第183話 竜の試練
中央海域を離れ、一旦仲間達の下へと戻った俺達。仮のものとはいえ、期限が設けられたのであれば、暇を持て余している余裕はない。という訳で、俺は諸々の準備を整える為、直ぐに各地を駆け巡り始めた。
まず最初に訪れたのは、西大陸のゴルディアの聖地。プリティアがハオって奴と戦い、まさかの敗北、そして誘拐された場所である。ここでは現在、グロスティーナの許可を得て、ダハクがバッケに鍛えに鍛えられまくっている。話を聞くに、グロスティーナ自身もここで鍛錬を行っているようだ。
ジェラールの大戦艦黒鏡盾を使い、聖地の近場の魔杭に自分を召喚した俺は、直ぐにバッケを発見する事ができた。しかしここ、また独自の雰囲気がある場所だな。特に理由はないけど、何となくスズと相性が良さそうな、そんな気がする。
「おーい、バッケやーい」
「ん? おー、ケルヴィンじゃないか。どうした? アタシに抱かれに来たのかい?」
「出会い頭にとんだ挨拶だな…… まあ、冒険者ってのは欲望に素直なくらいが健全ってもんか。ああ、もちろん用件は別だ。ダハクの修行は順調か?」
「フッ、見ての通りさね」
バッケが指差した方向を見ると、そこには鍛錬着姿のダハクが座禅をしていた。両目を瞑り、両手の掌を合わせ、一切動かない――― 素人意見ではあるが、まるで本物の坊さんがやっているような、綺麗な座禅である。
「座禅と来たか。精神修行の一環か?」
「まあ、そんなところだ。ダハクが次の段階に進む為には、徹底的に自分を見つめ直す必要があるからねぇ。案外、座禅ってのは良いもんだよ?」
「ほ~」
バッケには悪いが、正直この鍛錬方法は意外だった。てっきり地獄の鬼ごっこでもやっているものかと。
「俺から頼んでおいて、こう言うのも何だけど…… バッケがここまで真面目に先生をやってくれていたのはな。正直なところさ、つまみ食いの一つでも仕掛けているもんだと思っていたよ」
「あ? 何を言ってんだ? んなもん、とっくに仕掛けているに決まってんだろ? まっ、今のところは上手く躱されているけどねぇ」
「デスヨネー」
分かっていた。言ってみただけだ。
「それよりも、アンタは何を抱えて来たんだい? 何やら竜王っぽいのが居るようだが?」
「ああ、そういやまだ挨拶させていなかったか。真面目に頑張っているバッケ先生に、追加の生徒の指導もお願いしたくてさ」
そう言って、俺の両隣に魔力体となって待機していた二人を召喚する。俺が召喚したのは、今までパブの宿でエフィルの護衛――― という名の自宅警備に当たっていた、ムド&ボガだ。二人は最後までここに来るのを嫌がっていたんだが、だらしのない生活が最近目に余っていたので、俺が強制的に連れて来たのである。ぶっちゃけ、アンジェとジェラールが近くに居れば警護としては完璧だし、宿の近くに設置した魔杭で一瞬で移動させる事もできるからな。この二人が宿で食っちゃ寝食っちゃ寝、メルみたいな生活を送る必要は殆どないのである。
え、メルはそのままで良いのかって? ……だって、メルはメルだしなぁ。
「あ、主、酷い…… 私はただ、エフィル姐さんの身の安全を守りたかっただけなのに……」
自らの心の内を視覚的に表現しているのか、今日のムドはずっと青ムドのままだ。ブルーな気持ち、って事なのかね? 気持ち的に座布団をやらんでもない。但し、帰してはやらんが。
「うう…… で、でも、だじかに最近のおで達、不精だっだかも……?」
「まっ、そういう事だ。戦う日取りも近い事だし、竜王が揃いも揃って太っていたら、その時に格好がつかないからな。って事でムドとボガには、今日からダハクと一緒にバッケの指導を受けてもらいます」
「ふぅん、そういう事かい。ふんふん……」
「「ヒッ!?」」
怖がる二人の周りを、衛星の如く回り出すバッケ。値踏みするのを隠そうともしないのね。しかし、おかしいな? なぜかデジャブを感じるぞ? つい少し前に、似たような光景を目にしたような―――
