第226話 信じる心
飢える猛樹達の壊滅、そしてダハクとボガの戦線離脱。絶望的なそれら情報は、援護射撃に徹していたムドファラク、謎に空を舞い続けていたグロスティーナも当然認識していた。こうなってしまえば、連携も何もあったものではない。であれば、残された選択肢は逃げる事だろうか? ……いいや、それは違う。最前線に立っていたダハク達と役割は異なるが、それでも二人が見ているものは、彼らと同じ勝利の二文字である。生きているのであれば、ダハクとボガは直ぐに復帰する。そう信じて、後は行動するだけだ。
「極彩の爆雨!」
三色の光輪全てを肥大化させたムドファラクは、そこより大型の弾丸を連続で射出させる。それら大型弾丸の射撃に、『極彩の銃雨』ほどの連射性は見受けられない。放出された弾丸も行先がバラバラで、どこを目標としているのか、てんで狙いが定まっていないように見えた。しかし実のところ、これら弾丸の配置は緻密な計算の上に成り立っていたのだ。広範囲の殲滅に特化した『極彩の爆雨』は、ムドの視界に収まる地上の全てを攻撃可能な範囲とする。味方が前線から居なくなった今であれば、彼女が遠慮する必要は最早どこにもない。
轟音に次ぐ轟音、そしてその度に眩い光が、戦場を支配していく。エンベルグ神霊山に降り注いだ竜王の怒りは、着弾と共に各属性を宿した爆発をもたらした。爆撃は山を削り、更にそこへ次の爆撃が投下され、また山が削られていく。あれだけ雄大な姿を見せていたエンベルグ神霊山は、最早そこいらの一般的な山と同等のところにまで、その高さを落としている。そんな惨状を前にしても、ムドファラクは未だ極彩の爆雨を止めようとしない。いや、これでも火力が全く足りないと、そう思ってさえいた。焦る心は彼女の視線にも伝播し、無意識のうちにグロスティーナの方を向いてしまう。
「グロスティーナ、まだ……!?」
「ふぅんふぅんふぅ~~~ん。 ……丁度今、溜まったと・こ・ろぉ(はぁと)。随分と待たせちゃったわねん」
空を忙しなく舞い、なぜか大声を張り上げていたグロスティーナであったが、どうやらそれら不審な行動は全て、ある技に向けての下準備であったようだ。今もバレエの如くその場での回転を続けているが、これも必要な事なのだろう。でなければ、ただの地獄である。
とまあ現状況からしても、グロスティーナの行動はふざけているようにしか見えない。但し、彼女の周囲には危険な色合いをした謎の球体が、複数個浮遊していた。それら球体はどれも5メートル前後の大きさを誇っており、よくよく観察してみれば、内部で紫色の毒オーラが渦巻いている事が分かる。これら謎の球体は、グロスティーナが空中でのダンシングをしている最中に生成されたものだ。
「天空と言う名の透明舞台、人の目を気にせず舞い踊り、人々を魅了する美声を自分の為だけに使う…… 妖精は今、最っ高に満足して、最っ高の気分に至ったわん。この状態で練った私のゴルディア、舞台に舞う貴人妖精も正に最高潮! 貴方の心臓を射止める為に、最高な毒をプレゼントしてあげるぅん!」
「グロスティーナ、なぜに説明口調……?」
「し・か・もぉ! この毒は彼から教えてもらった、ダハクオリジナルのブレンドポイズぅン。恥ずかしながらぁ、この私も成分を知らなかった強力のものなのよぉん! 下手したらぁ~、この辺り一帯が死の大地になっちゃかもしれないくらいだけどぉ~…… そうなったとしてもぉ、きっとダハクちゃんが浄化してくれるわん! 『邪神の心臓』を大自然パラダイスにまで至らせた彼にぃ、不可能はないのんッ!」
「グロスティーナ、お願いだから早く撃って……!」
ムドファラクの悲痛な思いが通じたのか、グロスティーナは漸く攻撃態勢へと移行する。
「待たせたわねぇ、パートツー! そして、受け取りなさぁい。これが私のん――― 『蝶愛の星屑』ぉぉぉ!」
