第187話 懇願
話し合いが一区切りし、アートとの通信を終える。それからシン総長との挨拶もそこそこに、一度金雀の宿に向かおうと、俺はジェラールと共に総長室を退室。が、部屋を出て直ぐの廊下にて、とある者達とばったり出くわすのであった。
「……お前ら、こんなところで何をやっているんだ?」
俺の視線の先に居たのは、スズ、パウル、シンジール、オッドラッド――― つまるところ、俺の教え子達だ。全員が全員、何やら壁に耳をつけている。その姿はまるで、総長室での会話を盗み聞きしているような、いや、見たままの事をしていたんだろう。ばったりではなく、意図してここに居た訳だ。
「あ、あはははは…… その、マスター・ケルヴィンが心配で、様子を拝見しに来たと言いますか……」
スズよ、それを言うなら拝聴じゃないのか?
「俺は盗み聞きする気なんてなかったんだぜ!? けどよ、こいつらが聞かなくってよ!」
そうか、やはり盗み聞きか。パウル君、本当に君は嘘が言えない性格なんだな。
「私達はただ、マスター・ケルヴィンの事が心配だったんだ。これも一つの愛の形…… には、ならないかな? 駄目?」
こちらは懸命に良い笑顔を作ろうとしているシンジール。流石に盗み聞きは駄目だと思うなぁ。
「ハッハー! マスター・ケルヴィン! 俺達も連れて行ってくれ! その決戦とやらにぃ!」
オッドラッドに関しては、最早清々しいレベルである。
話を纏めるとだ、理由は色々あるんだろうが、結論としては自分達も十権能の戦いに参加したいと、そういう事であるらしい。
「ハァ、お前らなぁ…… 叱るのは後にするとして、先に状況説明をキッチリしてもらうからな」
「あ、やっぱり叱られるのですね……」
「当然だろ、場合によっては厳罰もんだぞ? ……ちなみに、何で今日は全員集合しているんだ? お前ら、それぞれ別行動していなかったっけ?」
確か、スズはトラージのギルド長としての仕事をする為に東大陸へ、パウル君はレイガンドに置いて来た気がするし、シンジールはパーティの面々と行動を共にし、オッドラッドはゴルディアの聖地に――― あ、そういや聖地に居なかったわ。俺、今更その事実に気付く。
「トラージでの仕事は秒で終わらせて、そのままUターンして来ました! 元々部下の指導に力を入れていたので、私が不在でも暫くは大丈夫かと! ギルド長代理が何とかしてくれます!」
「あのままレイガンドに残ったら、頑固な王様に何を言われるか分かったもんじゃないからな。エドガー達をルミエストまで護衛した後、パブに戻って来たんだよ。で、こいつらと合流した訳なんだが、何でこんな事に……」
「レディ・リスペクトの故郷に立ち寄った際に、並々ならぬプレッシャーを複数感じ取ってね。よくよく探ってみれば、そのうちの一つはマスター・ケルヴィンのものじゃないか。もしや、マスターが強大な何かと戦っている!? と、そんな名推理をした私は、急いでパブへと駆け付けたのさ! 事実、私の推理は正し―――」
「―――ハッハー! 姉弟子のグロスティーナが、何やら忙しそうにしていたからなぁ! 邪魔をせぬよう、俺は一人帰還していた訳だぁ! で、マスター・ケルヴィンの気配を街中で察知! ここへ集うぅ!」
すまん、一斉に喋らないでくれ。並列思考があるから何とか聞き分けられるけど、ぶっちゃけ疲れる。まあ、ここに至った経緯は理解できたよ。
「なるほどな。けど、お前らは連れて行けないぞ。単刀直入に言うと、足手纏いでしかないからな」
「そ、そこを何とかッ!」
「レディ・スズの言う通りだよ、マスター・ケルヴィン。強者との戦いを渇望せよと、そう教えてくれたのは他でもないマスターじゃないか?」
「それはそうだが、何事にも限度ってものがあるって話だ。お前ら、次に戦う相手がどれだけ強いのか分かっているのか?」
「違うだろ、マスター! 敵が強ければ強いほどに、心が躍り、口角が上がる! 考えるべきは負ける事ではなく、如何にして勝つか、だろぉ!?」
「まあ、盗み聞きはどうかと思うけどよ、つえぇ奴と戦う事に関しちゃあ、俺も賛成だぜ? このところレベルが上がり辛くてよ、丁度強敵を欲していたんだ。マスター、俺はやるぜ? 如何に強くとも、相手は選ばねぇ」
「「「「だから、マスター!」」」」
「………」
駄目だ、俺が何を言っても聞き入れそうにない。おい、誰だよ、こいつらをこんな戦闘馬鹿に仕上げた奴は? ……そうです、俺です。クッ、なぜだ!? どうしてこうなった!?
