較的元気であったパトリックも、そろそろ空気に押し潰されてしまう頃合いだ。
「あ、あの、マリアさん……? ルキルが気絶しちゃったんで、あまり圧を飛ばすのは、ちょっと……」
「あっ、ごめんごめん! 妾ったら、興奮しちゃうと周りが見えなくなっちゃうの。てへっ♪」
「さ、さいですか…… それで、ええと、これで解散、という流れで良いのかな? これ以上戦わないんなら、それしかないよね? うん、それしかな―――」
「―――パトちゃん、ちょっと黙って。妾、まだ気になる事があるから」
「……」
パトリック、黙る。
「お姉さん、お友達を連れて来てるよね? その人も妾に紹介してくれない? もう戦わないんだし、良いでしょ?」
「ッチ、目敏いな。いつ気付いた?」
「まあ、割と最初から。上手く隠れているから、場所までは分からなかったんだけどね」
「ハァ、なるほど…… アート、出て来て良いよ!」
「まったく、品がないな。そんな大声で叫ばなくたって、ちゃんと聞こえているよ」
どこからともなく楽器を携えたアートが、シンの真横に現れる。
「わっ、凄いイケメンが来ちゃった。妾、ドキドキ!」
「イケメン、か。美人美女今世紀最大の美とはよく言われるが、初見で男だと見抜かれたのは、いつ振りの事だったか。まあ、それはさて置き、だ。やあ、可愛らしい異世界の吸血鬼さん。私の名はアート・デザイア、見ての通りダークエルフさ。以後、お見知り置きを」
「わっ、格好良く挨拶されちゃった。妾、ドキドキ!」
アートの洗練された礼を受け、マリアがどぎまぎし始める。意外にもミーハーな性格なのかもしれない。
「しかし、目立つ事を止めた私の気配を見つけるとは、凄まじい察知能力をお持ちのようだね。予定ではシンが君に殺された直後に、死角から渾身の演奏を聴かせるつもりだったんだが、あえなくご破算になってしまったよ」
「おい、アートお前、私が生きているうちに援護しろ。何私が死ぬのを待ってんだよ?」
「……?」
「何を言っているんだ、こいつは? みたいな顔をすんなッ! お前からあの世に送ってやるぞ!?」
「ふん、やはり君は思考が野蛮だな、シン。第一、私がここへやって来たのは、君の助けになる為ではない。君が失敗した時の尻拭いをする為に、私はここへやって来たんだ。大陸全土に鼓舞する演奏を届けるという、崇高な目的を蹴ってまでしてね。案の定、味方側で君だけは敗北濃厚のこの有様だ。どう責任を取るつもりだい、シン総長? 世界の危機だぞ?」
「だ・か・ら! 世界の危機ならプライドよりも助ける事を優先しろって言ってんの! 最初からアンタが私を演奏で強化していれば、巫女の結界だって破壊できていたかもしれないだろうが!?」
「おっと、私の補助なんて要らないと、そう言っていたのはどの口だったかな? それ以前にその目の力をもっと早く使っていれば、あの吸血鬼さんを召喚される事もなかったんじゃないかい? 君の事だから、歳を取るのが嫌で躊躇したんだろうけど。むっ、小皺が増えたんじゃないか?」
「いい加減ぶっ殺すぞ!? アンタがこの目の所持者だったら、そもそも使うなんて選択肢もなかっただろうが! この美の劣化は世界の損失だとか言って、絶対使わなかっただろ!」
「当たり前の事を言うな! ああ、私だったら絶対使わないね!」
「……」
黙ったまま、パトリックは思った。どっちもどっちじゃね? と。
「うんうん、仲が良い事は良い事だね。分かる分かる、妾の娘達もよくそうやって喧嘩してるし」
「「仲良くなんてない!」」
「そうだね。声が綺麗に重なるまでが、最早既定路線だよね」
「……」
黙ったまま、パトリックは思った。今、娘達とか言わなかった? この見た目で娘達とか言わなかった? と。
「それよりもお姉さん、お兄さん。今ここへ向かって来てるの、他にも居るよね? その人達もお友達?」
「……いやはや、本当に察しが良いな、マリアちゃんは。友達っつうか、敵も味方もアリアリ?」
「加えて、人かどうかも全員怪しい気がするけどね。 ……聞くまでもない事だと思うけど、このまま待つつもりかい?」
「当然! その人かどうかも怪しい人達、妾に会いに来ようとしているんでしょ? なら、アイドルとして会っておかないとね! あ、握手は駄目だよ?」
「……」
黙ったまま、パトリックは思った。あれ、今接近してる奴らの中に、アダムスが混じってない? 僕、裏切った事バレてない? やばくない? と。
「ふぅん! 慈愛の女神、ゴルディアーナ・プリティアーナちゃん、参・上・よん(はぁと)」
「転生神ゴルディアーナ、立派な翼があるんですから、空中をダッシュで駆け抜けないでください。後を追う私の気が散ってしまいます。 ……っと、これはどういう状況でしょうか?」
最初にこの場を訪れたのは、スプリンター顔負けの走法で空を駆け抜けて来た、我らがゴルディアーナ。それから少し遅れて、ドロシーも早送りでやって来る。
「どうもこうも、こんな状況だよ。ルキルがマリアちゃんを召喚しやがった」
「いえ、その説明では全く理解できないのですが……」
「わあ、怪獣さんだぁ」
「ノンノン、私は女神よん、可愛らしい天使さぁん。 ……んんっ、天使みたいな悪魔さん、かしらん?」
「ううん、妾は吸血鬼だよ。正しくは鬼じゃなくて、姫の方だけど」
「まっ、それは素敵なお名前ねん。私も見習いたいくらいだわん!」
「ハァ…… なるほど、カオスな状況ですね。ところで、あちらからも大きな気配が近付いているようですが?」
ドロシーが指差す方向から、マリアに匹敵するほどの存在が、超スピードで接近してくる。
「ほう、面白い面子が揃っておるな。我の為の出迎え、実にご苦労」
その者は早歩きで、この場に降臨した。 ……冗談抜きに、早歩きでやって来たのである。空中猛ダッシュの次は空中早歩きかよと、ドロシーが頭を抱えている。
「別に出迎えるつもりなんて、全然なかったんだけどね。で、アンタが噂の邪神アダムス?」
「噂がどうかは知らぬが、確かに我はアダムスだ。だが邪神ではない。ただのアダムスだ」
「「「……?」」」
当然の事だが、アダムスの説明を理解している者は皆無であった。とまあ、そうこうしているうちに―――
「ハハハハッ、ここが二次会会場か!? 一次会よりも豪華じゃないか! 俺はまだまだ食い足りないぞ!」
「おい、まずは話し合いだぞ! 約束は約束だぞ、ケルヴィン!」
―――欲求不満な死神と、未だに丸出しな死の神も到着。状況は更にカオスと化す。