第162話 生き急ぐ
カチュア協力の下、聖杭の接近を把握したセラは、早速念話を開始した。連絡先はもちろん、ケルヴィンだ。
『ケルヴィーン! ルミエストに敵が一人やって来るみたい! だけど応援は不要、こっちで迎撃しとくわねー!』
『軽いわッ! ノリが軽過ぎて吃驚仰天だよ!?』
念話は直ぐ様に繋がり、早速夫婦漫才がスタート――― もそこそこに、真面目に情報共有を行っていく。
『―――なるほど。入学の手続きをした時、アートのところに案内をしてくれたあの人が。ああ、覚えてるよ。確かに俺と義父さんが行った時も、しどろもどろな感じだったからな。そうか、彼女にそこまでの力が…… って、その情報も大いに気になるけど、それよか応援不要ってどういう事だよ? もうアートに許可は取っているんだ。学園内の指定された場所に魔杭をセットすれば、俺の召喚術で支援が可能なんだぞ?』
『分かってるわよ。でも、カチュアによれば相手は単独、それにゴルディアーナを負かしたっていう、例の武人でもないわ』
『ん? 何でそう思うんだ? 単独ってのは分かるが、相手が誰かまではカチュアも分からないんだろ?』
『今こっちに近付いている奴、カチュアは私と同じくらい怖いって言ったのよ? ゴルディアーナに勝った武人が、私と同等とはとても思えないからね。だから多分、全く別の十権能が来てると思うの。それに曲がりなりにも武人なら、学び舎は絶対狙わないでしょ!』
『いや、武人は武人でも、そいつの考えにもよると思うが…… で、そう思うのはセラの勘か?』
『そ! 私の勘!』
きっぱりと答えるセラ。あまりにも気持ち良く断言してくれるので、それまでセラを心配していたケルヴィンも、小さくではあるが笑ってしまう。
『クッ…… ハハッ! なるほどな。セラの勘なら仕方ない。分かったよ、そっちの迎撃はセラに任せる。まあ、考えてみれば俺が召喚を使うまでもなく、リオンとアレックスに、警護役のベルもルミエストには居たもんな。クロメルには戦闘特化のクロトが付いているし、アートだって――― あれ、もしかして最初から過剰戦力か?』
『もしかしなくてもそうよ。むしろ私は他の場所が心配なくらい。ドロシーは安全に送り届けるから、安心して私の戦果を期待していなさい!』
『ああ、頼りにしてる。今のところ他の場所で十権能が出現したって情報はないが、何かあったら俺も全力で当たらせてもらうよ。安心して戦果を挙げて来てくれ』
『ええ、信頼してるわ。それじゃ、そろそろ行って来るわね』
念話終了、セラは大変に充実し、満足していた。リオンともアイコンタクトを取り、このまま自分達で迎撃に当たる事を共有する。
「ほほう? もしかして今、召喚術を通しての念話をされていました? 一瞬で心境に変化があったような、そんな感じがします」
「へえ、アーチェ、分かるの? 高速で念話のやり取りしてるから、普通は気付かれないのに」
「そりゃあ、召喚術の事前情報がなければ絶対気付けませんよ。プラス、何やら漂って来たロマンスの気配、喜怒哀楽ならぬ喜楽喜楽な表情で、何とな~く察しました。ほら、学園の教官をやっていると、カチュア事務員ほどではないにしても、その辺の事には敏感になるので」
「ふーん、そんなものなのね」
アーチェの言葉に頷きながら、不意にその場で着替えを始めるセラ。どうやら戦闘服である狂女帝へお着替えをしているようだ。
「ええっ、えええぇぇ!?」
「あらら、セラさんってばセクシーですね。やっぱ大人の魅力がぱないです。恥ずかしくって私、ガン見しちゃいます」
「減るもんじゃないし、別に見たって構わないわよ。ところでアーチェ、この子、少し借りても良いかしら?」
早着替えを終えたセラが、着替えを見まいと目を隠していたカチュアを、ひょいっと抱き抱える。所謂お姫様抱っこだ。
「……ふぇっ?」
