第243話 本当の思惑
どこからともなく聞こえてきたのは、以前にも、というか最近にも耳にした機械音。聞き間違えようがない。これは聖杭から発せられる移動音だ。それが今、まるで緊急時に鳴る警報のように、うるさいくらいに周囲一帯に響いている。いや、音もそうだが、それと一緒にばら撒かれているこの気配はなんだ? かつてトライセンで対峙した、魔王ゼルのそれに似ているような気もするが……
「これは、まさか……」
「ケルヴィム、何か知っているのか?」
「……恐らくこの音は、贄として相応しい魂が揃った際に行われる、聖杭の大移動によるものだ」
「ああ、やっぱり聖杭の音かって、おい、ちょっと待て。全部? 六機ある聖杭、全部か!? 十権能側で管理している聖杭だけならまだしも、こっちにだって隠した聖杭があるんだぞ? アートがそこで留守番している筈だし、そいつまで勝手に動くような事は―――」
『―――お兄ちゃん、一大事! 私達が乗って来た聖杭が、勝手に動いているの! アート学院長も居なくって、連絡が取れない!』
「ええっ……」
何というタイミングだろうか。シュトラからの念話で、聖杭が動いているという裏付けが成されてしまった。つうか、学院長どこに行った……!
「……念話で確認した。どうやら、マジで動いているみたいだ」
「お仲間からの連絡か。で、ケルヴィンよ。他の場所での戦いで、敵味方含めて戦死した者は何人だ?」
「戦死? ええと、十権能側だとハオとハザマ、俺達側からは同じ戦いで…… グロスティーナが死んだらしい」
「グロス…… あの者か。なるほど、確かにあの者も器に足る者だった。しかし、フッ…… 思いの外冷静そうだな、ケルヴィン? いや、それでこそ、と言うべきか。誇りを賭けた戦いで死を遂げる事は、恥ずべき事では決してない。むしろ、称えるべき偉業だ。お前はその辺りをよく分かって―――」
「―――おい、今は緊急事態なんだ、早く本題に入ってくれ。今後の事は、しっかりと話し合う約束なんだろ?」
「む。ああ、すまんな。確かにそうだった。俺とした事がどうも気が昂って、つい余計な事を口にしてしまったようだ」
「……?」
何だ? シュトラの力は働いているようだが、どうにもケルヴィムの様子がおかしい。俺と同様に周囲を警戒していた筈だが、今は変に高揚しているように見える。そういやさっき、贄とか魂とか言っていたっけ。
「……そうか、今エルドが死んだ事で、六機の聖杭全てに魂が捧げられたのか。邪神アダムスの復活、その贄として」
「その通り。聖杭はそれら魂を、贄として相応しいものと判断した。これは俺も知らなかった事だが、どうやら聖杭には距離に関係なく魂を回収する機能があり、しかもその後、自動で儀式を進めるようプログラムされているらしい」
つまり、もう邪神復活の儀式は始まっているって事か。これまでこの世界は、星の核に封印された邪神が力を蓄えないようにと、定期的にその力を地上に吸い出していた。その吸いだした力こそが、魔王の源だった筈だ。魔王に似た気配が漂い始めたのも、恐らくはそのせいだろう。 ……復活前だってのに、既にこれだけ俺の強敵センサーが反応している。邪神アダムス、一体どれだけ強いんだ?
「バルドッグめ、さてはこの事をエルドにのみ伝えていたな? あの大馬鹿者め…… だが、よくやった!」
「………」
邪神アダムスの復活、それはケルヴィムにとって、大いなる目的の一つだった。だからこその、この喜び様って訳か。ん、待てよ?
