第204話 裏方の戦い
「―――戦いの火蓋は切られた。さあ、奏でよう。この舞台に相応しき、天上の吹弾を!」
聖杭の搬入口から身を乗り出し、かなり危険な姿勢で演奏を始めようとしていたのは、他でもないアートであった。ギラギラと物理的に輝く彼は、今日も絶好調であるらしい。
「………」
そんなアートのところへ、と言うよりも搬入口に用があったルキルは、大声で理解不能な台詞を叫ぶアートに対し、何とも言えない表情を向けていた。言葉は発しない。表情のみの抗議である。
「おっと、ルキル君も私の特別コンサートに参加希望かい? なるほど、大歓迎だ! 素晴らしき二重奏を奏で、この戦場に花を添えようじゃないか!」
「……いえ、遠慮しておきます」
「それは残念!」
どこからともなく別の楽器を取り出し、ルキルに手渡そうとしたアートであったが、即答で断られてしまう。楽器、懐へ退散。
「では、なぜこんなところへ? 聖杭の操縦はもう良いのかな?」
「ええ、各戦地から遠く、被害を受けないであろう場所への移動が終わりましたので。今後はメルフィーナ様の素晴らしさを、十権能に理解せる為の行動に移りたいと思います」
「なるほど、所謂布教活動というものかな? よし、私が如何に美しく世界の遺産として相応しいのかを、それと共に布教する事を許可しよう!」
「……はい?」
「私はここで、皆に音響芸術を届けるという大事な使命を担っている。だからこそ、残念な事に十権能達の前に姿を晒す事ができないんだ。それは十権能にとって、大変に不幸な事だ。世界一の美を、彼らは脳裏に刻む事ができないのだからね。こんな悲劇、暴動が起きたって何も不思議じゃない! 心が荒み、交渉が決裂してしまう恐れだってある! だから、だからッ! せめて君の言葉で! 私の美貌を表現してほしいんだ! さすれば、彼らも心を開いてくれるだろう。ああ、私の美しさは最早罪だなぁ……」
「は、はぁ……?」
名誉ある(?)宣伝大使の任務を勝手に担わされたルキルは、黙って頷く事しかできなかった。有無を言わさないくらいに勢いが凄まじく、一々反論する気も起きないほどだったのだ。
「と、兎も角です、私は聖杭を離れます。隠密状態に設定していますから、そもそも発見される事もないとは思いますが、もしもの時の防衛はよろしくお願いします」
「ああ、任せ給え。私の『紙一重』は聖杭を、いや、このライブ会場の全てに適用される。どんな攻撃が来たって、悉くを回避してみせるさ」
「……スポットライトだとか、そんな機能はありませんから、操作盤を勝手に弄らないでくださいね?」
「もちろんだとも。これでも教職に就く者でもあるからね、不道徳な行為は一切しないと約束しよう」
「……そうですか。では」
「さあ、英雄の出陣だ! 盛大に送り出そうじゃないか!」
聖杭を飛び立つルキルを応援するかの如く、アートは心からの演奏を彼女へ届ける。それはまるで勇者の旅立ちを表すかのような、勇猛かつ晴々しい曲であった。耳にするだけで勇気が湧き、世界が素晴らしいものに見えてくる。ただ、どうにもルキルの好みとは合わなかったようで、彼女はその曲から逃げるかのように、猛スピードで彼方へと消えて行ってしまった。
「フッ、早速私の奏でが効力を発揮しているようだ。まったく、自分の才能が末恐ろしいよ。 ……ところで、シン、そこに居るかな?」
「ふわぁ、あぅ…… ああ、暇過ぎて寝ちまうところだったけどね。この不協和音のお陰でギリギリ耐えられたって感じだ」
「ハッハッハ、そろそろ耳掃除する事を勧めるよ」
アートの背後より現れたのは、聖杭を出発した筈のシンであった。隠す様子もなく欠伸をしているところを見るに、かなり前から聖杭内に隠れ潜み、この時まで待っていたようである。
「それにしても、誰にも気付かれない見事な隠密だったじゃないか。正直うちのカチュア君でもない限り、事前情報なしには見破るのも難しいくらいだった。君、そんなに隠密行動が上手かったっけ?」