「お前ら、なるにしても、もっと理性的なバトルジャンキーにだな…… いや、これも今更か。ったく、そんなに同行したいのか? 今までと比べ物にならないくらいの死地なんだぞ?」
「それはつまり、夢のワンダーランドという事ですね!」
「フフッ、デートスポットとしても使えそうじゃないか」
「死地か。心躍るワードだぜ」
「ハッハー! フハハハッハー!」
あ、この説明の仕方はしくった。こんなの、誰が聞いたって相手を喜ばせるだけだ。理性的な俺でも喜んでしまう。何と言う不覚……!
と、そんな風に俺が頭を抱えていると、隣に居たジェラールから念話が届く。
『王よ、代わりにシュトラに説得してもらってはどうじゃ? 恐らく、王よりも上手く説得してくれると思うぞい?』
『あー、それはそうなんだが、俺の不始末をシュトラにそのまま投げるってのもなぁ……』
十権能と戦えるレベルではないとは言え、スズ達もかなりのレベルには至っている。さっきパウル君が軽く触れていたが、S級モンスターくらいでないと、これ以上のレベル上げには適さないほどだ。裏を返せば、鍛錬場所に飢えている側面もあるのか? 俺なら飢える自信があるし、弟子のこいつらがそうなる可能性だって、十二分にあるだろう。
『猪武者の如く突貫しか考えていない思考をどうにかして、期限内に合格ラインまで成長したら…… 一考する余地もある、か?』
『ワシの記憶が正しければ、さっきまでバトルの取り分云々などと言っておった筈じゃが?』
『いや、仮にそこまで成長したとしても、十権能と戦わせようなんて思ってはいないさ。ただ、敵の拠点にモンスターがいないとも限らないだろ? レムが支配下に置いた奴を、警備兵としてそこら中に置いている可能性だってある。十権能と比較すれば、それらは雑魚に等しいだろう。けど、新たに経験を積ませるには持って来いだ』
『ふぅむ。つまりは雑魚の間引きも兼ねて、レベル上げの狩場として利用するのか』
『その通り。もちろん、そう都合良く敵が配置されると思ってはいないさ。あいつらにとっての丁度良い感じの相手が居ない場合は、遠くから見学をさせておくだけでも良い。スズ達のレベルなら、それだけでも為になるからな』
つう事で、スズ達には参加資格を見極める為の鍛錬&試験を受けてもらおう。期限は余裕を持って決戦日に挑めるよう三週間くらいに設定して、指導官&試験官は…… そうだな、ケルヴィム辺りに依頼してみようか。グロリアの説得以外にやる事もないだろうし、今のあいつの状態なら良い的役にもなってくれる。おお、正に最適な人選だ。
「……お前ら、本当に良いんだな? 死ぬかもしれないんだぞ?」
四人に念の為の最終確認。分かっていた事ではあるが、返って来た答えはどれも肯定する言葉ばかりだった。
「なるほどなるほど、そこまでやる気があるのなら仕方がないな。よし、お前らちょっと付いて来い。楽しい楽しい地獄の合宿に案内してやるから。あ、本番前に死なないように注意してくれよ? 流石の俺も死人は蘇生できないからな」
それまでやる気に満ちていた四人の顔が、一瞬だけ曇ったような、そんな気がした。