あまり言葉に言い表したくない決めポーズと共に、グロスティーナの周囲で浮遊していた猛毒の巨大球体群が、一斉に地上へと投下される。随分と待ての状態にされていた影響なのか、それらの速度は見た目からは想像ができないほどに速く、気が付けば既に地上への着弾が終わっていた。
「これは、凄い……!」
ついムドファラクがそう漏らしてしまう。それもその筈、彼女の目の前で起こったその爆発は、今も尚放ち続けている『極彩の爆雨』よりも凄まじいものだったのだ。弾数こそ少ないが、超広範囲に及んで猛毒を撒き散らす紫色の爆発は、それを補って余りある印象をムドに植え付けていた。
「一呼吸でも肺に入れれば、即座に作用するダハクちゃん自慢の代物よん。予め毒素に対する備えをしてきたムドちゃん達には無害だけどぉ、ことハオちゃんに限っては、純粋の肉体の強さだけじゃ対処の仕様がない…… 筈、だったんだけれどねぇ」
舞台に舞う貴人妖精のオーラを増幅させ、臨戦態勢へと移行するグロスティーナ。その横に並んでいたムドファラクも、時同じくして『極彩の爆雨』の手を止め、より近接戦に向いた形態へと光輪の型を変化させていく。
「―――廻武」
その声が聞こえてきたのは、爆撃地の中心部からだった。直後、そこから竜巻が発生。爆風などの害あるものが風に乗り、外へ外へと追いやられて行く。その竜巻の中心に立っていたのは、殆ど無傷状態のハオであった。片腕で円を描き、この竜巻を発生させているのだろうか。軽く手の平などの皮膚が焼け焦げているようだが、それ以上のダメージを受けている様子はない。
「ごふっ……!」
いや、違う。流石のハオにも、毒によるダメージはあったようだ。しかもこの唐突な吐血は、ハオ自身にも予想外だったようで―――
「……フッ、片腕では受け切れなかったか。しかもこの毒、致死性の高いものだな? 意識を手放してしまいそうな激痛といい、段階的にやってくる麻痺といい、よく考えられている。何よりも、この俺の体に通じている事自体が素晴らしい」
―――彼は、不気味な笑みを浮かべていた。喜びと狂気が共存する、大変に見覚えのある笑みを。
「やだん、笑ってるぅ~。即死狙い、最悪でも気絶にはもっていきたかったのだけれどねぇ。貴方、普段から毒で体を慣らしているのん? それとも、そういうスキルぅ?」
「前者だ。しかし、まさかここまでのものを生み出すとはな。俺にとっても、良い意味で予想外だった。ああ、そうだ。今のうちに礼を言っておこう。お前のお陰で、俺は新たな未知と出会う事ができた。そして、ここまでよく成長してくれた。 ……感謝する!」
ハオは『縮地』を空中においても適用させ、一気にグロスティーナ達との距離を詰め始める。その速度は地上で使用した時と遜色なく、重力に逆らって突き進む流星のようでもあった。
「竜星狙撃!」
即断応戦、ムドファラクが早撃ちで放ったのは、8属性の圧縮光弾であった。この光弾は際限なく対象を追跡し続け、更には超高速で進む為に、回避する事がまず不可能な、そんな大技――― で、あった筈なのだが……
「ふん」
ハオの眉間目掛けて飛んで行った光弾が、直撃する寸前のところで、あろう事か彼の額に受け流されてしまう。まるで飛んで来たサッカーボールを、隣の者へヘディングでパスするかのような、そんな柔らかな動作で、だ。
「はぁっ!?」
「軌道が素直過ぎる」
受け流しの影響で、ハオの額が僅かに出血したようだが、その傷も瞬間的に塞がってしまう。一度受け流された竜星狙撃は、そこから更に追撃しようとするも、純粋にハオのスピードの方が速い為に、最早追いつく事はできそうになかった。
「ムドちゃん、私の後ろに下がりなさぁい! 舞台に舞う貴人妖精・片翼形―――」
「―――それも悪くない。が、所詮は偽神の劣化版に過ぎんな」
そんなハオの言葉の次に、ムドファラクの耳に聞こえて来たのは…… 肉の飛び散る不快な音であった。
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