第221話 斬り結ぶ
(これは……)
イザベルが目を見開いたのは、果たしていつ振りの事だったろうか。直近では桃女神ゴルディアーナの封印が上手くいかず、変なポージングで拘束してしまい狼狽した事もあったが、それは数に入れたくないらしいので、今回は除外する。
それほどまでに眼前で起こった現象が信じられなかったのか、それとも自らの予想の遥か先にまで、愛しき我が子が成長してくれた喜びの表れか――― ともあれ、それくらいに彼女を驚かせる出来事が、今正に起ころうとしていたのだ。
「……素晴らしい」
無意識のうちに、イザベルはそう呟いていた。涙を流す訳でもなく、喜びの笑顔を作る訳でもない。そのままの表情で、思った事を口にしただけだ。しかし、だからこそなのだろうか。今の彼女の言葉は、今までの何よりも真に迫っていた。
事の始まりはセラとジェラールがお互いの得物、黒金の魔人と魔剣ダーインスレイヴを打ち鳴らしたところからだった。ハイタッチを交わすが如く自然な流れで行われたその行為を、当初イザベルは気合を入れる行為の一環だと思っていた。しかし、二人が次第に妖しく輝き始め、その身から発せられる気配がドンドン上昇していく不可思議な現象に、イザベルは目と心を奪われる事となる。
「「……上手くいったようじゃな」」
おかしい、声が二重に聞こえる。いや、正確にはセラの声が強めなのだが、口調の雰囲気といい、どこからかジェラールの声質も感じられるのだ。それもまた、不可思議な点と言えるだろうか。
「貴方達は、いえ、貴女は? ……稀有な経験ですね、状況が呑み込めません。一体何をされたのです?」
二つだった筈の光は今や一つとなり、その光さえも徐々に弱まってきている。その中から現れる人影は一人分しかなく、もう片方の人影はどこにも見当たらない。イザベルが注視する中で、一体どこへ消えたのか――― いや、この時点でイザベルは何が起こったのか、既に察していた筈だ。察してはいたが、到底理解が及ばない現象であったが為に、疑問を言葉にする必要があったのだ。
「「……変形したハードを纏い、新たな力の形を編み出したケルヴィンの姿を目にしたのが、この姿を得る切っ掛けじゃった。使役する配下を纏うなんて斬新な方法、これまで考えた事もなかったものでなぁ。で、思ったんじゃよ。そういや私も鎧じゃし、誰かに着てもらう事もできるんじゃないか? ……とな」」
光が完全に消え、それが完全に姿を現す。
「単に鎧を着たようには見えませんが?」
「「そりゃそうじゃろ、何事にも工夫は必要じゃからな。私達はこの状態の事を『血染の騎士王』と呼んでおる」」
現れたのは暗黒の騎士鎧だった。但し、ジェラールのそれではない。まるでセラの体型に合わせてオーダーメイドしたかのような、明らかに女性型の全身鎧であったのだ。ジェラールのように黒を基調とした鎧なのだが、その表面には血色で描かれた模様が絶えず流動していた。そう、まるで血管が張り巡らされているかの如く。また、それはその者が持つ大剣も同様だった。あれだけ巨大だった魔剣ダーインスレイヴよりも更にひと回り大きく、その隅々にまで血管が行き渡っている。耳を澄ませばドクン、ドクンという鼓動までも聞こえてきて、見た目を相まって酷く不気味だ。
「「更に詳しく聞きたいか?」」
「……興味はあります。ですが、今はどうしてそうなったのかを聞くよりも、その力を直に確かめてみたい。私の考えが正しければ、今の貴方達は―――」
「「―――うむ、アンタにも届くかもしれんな」」
セラとジェラールの新たなる力、『血染の騎士王』。ジェラールの鎧をセラが装備しただけでは当然なく、二人の融合体とも思えるこの姿には、双方の固有スキルの応用法がふんだんに盛り込まれていた。その融合の果てに生み出された眼前の怪物に、イザベルは確かに感じていたのだ。今の彼らならば、自分の本気をぶつけるに足るのではないか? ……と。
「早く刃を交えましょう。話はそれからです」
「「お互い、その後に話をする余裕があれば良いがのう。 ……では」」
「ええ」
「「―――参る」」
「―――行きます」
得物を構え、その場から消える両者。この戦い初めてとなるイザベルの本気は、それまでの攻防が児戯と思えるほどに速く、高度なものだった。一振りの剣から繰り出される、幾重にも及ぶ斬撃群。更にそれら全てに様々な結界の効果が付与され、その斬撃の一つ一つが別種の奥義と化していたのだ。神の中で最も剣に長けているに相応しい、神の御業である。
―――ギギィィィン!
