第179話 邪神の行方
十権能の目的、それは言うまでもなく邪神アダムスの復活だ。では、その邪神とやらは一体何をすれば復活するのだろうか? そもそも、邪神はどこに居る? 神の使徒達が拠点を置いていた『邪神の心臓』でも、結局それらしきものを発見する事はなかった。その事をケルヴィムに聞くと、意外にも奴はその事をすんなりと教えてくれた。
「アダムスはこの世界、この星という名の牢獄に囚われている」
「いや、それは分かってるよ。具体的にどこに居るのかを聞いているんだ」
「フッ、だから言っているだろう。この星の中心、つまりは地中の奥深くだ。そうだな、星の核に当たる場所と言えば、ケルヴィンには分かりやすいか?」
「は? 星の核? ……それって、マントルよりも深い場所にある、マジな星の中心に居るって意味か?」
「それ以外の何がある? だからこそ、この星はアダムスにとっての牢獄なのだ」
「物理的な意味でだったのかよ…… もっとこう、結界とかの魔法的な意味だと思っていたぞ」
「もちろん、魔法的な封印も施されているぞ」
「そうなのか?」
「肉体から心臓は抜かれているし、時の経過によってアダムスが力を取り戻さぬよう、核の熱によって常に物理的なダメージが与えられている。しかし、偽神共はそれでも足りないと考えたのだろう。星の核部分にアダムスから力を吸収する大規模魔法を施し、それが星の栄養分になるようにしたのだ。尤も、アダムスの力は尋常でない為、悪影響を与える事もあったんだろうがな」
んー…… ああ、なるほど。その悪影響ってのが、この世界の魔王騒動に繋がっているのか。イメージとしては邪神の悪い成分が積もり積もって凶悪なモンスターや魔王が誕生し、それを勇者が倒して悪い成分を解放、そして『黒の書』がそれらを浄化するって流れである。 ……いや、待て。つう事は邪神が復活したら、魔王復活のサイクルがなくなるって事か?
「それは良い事のような、ある意味で残念な事のような……」
「フッ、アダムスの復活は喜ばしいが、自然発生する強敵との戦いが減るのを嘆いているのか。お前らしい思考回路だな、ケルヴィン」
「いや、何で今の会話でそこまで理解るのですか? 気持ち悪いくらいに以心伝心していますね、貴方達。軽く引きます」
ルキルから辛辣な視線を向けられる俺達。フッ、お前も大概だぞと言ってやりたい。
「アダムスの居場所は分かった。けど、そんな場所に封印されたら、いくらお前達にだってアダムスを解放するなんて事はできないんじゃないか? つか、封印を解いた瞬間にこの世界がやばい事にならないか? 星の中から取り出す感じなんだろ?」
解放された邪神が地上に出て来た瞬間、物理的に酷い災害が起きそうである。
「我々が何も考えていない訳があるまい? 大戦の最中、今は亡きバルドッグがこの聖杭を六機創造した。ケルヴィン、この聖杭の本当の役割は何だったと思う?」
「何って…… 大型の輸送機とか、空中機動要塞みたいに使っていたんじゃないのか? 神柱の捕獲にも使っていたみたいだしさ」
「確かにそれも機能の一つではある。だが、試運転を行う事はあっても、聖杭が大戦の最中に使われる事はなかった。可能な限り、その存在を偽神達に知られたくなかったのだ」
「うん? どういう意味だ?」
「……話の流れからして、聖杭は邪神アダムスにもしもの事があった際に動く、救助艇のような存在だったのでは?」
「ほう? 狂ってはいるが、頭は働くようだな、ルキルよ」
ケルヴィム曰く、聖杭の本懐はその名の通り、地面に突き刺して使用するものなんだそうだ。この星の特にエネルギーに満ちている地表、そこに生贄としての魂を封じた六機の聖杭を打ち付ける事で、星を壊す事なく邪神が復活する仕組みになっている…… らしい。どんな仕組みなのかはさっぱりだが。
