第170話 世界の違和感
「俺が疑問に思っていた事、理解できて来たか? そう、この世界は偽神が運営しているのにも拘わらず、そこに住まう者達が何ら制限を受けずに生を全うしているのだ。それこそ、我々が理想としていた世界のようにな」
世界の矛盾についてのご高説は分かった。分かったが、俺としてはだから何? という思いしかないんだよな。世界の在り方なんて哲学的な事、俺はあんまり興味ないし。あ、いや、どうでも良くはないか。どうも戦闘意欲が急ってしまって、物事の判断も適当になってしまって来ている。理知的な戦闘狂らしく、『並列思考』を使って俺なりに考えてやるか。まあ、ケルヴィムにわざわざ教えてやる気はないが。
ケルヴィムの言葉が正しいのであれば、こいつらが望む理想の世界とやらは、ここでしか実現していないんじゃないかな。この世界には邪神が封印されていて、その影響で何十年何百年周期で魔王が誕生し、モンスターの凶悪化が起こっていた。勇者を転移させて騒動を解決し、『黒の書』が邪神成分を浄化していたにしても、この世界に住まう人々が弱いままだと、神様サイドとしても色々と不都合があったんだと思う。だってほら、勇者だって行動範囲は限られている訳だし、実際勇者しか戦力がいなかったら、管理者として困るじゃん? だからこそ、勇者が活躍している間にも人々がある程度抵抗できるように、この世界にだけは制限を設けないようにしていたんだ。現段階ではまだ俺の想像でしかないが、俺が転生する前に居た地球は実際ああだったし、他の世界も同じ風になっていると考えるのが妥当なところだろう。
「世界がお前の理想になっていたんなら、これ以上争い事を起こす必要もないんじゃないか? お前らが封印されている間に今の神様達が方針を変えて、今の体制に移行したのかもしれないだろう? なら、別に敵対する必要はない――― いや、待て。それだと俺が困る。やっぱ大いに争ってくれ。そして俺と戦おう!」
「……お前、空気が読めないとか言われないか?」
お前にだけは言われたくないんだが? 現にこうして空気を読んで、戦うのを待ってあげているんだが?
「ケルヴィン、確かにお前の話にも一理ある。だがしかし、神アダムスや俺達十権能の真の理想とするところは、そんな小さな事では終われないんだ。この世界ひとつだけじゃない。偽神達が運営するありとあらゆる世界、その全ての解放こそが望みなんだ!」
「まあ、そうなるわな。つまりさ、俺達の住むこの世界は現状維持でもオーケーだけど、それはそれとして邪神を復活させて、それから他世界の神々にもカチコミに行くってのが、お前達の目的か?」
「所々言葉選びが不適切だが、大まかに言えばそんなところだ。どうだ? これら高尚な行いに参加できれば、お前が好む展開にも困る事はないぞ? しかも、その相手は偽物とはいえ、かつて我々を打ち倒した神――― 言ってしまえば、お前が大好物とする強敵ばかりだ。何なら我々が現在捕らえているゴルディアーナという偽神も、返答次第では新たなる十権能として認めてやっても良い。奴はこの理想の世界をこうして維持している張本人、思想としては我々寄りなのだからな」
あー、そこは良い感じに勘違いしてくれているのか。それはそれで都合が良いし、まあ今言っていた目的も、十権能として納得できる行動原理ではあるんだけど…… 肝心の最初の疑問がまだ解決していない。
「なるほど。で、最初の質問に戻るけど、何でそれが十権能の長であるエルドを倒す事に繋がるんだよ? 下剋上でも狙っているのか?」
「下剋上? ハッ、そのような浅い理由で俺が行動を起こす筈がないだろう。俺がトップに立ちたいのではない。エルドが背信行為を行っていると、俺はそう疑っているんだ」
背信行為って、要は裏切りか? おいおい、ルキルに裏切られたばかりだってのに、組織体系がボロボロだな。大丈夫かよ、十権能? 勝手に内部崩壊とかしないよな?
