第202話 新たなる姿
―――ズッ……!
「おっ!」
「むっ」
「あらん」
「え、えっ?」
エンベルグ神霊山、頂上。目的の気配を辿りこの場所へと至ったダハク一行は、突然遠くから発せられた殺気を感じ取っていた。ボガだけはよく分かっていない様子だが、ダハク、ムドファラク、グロスティーナの三名は、彼方でまた新たな戦いが始まった事を理解したようだ。
「へっ、どうやらまた新しい祭りが始まったようだな。どうだ、俺達もそろそろ始めねぇか? なあ、ハオさんよぉ?」
「………」
ダハク達は現在、十権能の一人であるハオと対峙しているところだ。目を瞑り、沈黙を続けるハオの背後には、封印されたゴルディアーナの姿が見える。十字架の前に宙吊りにされてしまったゴルディアーナは、全てを受け入れるが如く、両腕を大きく広げた慈愛溢れるポージングで封印されていた。 ……以前と若干ポージングが異なっているような気もするが、そんな事はダハク達が知る由もないので、誰もツッコミを入れようとはしていない。
「ッチ、だんまりかよ。相変わらず不愛想な野郎だ。だがよ、俺達はてめぇに借りを返さなければならねぇ。プリティアちゃんをあんな痛々しい姿から、一秒でも早く助け出す為にもな!」
「そうよぉ! お姉様を助け出す為に私達ぃ、死に物狂いで強くなったんだからん!」
「……強くなった、か。なるほど、多少はできるようになったらしい。貴殿らの内から出でる力強さを、確かに感じ取る事ができる。しかも、これまでとは異なる力も手に入れたようだ」
ゆっくりと目を開いたハオの顔は、未だ無表情そのものだ。しかし、その声色はどこか嬉しそうに笑っているようでもあった。
「お、おお……? 何だか、心を読まているみたい、だな?」
「そんな事、メル姐さんだって主に対してよくやってる。別に珍しくない」
「そう、この程度の事は特段珍しくはない。相手の気を探る術に長けた者であれば、いつかは辿り着ける程度のものだ」
「……真面目に返されるのも困る」
悪態を悪態と捉えないハオに対し、ムドはかなりやり辛そうである。
「この偽神の守護をしていれば、必ず貴殿らが来るとは思っていたが…… うむ、俺の予想を上回る成長っぷりだ。どうやら、蛮勇を振るう未熟者からは脱したようだな。今のうちに、以前の言葉を訂正しておこうか?」
「ああん? 要らねぇよ、てめぇの言葉なんかよ。それにだ、てめぇは言葉なんかよりも、拳で語った方が性に合ってんじゃあねぇか?」
「竜である貴殿が拳を語るのか? 面白い、是非ともご教授願いたいものだ。武を学ぶ竜との戦いなんて、そう経験できるものではないからな」
「ハッ、言っていやがれ! てめぇら、行くぞぉ!」
闘志を燃やすダハクの全身に、何やらオーラめいたものが纏われ始める。それは紛れもなく、ハオがゴルディアーナとの戦いでも目にした、あの『ゴルディア』のオーラ。色は基本の赤であり、まだまだ発展の途上ではある。しかし、短期間にゴルディアの基礎を習得したこの事実は、偉業と呼ぶに相応しいものだった。
「ほう」
それこそ、ハオを唸らせるほどに。 ……但し。
「ダハク、口が悪い。てめぇなんて言葉で、私を含まないでほしい」
「てめぇ、って誰、なんだな? おではボガ、なんだな?」
「うーん、お姉様を救出する大事な場なんだものぉ。もっとお上品にやりたいわん。ねぇん、やり直さな~い?」
「ハァー--!? 馬鹿、この馬ッ鹿共!? おいおいおいおい、こんな時にふざけてんじゃねぇよマジかよ!? プリティアちゃんの前なんだぞ!? 色々と台無しじゃねぇか!?」
「………」
纏い始めていたダハクのオーラは、そんなツッコミと共に四散してしまっていた。息が合わないと言うか、何とも締まらないと言うか…… 兎も角、緊張感が一気に吹き飛んだのは事実だろう。対峙するハオからも、何とも言えない微妙な空気が漂って―――。