「ッ!」
しかし、そんな苛烈な攻撃を二人は正面から受け切る。一振りで繰り出される、イザベルの剣と同じ数の紅の斬撃群。それも迎撃した斬撃に触れた瞬間に、イザベルが付与していた結界が全て弾け飛んだ。耐性スキルを無力化する結界、斬撃に絶対的な耐性を持つ結界、触れた瞬間に様々なバッドステータスを展開する結界等々、その全てが能力を発揮させる前に無力化されたのだ。当然の事ながら、これらは剣の軌跡を起点に展開された為、イザベルにとっての最高の質を誇る結界達であった。そんな結界を瞬く間に無力化できたのが、如何に異常な事なのか――― この姿になるまでのセラ達の戦いを鑑みれば、それがよく分かるだろう。単純に二人分の戦力を加算した程度の力ではない。それでイザベルに対抗できるのであれば、セラ達は最初から拮抗した勝負ができた筈なのだ。
「裁き斬る事に特化させた『疑罰即斬』を、真っ向から裁き返しますか! 素晴らしい! こんな陳腐な言葉では言い表せないほどに、素晴らしい!」
剣と剣、結界と血が舞い、互いの脅威を打ち消し合う。これまで加減の限りを尽くしていたあのイザベルが、本気の本気ぶつけている。心から喜びに打ち震えながら、渾身の剣を振るい続けている。
「「本気を出して尚、そのお喋りは直らんのかッ! まあ、良い! 私も楽しくて仕方がないのだからなぁっ!」」
そんなイザベルからの期待に応える為、そして己の更なる限界を突破する為、セラとジェラールも本気の本気をぶつけている。心から戦いに興じ、会心の剣を振るい続けている。
「至適刑戮!」
斬撃の最中にイザベルが展開したのは、戦いの中で描いた剣の軌跡、その全てを費やして顕現させた殺戮の結界であった。それは一見長い長いカーテンのようであるが、両端を見ればギロチンの刃が備わっている事が分かる。防御として使用されていた箇条窓帷とは、明らかに用途が異なる形状であった。
「「邪帝尾剣!」」
対するセラとジェラールが顕現させたのは、悪魔の尻尾から伸びる一本の蛇腹剣だった。元となったセラの尾に、ジェラールがそれ用の装備を見繕ったのだろうか? 兎も角、だ。その蛇剣も他と同様に血塗れである為、見た目通りに凶悪な性能を有しているのは間違いない。
しかし、だ。戦いが苛烈化する一方、ここである問題が発生する。これら凶器が衝突した時に、浮遊大陸の心臓部であるこの場所が、果たして無事な状態で済むだろうか?
「ここまで非道な結界を作り出すのは、一体いつ振りの事でしょうか!? 義体の身とはいえ、この結界の切れ味は凄まじいですよ!」
「「なんのなんの、私の剣だって負けておらんぞ! 疑うのであれば斬り結ぶか!? 良いぞ、私も今の私の限界を知りたいのでな! 知った瞬間に、今を超える為にッ!」」
……最悪な事に、今の三人の頭にその事を考える余裕は全くなかった。恐らく、状況は絶望的である。
アニメ効果でPV数がすんごい。