「―――ケルヴィン、こっちの巨漢は有望だね、ああ、将来有望だ。けど、そっちのチビッ子は駄目だろ? そもそも女だし」
「いや、別にお前の為に二人を献上している訳じゃないからな? 強くなる為の指導をお願いしているんだからな?」
「ハハハッ! そうだそうだ、そうだったねぇ! まあ、良いんじゃないかい? こいつら、どっちも竜王のようだし、ダハクと同じでアタシが教えられる事もあると思うよ」
「い、一体何を教えられる!?」
「お、おで、全然美味くないんだな……!」
ムドとボガがこれまでにないくらいに動揺し、ブルブルと震え始める。
「……バッケ、ドラゴンに嫌われ過ぎじゃないか? この反応、よっぽどだぞ?」
「そうかい? だけど、嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ? きっとそれだよ」
そうだろうか? ……いや、それはないと思う。これはマジで苦手意識を持っていると思う。
「あー…… まあ苦手なもんを克服するのも、大人になる為の第一歩って事で」
「主、違う! 大人になるにしても、方法は大事! 私は過程を大事にしたい!」
「だな! そうなんだな!」
マジで必死の訴えである。涙目である。
「……バッケ、悪いけど修行風景を見学させてもらっても良いか? こいつらもこんな感じだし、後学として俺も一度見ておきたいんだ。ムドとボガを預けるかは、それから決めるとするよ」
「主ッ!」
「おで、信じでだッ!」
ヒシッ! と、俺の腰にしがみ付く竜王×2。そこまで必死になられると、俺も何もしない訳にはいかないからな。まあ、この見学も時間の無駄にはなるまいて。
「なるほど、そっちの竜王様達が、アタシの指導力を疑っているって訳かい。良いねぇ、生意気な奴も嫌いじゃないよ。実に教え甲斐がある……!」
「「そういう訳じゃない(んだな)!」」
二人を、というよりも主にボガの方を見詰めながら、舌舐めずりをするバッケ。んんー、こいつはダハクと同じく、完全にロックオンされてんな。ムドにとっては朗報だが、ボガにとっては地獄かもしれん。
「まっ、良いさ。特別に教えてやるよ」
踵を返し、座禅をしているダハクの方へと進んで行くバッケ。
「アタシがアンタらに教えてやれんのは、竜種としての更なる進化――― いや、最適化と言うべきかな? 古くから生きている竜王、先代の土竜王や氷竜王、後は水竜王や雷竜王とかもできた気がするが…… まあ兎も角、これができるようになれば、強くなるのは確かだ」
「へえ、そんなものがあるのか。で、具体的には何をするんだ?」
「さっきも言ったが、まずは徹底的に自分を見つめ直し、理想を追求する事が必須だ。今、ダハクがああやっているようにね。見てな」
座禅状態のダハクの間近にまで接近するバッケ、そして、おもむろにダハクの耳元に顔を寄せ―――
「ふぅ~~~」
―――耳に息を吹きかけた。やたらと色気がある様子で、やたらと長~く息を吹きかけたのだ。え、何事?
「………」
「「ええっ……」」
しかし、息を吹きかけられた当人のダハクは、全く意に介さない。身じろぎせずに座禅を続け、精神を集中させている。むしろ、遠目に見ている俺達の方が引いていたくらいだ。
「ハハッ、良い感じに集中できてるねぇ! 最初こそ動揺する事もあったが、ダハクは直ぐに適応してくれたんだ。よっぽど成し遂げたい目的があるのかねぇ? 今じゃ感じやすいであろう場所に軽く触れても、全然反応を返さないくらいさ。これくらいできるようになったら、いよいよ実践に移行できるってもんだ」
「「じ、実践……!?」」
「二人とも、何を考えているのかは知らんが、多分それは違うと思うから」
その偏見の目も、あながち間違っていないのが酷いところだが。