第200話 泣きむ支配神
「うぇっ、うぇっ…… うえぇぇーーーん!」
世界樹周辺に轟く、レムの慟哭。それは普段の声量の小ささからは想像のつかない、途轍もなく大きな泣き声であった。
「お、おいおい、レムちゃん? それはいくら何でも、泣き過ぎってものじゃないかい? 流石の私も吃驚だぜ?」
「いえ、あの泣き声こそが支配神の本領なのですよ。周りをよく御覧になってください」
「へ?」
メルフィーナの言うように、レムが泣き叫ぶ事によって、三人を取り囲んでいた影達にも変化が生じていた。先ほどまで困った様子の彼ら(?)であったが、今は一切迷いが見られないのだ。もっと言ってしまえば、敵意と殺意しか宿していないような、殺伐とした雰囲気なのである。
「支配神のコントロール下にある者達は、彼女の感情によって戦闘力を大きく変えていきます。彼女の心の内を表すかの如く、平時であれば優柔不断、個体の強さもまちまち…… ですが、一度彼女が感情のままに泣き叫べば、それらは一転して冷酷な戦闘マシンを化すのです。この他にはない特徴から、かつて彼女は『泣きむ支配神』として、神々から恐れられていたとか」
「何その面白設定!?」
「えっと…… ブリーフィングの時に私、ちゃんと説明した筈だよね?」
「えっ、そうなの? ……てへぺろっ!」
可愛らしく舌を出し、誤魔化しを図るセルジュ。どうやら、事前の打ち合わせを真面目に聞いていなかったようだ。プンスカと、シュトラに怒りマークが付きそうである。
「ヒック、ヒック…… また、また私を無視して、自分達ばかりでお話ししてる…… うう゛ぅあーーーん!」
「「「ッ!」」」
この場に及んでそんな調子のセルジュが気に障ったのか、レムは更に大きな泣き声を上げた。そしてその声が合図となり、遂に周りの影達が行動を開始する。
ある影は人間のように走り、ある影は獣の如く四足歩行で、またある影は巨体を大きく跳躍して、メル達の下へと迫り来る。口がない為なのか叫びは皆無、但し周辺にはレムの泣き叫ぶ声で、そして影達が鳴り響かせる跫音で一杯になっていた。
「何はともあれ迎撃だね! メルフィーナにシュトラちゃん、自分の身は自分で守れる?」
「愚問ですね」
「ゲオルギウス、よろしくね!」
聖剣の二刀流、そして展開させていた宙のウィル達を従わせるセルジュ。ケルヴィンが創り出した新たな相棒、銀色に輝く銀翼の熾天使を構えるメル。戦闘用巨大熊型ヌイグルミ、ゲオルギウスの背に乗り移り、両指の魔糸で複数の騎士型ゴーレムを操るシュトラ。一瞬で臨戦態勢となった三人は、互いに背を預ける形で影達を迎え撃つのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「むっ? 今、大地が揺れんかったか?」
「空飛んでる私にそれ聞いたって、分かる訳ないじゃないの」
無事に合流を果たしたジェラールとセラは、現在も目的地に向かっている最中に居た。ジェラールは鎧をガシャガシャと鳴らしながら全力疾走、セラは悪魔の翼を羽ばたかせながらの空中移動だ。ジェラールの速度に合わせている為、セラのスピードは若干抑え目である。
「浮遊大陸なんだから、地震が起こったって事はないでしょ。考えられるとすれば、どこかで戦闘が始まったとか、そんなところじゃない?」
「じゃろうなぁ。しかし、ううむ…… ワシら、随分と出遅れておらんか? 頑張って走っとるのに、未だに目的地にさえ着かんのだが」
「まあ、あんまり遠くて、ケルヴィンも私らに任せるくらいの場所だからね」
「む、そうなのか?」
「ええ、私が出発した後にケルヴィンがそう言っていたの、少しだけ聞こえたからね。けど、そこに居る十権能の気配…… うん、やっぱり馬鹿みたいに強いわ。それこそ、グロリアとは比較にならないくらいね」