「ん? ああ、この聖杭とやらの隠密機能を司る装置を、少しばかり拝借してね。私に効果を付与できるようにしておいた。いやはや、神話時代の遺物は凄いものだよ。引っこ抜いた箇所がバチバチいっていたが、まあ聖杭本体が墜落しなきゃ大丈夫ってね。いやあ、ジルドラの研究所から色々とパクってた、あの懐かしき日々を思い出すよ。くふふ!」
「……さっきルキル君が操作盤を弄るなのとか、そんな事を言っていなかったかな?」
「知らん。アンタには言っていたようだが、生憎と私は言われていない。つうか、言われる前に拝借したからセーフだ」
「いやいや、アウトだろ…… ハァ、これが天下の冒険者ギルドの総長とは」
大きく大きくため息をつくアート。早くもルキルとの約束を破る形となってしまい、多少なりショックだったようである。
「こんなんだから、冒険者の総長なんだよ。それよりも、そのまま演奏は止めるなよ? どこかの誰かに怪しまれるかもしれない」
「君に言われるまでもない。私が私らしく輝く為、私はこの演奏に魂をかけているのだから!」
「ああそう。それで、どうだった? それなりの時間、アレと話す機会はあった筈だ。探りもそれなりに入れられたんだろう?」
「んんー…… なかなか強情な子だったかな? 非常にもったいない事に、この美貌を誇る私に対しても、全く心を開こうとしていなかった。いやはや、本当にショックだったよ。私の心はほんのちょっとだけ傷付いてしまった……」
「アンタの心の傷なんてどうでも良いよ。本当にどうでも良い。うん、クソ食らえ」
「フッ、念押しして言い過ぎだろ」
アートの心は再び傷付いた。
「まあ、いつもの口喧嘩はこの辺にして…… やっぱり、あの堕天使は信用ならないねぇ。ケルヴィンは敢えて泳がせているようだけど、アレは放っておくと明らかに危ないタイプの生物だ。まだ私達に話していない、何かを隠している気がする。それも、致命的な事態に陥る何か…… うん、うん、よし、決めた! 皆の知らないところで、密かに始末しておいた方が無難だろう!」
「おっと、これはまた物騒だ。それは勘かい? それとも経験則からそう感じたのかな?」
「ハッ、知ってて聞いてるだろ? 当然、両方だ。ったく、歳を取ると心配性になっちまってしょうがないよ」
「私としては、もう少し様子を見た方が良いと思うのだがね。ほら、教職に就いてるの不道徳な行為はしないの、そんな感じの事を言ってしまった訳だし」
「それはアンタが勝手に抜かした事だろうが。世界の脅威を人知れず排除するのも、見方によっては道徳的な正義の行いだよ。そうでなかったとしても…… ま、悪役は年長者が被るもの、って事で納得するこった」
やれやれと首を振りながら、シンは搬入口の先へと進み始める。
「一応確認しておくが、私のバックアップは必要かな?」
「愚問過ぎて答える気にもならないけど、こっちも一応言っておくよ。不要、逆に調子が悪くなるっての」
「だろうな。では、そちらは好き勝手にやってくれ。私は私の矜恃を示す」
「おう、そうしてくれ。じゃっ!」
次の瞬間、シンの姿が完全に消失する。寸前まで会話していたアートでさえも、今はもう気配すら追う事ができない。
「……間近ならまだしも、距離が開くとお手上げだな。S級の察知スキルを持つ私をも欺くのか…… って、んんっ? ひょっとしてこの聖杭、もう隠密状態じゃない?」
シンが装置を抜き取ったとなれば、まあそういう事になるだろう。
「……フッ、そうか。まあ良いさ。それはつまり、私がより目立てるという事なのだから! さあ、ありのままの私に見惚れると良い! 私の演奏に聞き惚れると良い! 観客は揃い、舞台は整った!」
相棒の『精霊王の弦楽器』をより激しく掻き鳴らし、アートの輝きは、よりクソ眩しいものへと変貌するのであった。
アニメ版『黒の召喚士』のティザーPVが公開されました。詳細は活動報告にて。




