第239話 待ち望んだ戦い
天の都『サンゼルス』、その中枢に位置する『叡智の間』での戦いが、遂に始まった。正確にはあそこでは手狭であった為、外へと移動している訳だが、兎も角遂に戦いが始まったのだ。敵は十権能の長であるエルド・アステル、敵組織を纏め上げるリーダーなだけあって、相手にとって不足はない。
「剛黒の黒剣!」
「そんな鈍では、私に傷をつける事はできない。尤も、周囲の鉄材を素材として武器にしている限り、私に届くよりも前に分解されてしまうだろうがな」
この通り、他の権能をコピーする『統合』という力を使い、戦いの最中にも俺を大いに魅了してくれている。バルドッグの『鍛錬』で白き翼を顕現させた奴は、近付くあらゆる物質をエネルギー体に分解して、自らの材料としてしまうのだ。つまるところ、迂闊に近付いたら俺が身につけている装備も分解されて、現在パンツさえ持たないケルヴィムの二の舞になってしまう。しかも、だ。ケルヴィムに貸したS級防具が綺麗さっぱりなくなっている辺り、その分解工程に装備の強度等々は関係していないらしい。実に厄介だ。
かと言って、遠距離からの攻撃も上手くいっている訳ではない。さっきエルドも言っていたが、剛黒の黒剣を投じても装備同様分解されてしまうし、大鎌などによる魔法の一撃を加えようとしても、ハードの権能である『不壊』の力を使われてしまい、命中してもダメージがなくなってしまうんだ。その能力の弱点が天上の神剣や神の救済による、能力付与の無効化だというのは分かっている。分かってはいるのだが…… これらをぶつける為には、俺がエルドと接近する必要がある。しかし、前述の通り接近したら装備がなくなってしまい、俺がケルヴィムの仲間入りを果たしてしまうと――― うん、普通に却下だ。長年の相棒達を消滅させる気はさらさらないし、こんなところで素っ裸になるつもりもない。
んー、どうしたもんかなぁ。天上の神剣をケルヴィムに付与する案も考えてはみたが、これら魔法は装備に付与するタイプのものだ。素っ裸のケルヴィムには、そもそも付与する対象がない。物理と魔法による同時攻撃も試してみたが、奴が『鍛錬』と『不壊』を同時に使用したのは確認済み。どちらか片方の権能しか一度には使えない、なんて都合の良い展開でもないらしい。しっかり両方機能していらっしゃる。 ……ククッ、本当に厄介で不足のない相手だよ、エルド! わざわざお前のとこを選んで来た甲斐があったってもんだ!
「ケルヴィン、何を呆けている!? 戦いの最中だぞ、しっかりしろ!」
「お、おう……」
そう、敵に関しての不足は一切合切ないんだが、何と言うか、その…… まあ、何だ。こいつは俺と一時的に協力関係を結ぶ事となった、十権能の自称副官様。さっきからちょくちょく名前を出している、噂のケルヴィムだ。俺と名前が似ていて、髪も黒色と何かと共通点の多い今回の相方である。俺とは一度刃を交えた事があり、その実力は本物であると、俺が太鼓判を押すほどの猛者だ。また、エルドとは何らかの確執があるようで、今回の戦いにおける士気も高い。それは良い、とても良い事だ。良い傾向だ。装備を全て失った現状、俺の代わりに前線を張り、死の斬撃をしこたまエルドへと叩き込んでいるケルヴィムは、攻撃の要として大いに機能してくれている。
……がッ! 前線に居るそのお陰で、楽しみにしていたこのバトル中、俺の視界には一切何も隠そうとしない、ある意味で男らしい戦い振りのケルヴィムの、その諸々が見せ付けられてしまっている! 戦術的には正しい筈なのだが、俺の中のモラルがこれを続けてはいけないと、そう猛反対しているんだ……! 激しい戦いを繰り広げているお陰で、そっち方面も激しい事になっているんだ……! おい、流石のバトルジャンキーも戦い方は選ぶんだぞ!?