カチュアは小柄で平均的な女性よりも軽い為、抱き抱えるだけならそこまで苦労しないだろう。しかし、あまりにも自然な流れでこの体勢に移行した為、肝心のカチュアの認識が現実に追いついていなかった。また、人生で初めてこのような抱えられ方をされた為、必要以上に衝撃を受けている様子だ。更に言えば、脅威対象として察知していたセラに密着したのも不味い。ショックにショックの重ね掛けである。頭の中が真っ白である。
「カチュア事務員をですか? ああ、なるほどなるほど。まあ、返却期限にまで返却してくだされば、特に問題はないかなと。もちろん五体満足で、ですけどね?」
「……ふぁっ?」
「交渉成立ね! さあカチュア、今からルミエストを防衛するから、貴女の力で敵の場所を探って頂戴! 気配が分かるって事は、場所も分かるって事でしょ!」
「……ふぅぅおおおお!?」
漸く自らが置かれた状況を把握できたカチュアが、独創的な悲鳴を上げる。予めカチュアがそうするであろう事を予期していた一同は、揃いも揃って耳を塞いでいた。尤も、セラは両手が塞がっていた為に耳は塞げなかった訳だが。
「うーん、キーンと来たぁ…… 凄い悲鳴だったわねぇ。リオン、ドロシーの事は任せたわよ?」
「了解だよ。ベルちゃんにも僕から念話しておくね、クロト通しで!」
「そうして頂戴。ま、ベルならこっちから何も言わずとも、自分で考えて最善を尽くしてくれるでしょうけどね」
「あの」
ベッドから立ち上がったドロシーが、控えめに手を挙げる。
「護られているだけじゃ癪なので、私も何かお手伝いしたいのですが」
「え、貴女が? んー、そうは言っても、前線に出してもしもの事があったら不味いのよねー。あ、そうだ!」
セラ、手をポン。
「対抗戦で使ってたあの魔法、私にも施してみてよ! ギュルギュル、シュババってやつ!」
「ギュルギュル? あっ、生き急ぐの事でしょうか? もちろん、それは構いませんが…… これ、魔法の効果発動中は二倍速で動けるようになりますが、寿命の早さも二倍になるので、あまり多用しない方が良いと思いますよ?」
「えっ、それじゃケルヴィンの風神脚の方が良くない? あっちも敏捷値倍化の効果だけど、他はそのままよ?」
「いえ、そもそも根本の異なる別種の魔法ですので…… 私の『時魔法』は文字通り時を操る魔法です。速く動けるように時を早送りすれば、対象の時間自体も高速化してしまうんです」
「ふんふん、つまりお腹の減りの早さも?」
「はい、二倍です」
メルとは絶望的に相性が悪そうだなと、セラはそう心の中で思った。
「その代わり、融通が利く点もあります。早送りしたり途中で効果をストップさせたりして、速度に緩急をつける事ができるんですよ。これは魔法を施した対象の任意で切り替えが可能なんです。対抗戦の時、場面場面で私が急にスピードアップしたのは覚えていますか? 敵に最高速度を誤認させ、不意を打つのに役立ちますよ。早送りを止めている時間分、魔力の消費削減や残り効果時間を伸ばす事にも繋がります。まあ、その分使うのに慣れは必要なのですが」
「へぇ、確かにそう言われると面白そうね。風神脚は効果が切れるまでノンストップだし。よし、決めた! 道中に慣らすから、その時魔法を私に使って!」
「……軽くありません? ノリが軽すぎて吃驚仰天です」
その後、セラの要望通り生き急ぐを施される事に。
「おおっ、これは新感覚ね。私が高速化しているってよりも、周りがゆっくりになっている感じ?」
「思考も倍速になっていますからね。その分肉体への負荷も大きいですから、くれぐれも連続での使用は控えてください」
「了解よ! じゃ、慣らしてそのまま迎撃に行って来るから!」
楽し気に窓から外へと飛び出して行くセラ。
「たぁーすぅーけぇぇぇ―――」
セラの姿が消え、少し遅れてカチュアの叫び声も聞こえなくなる。果たして彼女は無事に返却されるのだろうか?
「カチュア事務員、現在貸し出し中、っと」
「えと、アーチェ先生、それは?」
「貸出の記録用紙です、図書館用の。貸出品のご利用は計画的に!」
「「………」」