第223話 崩れ落ちる白翼
大地が崩れ落ちる最中、この災厄の元凶達は未だ戦いに興じていた。セラ達は鎧の背部より悪魔の翼を広げ、イザベルは結界を足場にして戦闘を継続。最早三人の目には敵の事しか入っておらず、相手を倒す事でしか戦いは終わりそうにない。
ただ、その激戦も終わりが近い。先ほどの口論で両者が述べた話は、何も強がりや相手の動揺を誘う為のものではなく、双方が冷静に分析した内容を述べたに過ぎない。まあ要するに、ぶっちゃけどちらも限界なのである。
「すっ、素晴ら、ぜぇ……! しぃ……!」
「「限界を、超えうっぷ……! る、うぅ……!」」
……本当に限界なのである。
息が上がる。剣が重い。しかしながら剣捌きに衰えは見えず、むしろ速度とキレは上がるばかり。ここまでくると、意地と意地のぶつかり合いでもあるのだろう。そして双方にとって、最後の仕掛け時でもあった。
幾度となく刃を交える最中、セラ達はその度に『血染』で剣を覆う結界を掻き消し、進化したダーインスレイヴでイザベルの魔力を吸収していた。これはこれで効果的ではあるのだが、イザベルの魔力は膨大であり、またそうされる度に彼女も結界を修復するので、殆どイタチごっこのような流れが続く。しかし、この一連の下りはセラ達が仕掛けた罠でもあったのだ。
この戦闘が開始されてから、そして血染の騎士王の形態となってからも、セラの『血染』の活用法は結界を消す事にのみ終始していた。実際のところは、序盤にイザベルや結界の操作も狙っていはしたのだが、結局は失敗に終わり、その本領を発揮できず終いだった。しかし、だ。それは逆に言えば、セラの力は結界を解除する能力であると、イザベルに誤解させているという意味でもある。そんな状況をセラ達は利用し、この土壇場になっての能力解禁へと踏み込んだのだ。都度の解除に代わって新たに下した命令は、害をもたらす者達は対象をイザベルにチェンジ、それ以外の者達は対象がイザベルに代わったタイミングで、一斉に消えてなくなれ! であった。
「か、はっ……!?」
「「漸く、掛かったようじゃ、なぁ……!」」
最初こそ効力の薄かった『血染』も、血染の騎士王を着た今であれば、結界の瞬間解除と同様に効果を及ぼす。斬撃に結界による追加効果を付与する『疑罰即斬』が、求剣ペナルティを離れて新たな対象となったイザベルに攻撃を開始。裏切りの結界達はイザベルに斬撃を浴びせ、ありとあらゆるバッドステータスを付与していった。また丁度この瞬間になって、イザベルを護っていた数々の防壁、『損罪廷吏』と『箇条窓帷』も、一斉に解除される。
「「これで、終わりじゃっ!」」
狙って生じさせた最大の隙を突くべく、セラ達も最高のタイミングで剣を振るっていた。周囲を乱舞していた『至適刑戮』のギロチン刃も、蛇腹剣から放たれた血をふんだんに浴びて、今は機能停止命令を遂行中である。最早イザベルには力も、結界への命令権も残されていない。
「求剣、ペナルティ……!」
が、絶体絶命と思われたイザベルには、漆黒の剣が残されていた。付与していた結界には裏切られたが、セラ達がギリギリのタイミングでの同時発動を狙っていたが為に、結界の下にあったこの漆黒剣だけには、血が付着していなかったのである。漆黒剣はそれまで装飾の一部と思われていた翼を羽ばたかせ、一気に加速していった。最後の意地、最後の悪足掻き、されど最強の一撃がセラに迫る。
―――そして、勝負は決する。
「もう指先のひとつも動かせんわい。大人しく墜落していくワシ……」
「右に同じく…… で、そっちはどうなのよ? 剣は杖に戻ったみたいだけど?」
「見ての通り、ですよ。いやはや、まさか引き分けで終わる事になるとは…… 素晴らしい」
「アンタ、途中からそればっかりだったわね……」
崩落する大地に紛れて、セラにジェラール、そしてイザベルが仲良く落下していく。血染の騎士王の効果時間が切れたのか、セラとジェラールは元の姿へ。イザベルの方も白翼の地を離れたが為に、権能を顕現させた際の制限時間が復活。セラが指摘する通り、求剣ペナルティが杖に戻ったという訳だ。尤も三人には欠片の力も残っておらず、今はもう戦うどころか、僅かに言葉を交わす事しかできないようだが。
―――ドォッパァァァン!