「ふむ、強敵なのは間違いなさそうじゃの…… っと?」
小さな丘を駆け抜けたジェラールの眼前に、建物らしきものが現れる。らしき、と表現したのは、それがこれまでにジェラールが目にした事のない、何やら異質な雰囲気が漂う人工物であったからだ。
「アレは何じゃ? 平原のど真ん中に、銀の箱のようなものが置かれておるぞい?」
「んんー……?」
平原の上に置かれていたのは、真四角の銀の箱だった。両開きの扉のようなものが正面に見える。家、と言うには箱のサイズが小さく、小屋程度の大きさしかない。なぜこんなものが、自然物しか見当たらない平原に? そんな疑問が二人を取り巻く。
「一応、ここらが目的の場所だった筈よ。この大陸を浮かばせている心臓部があるって、メルはそう言っていたのだけれど……」
いくら周りを見回しても、それらしきものは銀の箱しか確認できない。では、あの銀の箱が白翼の地の心臓部なのかと言うと、それも違うような気がした。十権能の気配は、箱の中からはしていないのだ。
「敵の気配は地面の真下…… あっ、これってもしかして、エレベーターってやつ?」
「エレベーター? ギルド本部にあった、あの珍妙な装置の事か?」
「そうそう、そのエレベーター。ケルヴィンから本部の話を聞いて、実は私もそのエレベーターに何度か遊びに行ったのよ。なかなか楽しいわよね、アレ!」
「あ、遊びにって…… よくギルドの受付が通してくれたのう?」
「うん、最初は止められたんだけどね。でも、シンって人が通りかかって、満足そうにオーケーを出してくれたの! フッ、漸くものの価値を分かる人物が現れてくれたか…… って!」
「そ、そうか……」
セラの物真似は妙に似ていた。
「きっとあの箱の中も、その類の装置になっているのよ! 地下に急降下で移動するの!」
「急降下かどうかはさて置き、アレが地下へと繋がる入口だとすれば、十権能の気配が地面の下にあるのも頷ける話じゃのう。よし、ならばあの正面の扉、開けてみるとするか!」
周囲を警戒しつつ、箱の扉へと近付く二人。この間、敵に動きは一切なく、特に妨害や攻撃をされる事もなかった。
「ここまで何もないと、逆に不安になるわね…… 私達、誘い込まれているのかしら?」
「向かう先に罠が仕掛けられていないか、一層警戒しなければならんのう」
箱の前に到着した二人は、改めて扉を確認する。扉は何かを操作して開けるタイプのもののようで、ドアノブのようなものは付いていない。しかし、周辺に操作盤らしきものは見当たらなかった
「ふんぬっ!」
―――ガシャン!
よって、扉は力づくでオープン。扉は重厚かつ頑丈だったが、ジェラールの馬鹿力はそれら問題を全て解決するのであった。
「扉の中は…… やだ、真っ暗ね。エレベーターもないし、底の見えない穴がどこまでも続いているだけだわ」
「むう、やはり正規の方法で開けんかったからかのう…… どうする? ワシらはエフィルのように、灯りなんて出せんぞ?」
「んー…… 仕方ないし、このまま潜るしかないんじゃない? 光がなくても私は夜目がきくし、後はまあ、勘で何とかなるでしょ」
「勘で何とかなるのは、セラだけなんじゃよなー……」
「何言ってんの。ジェラールだって、『心眼』のスキルがあるじゃない! 心の目で見れば、きっと行けるわ!」
「いや、そういう効果はないんじゃけど、心眼…… まあ、確かになるようになるか。幸い、ワシなら多少高い場所から落下したとしても、特に問題はないからのう」
「なら決まりね! よーし、行くわよー! とうっ!」
「決断早っ!? 待て待て、ワシも行く! ほいっと!」
セラとジェラールは穴に飛び降り、暗闇の中へと消えて行った。