(この俺を前にして、このような茶番を披露するとは…… フッ、面白い。力と武だけでなく、土壇場での胆力もつけて来たと、そう言いたい訳か。やりおる)
―――違った。むしろ感心しているようだった。この男、どうやら冗談を冗談と捉える事ができないようである。
「ったくもう、締まらねぇなぁ! 分かったよ、仕切り直すよ! ……ムド、ボガ、グロス! 今度こそ俺達の手で、プリティアちゃんを助け出すぞ!」
「ダハクがそこまで言うのなら、まあ仕方ない。地獄の鍛錬の成果、今こそ見せる時」
「む、むん……!」
「さあ、いくわよ! メイク☆ア~~~ップ(はぁと)」
個性豊かな叫びと共に、改めて四人がオーラを纏い始める。更に、だ。ダハクは地面から生やした植物、ムドファラクは極彩色の光、ボガは突如として迫り上った岩の中に、その姿を隠していった。一方のグロスティーナは、何やら裸体となって紫色の発光を発し始め、某魔法何たらの変身シーンの如く――― 訳あって、グロスティーナの説明は省く事とする。
「ほう、竜本体への変身というものか?」
「へっ、別に今攻撃してくれたって構わないんだぜ? 俺らとお前は敵同士なんだからよぉ!」
「いいや、遠慮しておこう。それで強くなるのだろう? ならば、邪魔をする必要はどこにもあるまい」
ダハク達が隙を晒しているこの最中にも、ハオは一歩もそこから動こうとはしなかった。どうやらこの間も手出しはせず、ダハクらがどのように変化するのか、見定める事に徹するつもりでいるようだ。
「ッチ、また余裕をかましやがって…… ならよ、とことん見やがれ! これがプリティアちゃんのナイトとなる、新たな俺の姿だッ!」
(……ナイト?)
ダハクの発した言葉の意味が、一部理解できなかったハオであったが、それはそれとして、四人の変化に注目する。分け隔てなく、グロスティーナの変身にも注目する。
―――グゥオォーーーン!
鳴り響いたのは爆発音、或いは竜の咆哮だろうか。ダハク、ムドファラク、ボガから何かが弾け、土埃が周囲に巻き起こる。が、それら土埃は一瞬にして四散した。
「……待たせたな」
人型でありながら竜の性質を色濃く引き継ぐ、そんな新しい竜形態となったダハク達が、ハオの前に姿を現した。
「よぉ、見違えただろ? これが俺達の新たな力だ」
先頭を切って歩みを始めたのは、ダハクの声を発する歪な竜であった。人型でありながら、竜の特徴を苔の交えた樹木で形成し、動物の頭蓋骨を模した木の仮面で顔を覆い隠している。歩んだ後に残った足跡からは、正体不明の植物が瞬く間に生い茂り、まるでこの山の頂上を、緑で溢れさせんとしているようでもあった。
「さっさと終わらせて、糖分摂取の時間に移る」
その次にハオの目に付いたのは、全身から煌びやかな光を放つ竜だった。先述の人型の樹木竜と比べ、こちらはスマートな姿で纏まっており、顔も直に晒している為、見ただけでそれがムドである事が理解できる。また、赤・青・黄の色をした三種の光輪が、衛星の如く彼女の周囲を旋回していて、それらもまた色に従った眩い輝きを放っていた。
「この姿のおで、しったげづよい……!」
必然、最後の竜も人型だ。しかし、それでいてその竜は、ひと際大きな図体をしていた。漆黒の岩で形成された重厚かつ荒々しい鎧は、見る者をただただ圧倒する凄味があった。また、その重鎧はどうも熱を帯びているようで、基調となる黒の他にも、真っ赤に染まった部分が所々に見受けられる。まるでマグマが流動しているかのように、絶えずグツグツと煮え滾る音を発しているのだ。恐らく赤い部分は、それだけ超高温に達しているのだろう。
「そ・し・てぇ~~~…… 大トリは私よん!」
そんな新たな姿となった竜王達の頭上に降臨したのは、紫色の不気味な妖精であった。変身後の彼は、以前よりも更に蝶々と似通った姿に変化しており、頭部には触覚、尻には蝶々の腹に当たる部分が追加され――― 訳あって、ここでの説明は省く事とする。