そのまま仲良く海へと落下、暫くして海面にセラとイザベルが浮き上がってくる。頭上からはドカドカと土砂も落下してくるが、幸運値が一定以上あるセラとイザベルにそれらが当たる事はなかった。鎧が重い為なのか、ジェラールだけは海中から浮き上がって来ないが、まあジェラールの事だ。どこかで元気にしているのだろう。
「私、思った事があるのよ……」
崩れ行く大地、そして徐々に高度を下げる白翼の地を見上げながら、ふとセラが呟く。
「何です……?」
その横に並んで、同様に空を見上げていたイザベルが問う。
「戦いに夢中になり過ぎちゃって、ちょっと周りが見えていなかったかな、って……」
「奇遇ですね。丁度今、私も同じ事を考えていたところです…… やっぱり、アレですよね……」
「「やり過ぎたなぁ……」」
全てをやり切って冷静になり、今更になって後悔し始める二人。しかし、今となってはできる事が何もなく、浮遊大陸の崩壊を止めるのは不可能、自分達は海面でプカプカと浮かぶばかりという、悲しい現実である。
「ふわ…… 色々と満足したら、何だか眠くなってきました…… 取り合えず、戦いには引き分けた事ですし、私はもう寝ますね……」
「は? え、ちょ、このタイミングで!? あ、ちょっと!」
まさかの就寝宣言に、堪らずセラがツッコミを入れる。しかし、イザベルはそのまま瞼を閉じてしまい、すやすやと寝息を―――
「あ、あれっ? ももも、もしかして私、本当に寝ちゃいました? まま、待ってください、もう一人の私……! こんなタイミングで私に交代しないでくださいよぉ……!」
―――立てる訳ではなく、なぜか困惑し始めていた。というよりも、口調と雰囲気が変わっている。先ほどまでの神様然とした自信も、堂々としていた振る舞いも綺麗さっぱり消え去り、残ったのはオドオドとした気弱な少女であった。性格がまるっと反転したかのようなこの現象に、セラも暫くは目を点にしていたのだが、察しの良い彼女はその直後にある推測に行き着く。
「……貴女、ひょっとして二重人格?」
「え? あ、はい、実はそうで――― って、敵さぁーん!? ひぃぃぃ、すみませんすみません! もう一人の私が随分と勝手な事を口走ってしまって本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」
「あ、うん……?」
視線も体も動けない筈なのだが、セラの脳裏には綺麗な土下座を決めているイザベルの姿が浮かんでいた。それほどまでに必死な謝罪であったのだ。
「もう一人の私ったら本当にいつも勝手な事をしていまして、周りの方々にとんでもないご迷惑をあばばばばばばば……!」
「いや、迷惑というか、そもそも敵同士だった訳だし…… ま、良いわ。良い勝負ができた事なんだし、結果オーライという事で」
「そ、そうですか……? あの、白翼の地がとんでもない事になっているようですが……」
「そ、それはまあ、過ぎた事を悔やんでも仕方ない、という事で…… それよりも、さっきまでのアンタは寝るとか言っていたけど、今は熟睡している訳?」
「ええと、恐らく、多分、そうかな、と……? 起きていれば、心の中で会話ができるので……」
「へ、へえ……」
「は、はい……」
「「………」」
海風も気まずい空気までは流す事ができないようで、セラ達はもう暫くこの海上にて、居心地の悪さを堪能する事となる。それは両陣営の思惑を外れて、白翼の地を破壊してしまった罰だったのかもしれない。
『おーい、セラやーい。ワシ、一向に浮かばんのじゃけれどー? 沈むばかりなんじゃけれどー?』
『ごめん、私も動けないわ。そして空気が悪いわ』
『え、何の話じゃ?』
……罰だったのかもしれない。