「……なるほど。次は私の番ってのは、この事を言っていたのか」
「む、何の話だ?」
「さっきの戦闘中に、エルドが言っていた言葉だよ。俺はてっきり『魁偉』の権能を得て、次は自分の手番だと宣言してるもんだと思っていたんだが…… 権能を得た事でハオとハザマの死を確信して、奴はこう思ったんだろう。ならば残る一枠の魂の生贄は、自分のもので事足りるじゃん! ってさ」
「なっ!? で、では、エルドの奴はわざと俺達に負けたのか!?」
「その後も戦闘は継続していたし、一概には言えないが…… まあこの勝負に限らず、敵だろうが味方だろうが自分だろうが、エルドにとっては、どこで誰が死んでも良かったんじゃないか? 聖杭の魂回収機能、想像以上に優秀なんだろ?」
「だ、だから奴は最初から、我が同胞達を捨て駒にするような策を取っていた、と? 端から同胞達の勝負の行方に、興味がなかったのか……!?」
「まあ、最低限何かしらの理由付けができて、仲間から怪しまれない範囲でだとは思うけどな。いくら邪神復活という目的の為とはいえ、自分の命まで捧げるような奴なんて、流石の十権能にもなかなか居ないだろ?」
「居る筈がないだろう! 少なくとも、俺は仲間を死なすような事はしないし、ハザマにそんな自己犠牲の精神はない! 他の者達も、率先して死のうとは思わないだろう! いや、それ以前に、だ。自ら自害の道を歩むなんて事は、決して許されない事だ。『死の神』として、決して許さん。ましてや、同胞の命なら尚更…… クソッ、エルドめ! 大罪中の大罪を犯しおって!」
目指す先は同じ筈なのに、ケルヴィムとエルドの意見は常にすれ違っていた。ケルヴィムだって俺と同じく、決して善人と呼べる人物ではないだろう。だが、仲間の命を軽んじる事は好まない。目的の為には手段を選ばないエルドとの一番の違いは、もしかしたらそこなのかもしれないな。
「エルドの目的はアダムスの復活、何よりもそれが第一だ。残る贄が一つだけなら、俺達を倒すよりも自分が死んだ方が確実だと、そう考えた可能性が高い。負けて封印なんてされた日には、相手どころか自分も生贄にできないからな。まあ、今更エルドの心中なんて、正直どうでもいい。色々あったが、アダムス復活の条件は達成された。それが全てだ。ケルヴィム、この後にはどんな現象が起こる?」
「ハァ、ハァ……! ああ、それなら―――」
怒りで息を切らしながらも、ケルヴィムが今後の展開を説明しようとしてくれる。しかし、その台詞の続きを紡いだのは、全く別の声であった。
「―――定められたポイントへと移動を完了させた六機の聖杭は、そこから地中への侵入を開始する」
「「ッ!?」」
ごく自然に、しかしあまりに突然に聞こえてきたその声に、俺とケルヴィムはその場から大きく飛び退く。最初、声が聞こえてきたのは俺達の真下、エルドが倒れた辺りからだった。当然、俺達はそちらに視線を移そうとする。しかし、その声は俺達が視線を動かすよりも早くに、俺達の耳元にまで移動を終えていたのだ。背を合わせていた俺達、そのどちらにも気付かれる事なく、である。
「各聖杭が星の核付近にまで到達すると、更にそこから生贄となる魂を特殊なエネルギーに変換し、アダムスへと注入。不足していた力、そして自らの意思を取り戻したアダムスはゆっくりと覚醒し、地の奥深くからこの世界へと降臨する」
先ほどまで俺達が陣取っていたその場所には、腹にどてかい穴を開けた、あのエルドが居た。だが、それはエルドの肉体であって、決してエルドではない。ああ、俺にも分かる。分かってしまう。声の主を目にした俺達は驚き、同時に歓喜していた。
「それが表向きのシナリオだ。まあ、実際のところはそんな大掛かりな事なんてせず、短時間で終わるものなのだが。ああ、そうだ。挨拶がまだであったな。我はアダムス、ただのアダムスだ。ここは良い世界だな、気に入ったぞ」




