第164話 紅光
対峙するセラとグロリアは、まず自分の周囲に紅と光の得物を展開させた。
「悪夢の紅玉」
「斂葬十字弾帯」
セラが生成したのは、彼女の血を球状に凝縮させた血の塊、所謂紅玉の連続展開版となる新技であった。宙に浮かぶ血色のボールの数は幾千数百にも及び、かつてガウンの獣王祭で見せた数とは比較にならない規模となっている。これら全ての球体にセラの『血染』が付与され、彼女の命令ひとつで武器と化すのだから、敵対する者にとっては悪夢以外の何ものでもないだろう。
対するグロリアが生成したのは、彼女の両腕に随伴するように装着された、光り輝く十字架の群れであった。弾帯ベルトの如く規則正しく列を成すそれは、グロリアが好む風紀の気質をそのまま体現しているかのようである。彼女が腕を動かせば、それら十字架の列も同時に動きをトレースして付いて行く。
「開始の宣言は必要?」
「必要とあらば」
「そう。なら―――」
「―――救済してやろう、合理的に!」
「―――とっ捕まえてあげるわね!」
宣言した次の瞬間、双方が一斉攻撃を開始した。球体から槍へと形を変えた悪夢の紅玉が、グロリアの腕より機関銃の如く飛び出した十字架の弾丸が、次々に敵陣へと乗り込んで行ったのだ。
―――ズガガガガァァッ!
二つの嵐が衝突、轟音と衝撃が荒野周辺に波及し、剥き出しとなった岩などの遮蔽物が粉砕される。二人が放った槍と弾丸にはホーミング機能が備わっているようで、放出されてからの軌道は直線ではなく、どれも複雑なものを描いていた。あるものは標的に向かい、またあるものは迎撃に向かう。そんな攻防が荒野全体で行われ、宛ら軍隊と軍隊が激突しているかのようだった。
「「シッ!」」
武器同士の激突はまだ続いている。だがしかし、そんな最悪な戦場のど真ん中で、二人は既に接近を果たしていた。いや、それどころか次なる戦い、接近戦へ移行しようとしている。セラが右腕限定で魔人紅闘諍を纏い、対するグロリアも右腕に付与していた斂葬十字弾帯を、腕全体に巻き付かせていた。血色の異形なる腕と、十字架だらけとなった耿々たる腕が、敵を殲滅せんと振るわれる。
その結果、戦場には周囲の戦闘音を掻き消すほどの衝撃音が鳴り渡った。二人の腕がガキンと接触した瞬間に、グロリアが腕に巻き付かせていた無数の十字架が、一斉に暴発を起こしたのだ。超至近距離より無差別に放たれた十字架は、敵となるセラはもちろんの事、使用者であるグロリアをも巻き込む。
「ぐっ……!?」
辛うじて急所へのダメージは防いだセラであったが、それでも彼女の体には幾つもの十字架が突き刺さり、場所によっては貫通していた。セラは堪らず距離を取り、同時に体から一本の十字架を抜き取る。
「……へえ、てっきり自爆覚悟の攻撃かと思ったけど、どうやら違ったみたいね」
全身に深手を負ったセラに対し、自分よりも間近で暴発の影響を受けた筈のグロリアは、なぜか全くの無傷であった。周囲で起こっていた槍と弾丸の殴り合いも、丁度この時になって終わりを告げ、辺り一面には十字架が突き刺さり、また血溜まりが張り付いていた。
「自爆とは敗北の手前まで至ってしまった者が、苦し紛れに行うものだ。そんなもの、合理的とは言えん。尤も、ネタ明かしもしてやらんがな」
「うん、簡単に口を割らないところもケルヴィン好みなのよね。けど…… 私の血、そんなに浴びて良いのかしら?」
「何?」
グロリアの右手及び十字架の一部は、夥しい量の鮮血で染め上げられていた。先ほどセラの魔人紅闘諍と接触した際に、べったりと付着してしまったのだろう。そしてどうやらグロリアは、セラの血に触れてしまうという恐ろしさを、まだ知らないようでもあった。
「ネタがバレてないのはお互い様だったみたいね。 ―――自滅して♪」
「ッ!?」
その刹那、血が付着した十字架の一部がグロリアの顔面目掛けて飛び出し、同時に彼女の右腕も同じ目標に向かって振るわれる。自分で自分を殴るという、冗談でしかない状況に陥ったグロリアは、最初に迫った十字架を何発か食らい、辛うじて拳を逆の手で止める事に成功する。
(へえ、今度は確実に当たったのに、また無傷なの。まあ、衝撃は受けるみたいだけど!)
