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黒の召喚士 ~戦闘狂の成り上がり~  作者: 迷井豆腐
アフターストーリー2 白翼の地編
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第218話 感涙

 自身の空腹と勝利を知らせるメルの腹の音をバックに、イザベルと対峙するセラ達。思わぬ形での朗報を受け、自分達もこれに続かんと闘志が満ちる。逆にイザベルの立場からすれば、同じ神であった筈の仲間の敗報は、様々な意味で戦闘に水を差す厄介なものであったに違いない。尤も、この轟音がメルの腹の音であるというセラ達の主張を、イザベルが信じるとすればの話なのだが。


「……なるほど、各地で激しい戦いが巻き起こる最中、確かにレムの気配だけ途絶えた状態にありますね。どうやらその部分だけに関しては、貴方達の主張は正しかったようです」


 信じた。いや、正確には腹の音の件は兎も角として、イザベルは自身で気配を探る事で状況を把握したようだ。


「やりますね。レムは『権能三傑』ではありませんが、その実力はこの私も認めるほどの神でした。あの圧倒的な物量を退け、権能を顕現させた不適の王キングまで屠ってしまうとは…… 正直、驚愕の一言です」

「だから言ったでしょうに! キングだか王様だか知らないけど、そのレムって奴と同じように、アンタもぶっ倒してあげるわ!」

「うむ、我らのキングである王も勝利それを望んでおるのでな。更なる吉報を届けてやろうぞ」

「……素晴らしい、です」

「はい?」


 どうした事か、この時にイザベルは涙を流していた。同志が倒された事を悲しむ、そんな類の涙ではない。まるで感動超大作の創作を見終わった直後に流すような、明らかに喜びに属するであろう随喜の涙であったのだ。


「……いや、意味不明でしょ。泣くのは勝手だけど、何でこの場面でそんな顔になってんのよ? 仲間が負けて、そんなに嬉しいの?」

「フ、フフッ…… いいえ、そんな浅はかな理由で、この私が涙を流す筈がありません。私は生命の可能性に胸を打たれたのです。元は下界の一生命でしかなかった下賤な者達が、鍛錬と工夫を重ねて上位の神をも打ち破った。それが如何に劇的で崇高な事なのか、貴方達には理解できないのですか? 管理されるだけだった存在が、管理者の域にまで手を届かせようとしているのですよ? 何の因果かアダムスが封印されたこの地で、我々の希望は現実のものとなっていたのですよ? ああ、素晴らしい、実に素晴らしい。枷のない自由な世界は、こんなにも光で満ち溢れていたのですね……!」


 イザベルの涙は止まらない。それと同じくらいに、セラ達を称賛(?)する言葉も止まらない。これらは演技でも何でもなく、彼女の本心からの言動なのだろう。少し前まで僅かに機嫌を損ねていたようであったが、そんな事など今は欠片も感じさせない。


「お、おう、また流暢に話し始めたのう……」

「こいつもルキルと同じタイプの堕天使なんじゃないの? ったく、最近こういうのが多いわね。神の事情なんか知ったこっちゃないわよ」

「知らない、つまりは分からないのですか? 私は完全に理解しましたよ? この世界は私が思い描いていた、理想郷そのものである事に。貴方達の持つ可能性が底知れない事に。叩けば叩くほど、過酷であれば過酷であるほど、貴方達が神に近付いてくれる事に。ああ、愛おしい我が子らよ。だからこそ、与えましょう。私は更なる試練を与えましょう」


 感涙に浸りながらも、イザベルはセラとジェラールをじっと見据えた。まるで今から本当の戦いを始めるのだと、そう訴えかけているかのように。


「言動が一々回りくどい奴ね! 何をどう言ったところで、戦う事は変わりないっての! 魔人紅闘諍ブラッドスクリミッジ! アンド、無邪気たる血戦妃クリムゾンアストレイア!」

「まあ、これで漸く奴さんも本気になってくれるのじゃ。その一点だけは感謝しておくとするかのう! 纏ノ天壊マトイテンガイ!」


 紅の武装と紅の闘気を展開し、その身に宿す血の効果を装備全体へ、更には体外にまで放出するセラ。以前はメルの助けなしには使う事のできなかった奥義、破滅的なまでの斬撃の概念化を己の力のみで果たし、そのまま魔剣に宿らせるジェラール。双方が神を打ち倒すに相応しい、力の体現である。


「……なんて美しい力なのでしょうか。見ているだけで、感動で涙が出てきてしまいそうです」

「いや、もう出てるじゃないの」

「まあ、流れている量が気持~ち増えているような? 気がせんでもないが……」

「ええ、ええ、その通りです。私自身も驚いています。涙はレムの専売特許だとばかり思っていましたから。涙が枯らした私の心を、よくぞここまで…… 素晴らしいものを拝見させて頂いたお礼に、私も本当の姿をお見せしようと思います。神話大戦時代にも滅多に見せる事のなかったものですが、貴方達なら大丈夫でしょう。そんな保証はどこにもないのですが、私は貴方達を信じたい。だから――― 簡単に壊れないでくださいね?」


 イザベルの内より膨れ上がる、信じ難いほどの圧倒的殺意。重苦しく息苦しい、最悪な空気が一瞬で周囲一帯に満ちる。そんな悪夢を撒き散らしながら、彼女は非常にゆっくりとした動作で杖を構えた。儀式の際に騎士が目の前に剣を立てるが如く優雅に、されど荒々しい気配のまま。


「権能、顕現」


 その言葉を発した次の瞬間、イザベルが構えていた杖が眩い光を発し始めた。イザベル本人ではなく、杖自体がである。普通、権能を顕現させた十権能は、その本人の姿に変化が起こるものだ。しかし、イザベルは違った。『境界』の権能を顕現させた彼女の姿には一切の変化がなかったのだ。その代わり、彼女の杖に大きな変化が生じる。


「……剣、ですって?」


 そう、イザベルの杖は眩い光の中で、堕天使の翼と輪を宿した魔剣へとその形を変えていたのだ。黒いのは翼と輪だけではない。柄から刃までもが黒く、黒女神時代のクロメルが携えていた魔槍に匹敵するほど、禍々しい雰囲気を晒している。


「驚かれましたか? 実のところ私、本当の得物は杖ではなく剣なものでして」

「ほう、ワシと同じ剣士じゃったと?」

「フフッ、疑っているようですね。ですがご安心を、これでも多少はできる方ですので。武術における最強の神がハオだとすれば、剣術における最強の神はこの私。そう称される程度には、ね?」

「へえ……」


 『境界』の権能と『剣術』、一見なんの関連性もない能力のように思える。が、涙を流しながら不敵な笑みを浮かべるイザベルが、この場において意味のない事をするようにも思えなかった。


『まっ、戦ってみれば分かる事よね。ジェラール、準備は良い? と言うか、今はその剣を使いこなしているの?』

『当たり前じゃ。ワシかて、日々進化しておる。まだまだ若いもんには負けんわい! ……魔剣なだけに!』

『………』


 念話におけるジェラールの言葉を聞かなかった事にし、セラは悪夢の紅玉ナイトメアボールを周囲に展開させる。幾千にも及ぶ血の玉が宙に浮かび、主からの指示を今か今かと待ち侘び―――


「―――動いた、という事は、私も仕掛けて良いんですよね? では、失礼」


 一体いつの間に接近していたのだろうか。気が付けばイザベルは血の海を掻い潜り、セラの両腕を両断していた。

明日6/25は文庫17巻&コミカライズ13巻の発売日です。

こちらもよろしくお願い致します!

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