「ここで一番の問題となるのが、アダムス復活の為に捧げられる魂だ。聖杭に封じられる形で捧げられるこれらは、一定以上の質が求められる。粗悪な魂をいくら集めたところで、神アダムスを復活させるには至らないのだ」
「なるほど、それで今現在魂を捧げられた状態にあるってのが、バルド何とかって奴とハードって訳だ。って事は、レベル200前後辺りがラインか?」
「ざっくりと言えば、そうなる。我々としては万全を期する為、レベル200以上の者を優先して標的としていた」
レベル200以上か。そこまでの猛者となると、全世界を捜してもそう見つかるものでもないだろう。S級冒険者でも俺やプリティアちゃん、それとシン総長にアート学院長くらいなものだ。あとは俺の仲間達、セルジュをはじめとした元使徒の連中、愛娘や未来の孫達の為に日々鍛錬を重ねている義父さんが該当するだろうか。うん、やっぱり少ないな。セルジュを狙って玉砕したバ何とやらが可哀想だ。どうせなら、俺のところに来れば良かったのに。
「ん? 神柱を狙っていたって話もあったけど、それも生贄目的だったのか?」
「ああ、如何せん生贄の対象となる人物が少な過ぎた。代案として、神柱の数を減らして強化する事も考えていたのだ。イザベルとバルドッグの分析によれば、神柱は数を減らすごとに強くなる性質があったからな」
「だがルキルに裏切られて、それも失敗したって訳か」
「……まあ、そうなる」
「フッ、神柱に注目した着眼点は良かったと思いますよ? まあ、見ていてください。神柱は十権能の想定を超えた存在となりますから」
ルキルは見るからに自信満々だ。ああ、そう言えばもう残りの神柱、全部捕獲が完了しているんだっけ? 妙に仕事が早いと感心したものだけど、確かその裏ではセルジュも動いていた筈だ。
「なあ、セルジュ―――」
「―――呼んだッ!?」
「「うおっ!?」」
突然、耳元で馬鹿みたいな大声を聞かされた俺とケルヴィムは、揃って体と声をビクリと振るわせてしまう。
「何だ何だ、大の男が揃って驚き過ぎじゃないかなぁ?」
「セ、セルジュ……!」
「こ、こいつがセルジュだと?」
大声の主はセルジュであった。こいつ、今まで聖杭の中に隠れ潜んでいやがったのか。改めて彼女の顔を睨みつけると、セルジュは悪戯に成功した悪ガキのように笑っており、口にはなぜか干し肉が挟まっていて――― は? 干し肉?
「ああっ! それは私が最後まで残していた、一際大きな干し肉! 貴女が盗み食いをしていたのですね、セルジュ!」
「え? メ、メルが干し肉に夢中になって、全部食べたんじゃなかったのか?」
「失礼な! 私は最後まで味わいしゃぶり尽くす派なんです! 知らぬ間に食べ尽くすなんて事はないですよ、絶対!」
そ、そうだっけ……?
「いやあ、シルヴィアちゃんから美味しい干し肉の話を聞いててさ、私もちょっとだけ食べたくなっちゃって、ついつい拝借しちゃった。てへぺろっ!」
「な、何て事を! 勇者とはいえ、窃盗は許される事ではありませんよ! 食べ物の恨みは怖いのです!」
「だからごめんて~。今度エレンが作ったニシンパイを持って来るからさ。それで許してよ~?」
「分かりました! 許します!」
固い握手を交わすマイワイフと最強勇者。しかし、その握手の意味はマジで取るに足らない事で、まあ、うん……
「ルキルよ、お前が崇拝している神はアレなんだぞ? 本当に良いと思っているのか?」
「フッ、愚問ですね。 ……理解らせ甲斐がありますよ!」
……よし、更に同盟の絆が深まったな!