十字架がグロリアの顔面に衝突するタイミングで、セラはドロシーに付与してもらった生き急ぐを使い、二倍速となる事で視覚的な体感時間を引き延ばしていた。これにより見逃す事なく衝突の様子を観察したセラは、グロリアが何らかの方法で十字架を、恐らくは白魔法によるダメージを完全に防いでいると予想する。プラス、自らの拳は防ぎに行っている事から、通常の物理攻撃は普通に効くであろうとも考えた。
「ぐっ……!」
十字架によるダメージを無効化しているグロリアであるが、セラが言った通り衝撃までは防げていなかった。右腕を左手で掴み、上半身がやや後ろに反れているという、戦うにおいては非常に不安定な、そして隙だらけな姿勢となっていたのだ。そのような好機をセラが見逃す筈がない。
現在二人の周囲には、最初の銃撃戦で血塗れとなった十字架が散乱している。それはつまり、セラが血を操りそれら魔力の塊から、根こそぎ魔力を抽出できる事を示していた。
「血鮮逆十字砲!」
生き急ぐによる二倍速移動、その勢いからの必殺の一撃、拳の軌道に描かれる血色の逆十字。吸収した魔力量、流した血液が多いほどに威力を増すセラの血鮮逆十字砲は、がら空きとなったグロリアの左脇腹に直撃する。
「か、はっ……!」
セラの攻撃はグロリアの軍服を血で染め、更にその下にあるグロリア本人にも甚大なダメージを与えるに至る。但し、グロリアもやられてばかりではいなかった。
「舐ぁめぇるなぁぁぁ!」
十字架の弾帯ベルトを左腕にも巻き付かせたグロリアは、それを制御のきかない右腕に叩き付けていた。そうする事で次に起こるは、そう、右腕と左腕で先ほどの二倍の規模となる、十字架の全方位暴発だ。
タイミングとしてはセラの血鮮逆十字砲を受けた直後、またしても間合いに入っている時だ。勘の良いセラは生き急ぐを再度緊急使用し、背後へ退こうとするが、二倍の規模ともなると、流石に完全に回避する事はできないだろう。
四方八方へ飛び出す十字架の弾丸、削り抉られる荒野の大地、巻き起こる大きな土煙と轟音。二人が一体どうなったのか、外からは土煙が邪魔で見えない状況だ。そんな時、たまたま吹いた強風が土煙を洗い流し、閉ざされた戦場を白日の下に晒してくれた。
土煙の中から現れたのは、血に塗れた右腕と左腹部に魔法を施すグロリアと、体中に突き刺さった十字架を抜こうとしているセラの姿。双方は距離を取り、相手の出方を伺っているようだ。
「全晴、呪晴、厚遇治療――― クッ、状態異常や呪いの類ではない。しかも傷口も塞がらないのか、厄介な……!」
「いっつつ……! ったくもう、厄介なのはそっちの方よ。想像以上に頑丈で参ったわ。土手っ腹に風穴開けてやろうと思ったのに、まさか逆にこっちが穴だらけにされるとはね。まあ、その代わり身体の芯に響いているんじゃない? 膝が笑ってるわよ?」
「……同じ台詞を返してやろう。体中からそれだけの血を流せば、膝が笑うのも自明の理だろう。貴様には血を操る能力が備わっているようだが、私の攻撃を受けた以上、そう素直に血が止まるとは思わない事だ。」
「「………」」
どうやらセラもグロリアも、当てにしていた治療行為が上手くいっていない様子だ。これ以上戦いが長引いて消耗戦になれば、勝てたとしてもただでは済まないと、双方が同じ考えに至る。よって、次に移行するのは―――
「権能、顕現!」
「魔人紅闘諍、全身展開! プラス、無邪気たる血戦妃!」
―――出し惜しみ一切なしの、最終決戦だ。