「ケルヴィム、いくらお前が奮闘したところで、その権能が『不壊』と相性の悪い事は分かっている。投降するのであれば、今のうちだぞ? さすればアダムスに魂を捧げるという、崇高な役目を与えてやろう」
「ふん、貴様の甘言に踊らされる俺ではないわ! 相性の良し悪し程度で戦いを諦めるなど、弱者の戯言に過ぎん! 俺は俺の道を行き、貴様を屠る!」
俺のそんな複雑な心境を知ってか知らずか、エルドとケルヴィムは何事もないように、今も戦いに熱中している。普通に熱い会話も交わしている。いやいや、何でお前ら、そんなにすまし顔なんだよ? 堕天使には羞恥心ってもんがねぇのかよ? うちのクロメルはその辺しっかりしてるぞ? むしろ、メルよりしっかりしてるくらいだぞ? ほら、家の中で裸で歩き回るのを許さないタイプって言うか。まあ、そういう訳でクロメルを見習ってほしい。うちの子は堕天使の鏡やで。
「お前ら、少しはクロメルを見習えぇぇーーー!」
「「ッ!」」
溜まった鬱憤を晴らすかのように、俺は『魔力超過』込みの渾身の重風圧をエルドへと叩き込む。直接的なダメージは皆無だろうが、これで身動きはし辛くなった筈だ。
「急に意味不明な叫びを――― いや、ここはよくやったと褒める場面か! 閻帝の法鎌!」
俺の意図を察したケルヴィムは、その手に持った漆黒の大鎌でエルドを斬りつける。目や首といった、人体の急所狙いの攻撃だ。ハードは全身が金属だったが、エルドはあくまでも生身。ひょっとしたら、そこに能力の穴が―――
「無駄だ」
―――だよな、分かってた。予想した通り、急所も『不壊』の対象内に入っていたようだ。魔法にも死を与えるケルヴィムの大鎌は、俺の重風圧を消滅させただけで、相も変わらずエルドに死を与えるには至らなかった。
「っと!」
「ぬっ!」
お返しにとエルドから返されたのは、先ほど分解された俺の剛黒の黒剣――― に、よく似た漆黒の大剣だった。奴の背に集まった翼型のエネルギーは、こうして新たな武器を生成しては、俺達に投擲してきやがる。幸いと言うか不満点と言うか、投擲速度はそこまで大した事がない為、見てからでも十分に躱す余裕はある。途中から軌道が変わるような事もないので、大変に素直な攻撃だと言えるだろう。
「防御面は大したもんだが、手番が攻撃に移るとちょいとお粗末だな! 十権能の長様の実力は、そんなものなのか!?」
「そうだそうだ! ケルヴィン、もっと言ってやれ! 俺が十権能の長に相応しいのだと!」
いや、そんな事は言っていない。
「私に過度の期待をされても困るぞ、死神? 何度も言うようだが、私の『統合』はそこまで便利なものではない。一対二に持ち込まれた時点で、私は防戦一方の劣勢だ」
「ならば、さっさと逝くが良い! 貴様の後釜には、俺という存在が居る!」
「フッ、それは断らせてもらおう」
防戦一方は一方でも、完璧な防戦なんだけどな。俺達がどんなに激しい攻撃を繰り出しても、戦いが膠着状態に陥っているのは間違いない。しかし、そこまで便利ではない、か。その言葉を素直に受け取るとすれば、権能の併用は可能だが、十全に力を引き出すのは無理って感じだろうか? ハードが展開していた『不壊』は攻防一体型の感じだったし、セルジュと戦ったという『鍛錬』の所有者も、もっとバラエティに富んだ武器が作成可能だった筈だ。うーん、惜しいな。
けど、今それ以上に気になるのは、この状況下においても、エルドからは余裕が感じられる事だ。現状じゃ負けもしないが、向こうだって勝てないだろう。なのに、あの余裕は何だ? ……いや、そもそも勝つ気がないのか? 例えば、時間稼ぎ狙い…… あー、普通にありそうだな。となれば、ちょいと急ぐ必要があるか。
「オーケー、戦術を少し変えようか。クロト、頼む」
黒杖ディザスターをクロトの『保管』にしまい、代わりの武器を出してもらう。これを使うの、いつ振りだっけな。
「久し振りに出番だぞ、クライヴ君!」




