第230話 最強の一撃
ゴルディアーナとハオの戦いが始まってから、実のところ、まだそれほどの時間は経過していない。精々が数分といったところだろうか。各地で行われている他の戦いと比較すれば、未だ序盤戦と呼べる程度の時間だ。しかし、既に二人は他に類を見ないほどに傷付き、消耗していた。全身から血を流し、生傷がない箇所はないと断言できるほどに酷い状態である。お互いにS級の『自然治癒』スキルを所持している筈であるが、その最高位のスキルの力を以てしても、ゴルディアーナ達がやり取りするダメージの総量に、回復速度が追いついていない。
「ハァ、ハァ……」
「ふぅん、ふぅん、あはぁん……!」
この通り呼吸音を聞いてみても、無尽蔵のスタミナを保持している筈の双方が、息を荒くしている事が分かる。 ……片方が変な風に聞こえてしまうのは、きっと気のせいだろう。
「やべぇ、マジやべぇ…… プリティアちゃんと、約束したのに、このままじゃ……」
「甘味が、足りない、ひもじい…… これ以上は、無理、限界……」
「も、もう、一噴火もできねぇ、だ……」
一方で環境修繕係に就任したダハクら三竜王も、そんなゴルディアーナ達以上に疲労していた。三人とも地上に大の字で伸びている状態で、もう自力で立つ事もできそうにない。
とまあ、実際に戦闘を行っているゴルディアーナ達からしても、二人が何も考えずに戦えるよう環境整備を担当していたダハク達からしても、次の一手が限界になりそうだ。
「ふぅーん、ふぅーん…… ふぅ、最低限のスタミナは確保したわん。そちらはどおん?」
「……同じようなものだ。次の一手に限れば、最高の一撃を繰り出せる」
「それは重畳ぉん。あ、でもその前にぃ、これだけは言わせてん?」
そう言いながら、不意にウインクと飛ばすゴルディアーナ。とんだ不意打ちであるが、ハオは動じない。流石は最強の求道者である。
「何だ?」
「貴方が私の師匠に似ていた理由、今になって分かった気がするのよん」
「師匠? ……ああ、俺が貴殿の師匠と瓜二つだと、以前にそんな話をされた事もあったな。今一度言っておくが、俺は全く―――」
「―――関係、ないのよねん? ええ、その通り。貴方と師匠は全くの別人よぉ。転生した後の姿だとかぁ、そういったオチがある訳でもないわん」
「………」
多少なり、その話が気になったのだろうか。それとも、好敵手を称えての静観か。兎も角、ハオは臨戦態勢を維持したまま、ゴルディアーナの次の言葉を待ってくれるようだ。
「なのに私が勘違いしてしまったのはぁ、強さを貪欲に追い求める貴方のその生き様が、残酷なくらいに師匠と酷似していたからぁ…… 私の師匠もねん、何よりも強さを第一とする人だったわぁ。強さに取り憑かれていた、と言っても過言でないほどにぃ」
「ほう、それはそれは…… それで、その男はどうなったのだ?」
「私との死闘の果てに、命を落としたわん。私がこの手で師匠の命を絶ったのぉ」
ゴルディアーナはどこか悲しそうに、しかし強い意志を瞳に宿しながら、自らの拳を見詰める。
「昔はねぇ、そんな人じゃなかった筈なのよん。けれどぉ、あの人は変わってしまった。強さを追い求めるあまり、越えてはならないラインを越えてしまった…… だから、私がけじめを付けたのよん。そんな師匠と貴方はぁ、外見以上に中身も似ているわん。とっても、ビックリするくらいにねん」
「フッ、そうか。ならば、その師と同じように俺を殺してみるがいい。強さに取り憑かれた俺は、一体何を仕出かすか分からんぞ?」
「いいえ、もうそんな事はしないわん。私はねぇ、今でもあの日の事を後悔しているのん。あの日、今ほどでないにしてもぉ、少しでも師匠に愛の力を伝える事ができていたらぁ、師匠の心を変える事ができたんじゃないかって、ねん」
拳からハオの方へと視線を移し、ゴルディアーナが再び構えを取る。
「だからこそぉ、私はこの日の為に目指していたのん。師匠とは別の形の最強にぃ、愛のある最強を目指していたのん。その集大成を、貴方に教えてあげるわん。狂気を肉体に宿すよりも、愛を背負った方が強いんだってぇ(はぁと)」
「ク、クククッ、クフハハハハハッ! 本当に面白い男なのだな、貴殿は! なるほど、確かにそれは俺が目指すところとは別の強さだ! 異質が過ぎる! ならば、俺の集大成も貴殿に見せなければなるまい!」
「かなり指摘しておきたい単語があった気がするけれどぉ、今は聞こえないふりをしてあげるわん!」
「ククッ、それはありがたい。 ……では、そろそろ決めようか。真の最強がどちらなのかを!」
「望むところ、よんッ!」
ゴルディアーナとハオの姿が、全く同じタイミングでその場から消え去る。いや、互いに前へと走り始めたのだ。最後となる最高の一撃を、好敵手に叩き込む為に。
(プ、プリティアちゃん……)
朦朧とする意識の中で、ダハクは見た。女神と怪物(ダハク視点)が衝突するであろう、その瞬間を。これまでまともに視認する事もできなかった同戦闘であるが、不思議とこの時だけはハッキリと、その光景を目にする事ができた。
ゴルディアーナが放った一撃は、彼女の代名詞とも呼べる必殺の拳、『怒鬼烈拳』。これまでダハクが何度も目にしてきた、猛烈かつ鋭い一撃である。攻撃を放ったゴルディアーナの姿は今までの何よりも美しく(ダハク視点)、見慣れていた技の筈なのに、思わず三回ほど惚れ直してしまうほどの美技(ダハク視点)であった。また、それ以上に強力な技でもあった。
対してハオが放ったのは、彼が最も信頼を置く奥義『畢竟』、所謂正拳突きであった。しかし、その正拳突きは神の肉体を持つハオが、これまで積み上げてきた全てをかけ、全身全霊で放つ最強の一撃。放たれた拳は神速に至り、道を阻む全てを粉砕する。惚れ直し中であったあのダハクが、ハオの方へと視線を奪われてしまうほどに凶悪なものであった。
己を信じ放った最後の攻撃は、奇しくも双方がシンプルなものだ。しかしそれらは確かに、双方が好敵手を倒す為に力を振り絞った、最強の攻撃でもあった。そんな二つの最強が真っ正面から交わった時、果たしてこの世界はどうなってしまうのだろうか? ……少なくとも、離れているとはいえ、二人から比較的近くに位置しているダハク達は、無事に済みそうにない。
(どんな結末を辿ろうと、何が起こったって、俺はこの目に焼き付けるぜ、プリティアちゃん……!)
疲労も目のかすみも関係ない。ダハクは限界まで目を見開き、その結末を見届けようとした。 ……しかし。
「カカッ! 盛り上がっているところすまないが、邪魔させてもらうわい!」
「「―――ッ!?」」
好敵手に全神経を集中させていた弊害なのか、不意に聞こえてきたその声に、ゴルディアーナ達の反応が遅れてしまう。寸前になって攻撃を止め、声の方へと振り返った時、そこには背徳的な肉塊が大口を開けて、今にもゴルディアーナ達を飲み込もうとしていた。