「ケルヴィンよ、お前の考えている事は分かっている。俺が謀反を起こしたところで、他の十権能が共に来るとは限らない、とな」
「え? あ、ああー……」
言われてみれば、普通はそこも気にしないといけないのか。俺はどう転んでも戦う気でいたから、全然問題だとは思っていなかったけど。
「真の自由を掲げる我々にとって、力で地位を掌握するのは極自然な行為だ。それがどんなに卑怯な方法であったとしても、結果として負けてしまえば何の言い訳にもならん」
「それが外部の者と結託しての事だったとしても、か?」
「だったとしても、だ」
「ハァ、本当にどこまでも弱肉強食だな」
ガウンの神様バージョンってところか。何でもアリってのは、俺よりも獣王レオンハルトの方が好みそうだ。
「しかし先にも言った通り、俺は別に奴の地位を狙っている訳ではない。ケルヴィン、これまで幾度か俺達と戦って来たお前に問おう」
「いや、まだ一回しか戦ってないけど…… 何だよ?」
「お前ももう知っているだろうが、これまでの侵攻で我々はリドワン、バルドッグという同胞を失っている。更に此度、俺とは別の十権能が派遣された。聖杭からの連絡が止まっている事から察するに、その者の身にも何かあったと考えるのが妥当だろう」
さっきセラから念話があった、ルミエストに侵攻していた十権能の事か。今は拘束状態にあるから、そりゃあ連絡も返せないわな。
「これまでの我々の行動から、何か気付く事はないか?」
「……単独行動ばかりって事か? 義体に制限があるにしても、効率よく手広く侵攻するにしても、負けを重ねた状態でそれをするには驕りが過ぎると…… まあ、そんな風には思っていたよ」
代行者アイリスが率いていたあの神の使徒だって、俺達と接触しようとする時は、基本的にツーマンセル以上で動いていた。軍国トライセンでの魔王騒動の際はジルドラ、トリスタン、アンジェが、獣国ガウンで俺に奇襲を仕掛けて来た時だって、アンジェにベル、それにニトのおじさんも遊撃隊として行動していたと聞いている。更には神皇国デラミスでシスター・アトラを救助した時はエストリアにセルジュ、狂飆の谷でフロムから加護を貰った時だって、リオルドと舞桜がセットで挨拶にやって来ていた。どのタイミングでも実力的には敵側の方が上回っていた筈なのに、神の使徒はその辺の役回りをしっかり決め、互いにフォローできる形で動いていたんだ。
そんな神の使徒の行動方式に比べ、十権能のそれは正直なところ…… お粗末と言われても仕方のない感じがする。力に自信を持っての一度目はまだ良いが、出撃した三人のうち二人がやられてしまった失敗を経て、またまた単独行動ってのはな。
「そう、如何に実力を最大の指針とする十権能とはいえ、失敗から何も得ないなんて事はしない。勇気と蛮勇が違うようにな。だが、エルドから下された命令は一切変わらず、今も当初のままだ」
「……つまり?」
「エルドには何か別の目的がある。俺や他の十権能が目指すものとは異なる、何かがだ。流石にもう理解できただろう? エルドには俺達の上に立つ資格はない。神アダムスの右腕と謳われる事で、奴は変わってしまった。或いは、最初からおかしかったのだろう。だからこそ、奴を排除する必要がある」
「ふーん、なるほどなるほど。 ……で、そのエルドって奴は、そんなに強いのか? 同じ十権能である、アンタが俺に協力を要請するくらいに?」
「当たり前だ、エルドは曲がりなりにも十権能の長なのだぞ? それに、十権能にも強さの格というものはある。エルドが十権能の長であれば、俺はその代理的な立場だ。更にその下には、上位の神々であったハザマとレムが続いている。尤も、ハオという例外的な立場の者も居たが…… 兎も角、俺とて油断はできない相手なのだ。お前が倒したバルドッグやリドワンなど、全く比較にならないほどにな」
ふんふんふん、なるほどなるほどなるほど――― ケルヴィム、お前やっぱり強いんだな?




