第160話 完全なる拒否反応
「え? 残りの神柱が集まったのですか? もう?」
学園都市ルミエスト、ボルカーン寮の自室にて、ドロシーが少し驚いた様子でそんな言葉を口にした。彼女はベッドに腰掛けており、その隣にはルームメイトのリオンが、そして向かいには寮長のアーチェと、格式の高そうな私服を纏ったセラの姿があった。
「そうなの、驚きよね~。流石の私も、もう少し時間が掛かるものだと思っていたもの。セルジュが手伝ったって聞いたけど、それにしたって早いわよね~。感心!」
アートの許可を取っての魔杭の設置、そして諸々の橋渡し役としてルミエストを訪れていたセラ。現在は神柱合体計画の進捗について、ドロシー達に説明しているところのようだ。
「前回のデラミスへの出発もそうでしたが、アート学院長が先んじて休暇と転移門の使用許可を出しています。その気になれば、今からでも学園を出発する事ができますよー。あ、でもでも、戻って来たらその分勉学に励むように! 単位を落として留年でもしたら、全然笑えませんからね? 世界を救う為に落第するとか、私的には苦笑ものですけど…… コホン! 大丈夫、ドロシーさんが本気を出したら余裕で巻き返せると、私はそう信じていますとも! 平均的な成績から不死鳥の如く舞い上がり、学園トップクラスの成績となった上昇っぷり! いやあ、私も鼻が高いですよ! えへんえへん!」
「あの、何でアーチェ教官が得意気なんです……?」
対抗戦が終わったその後、正体を隠す必要、また学園での成績を加減する必要がなくなったドロシーは、リオン達と共に本気で学業に励むようになっていた。その結果、運動適性が寮内でリオンとラミに次ぐようになり、筆記試験では学年中3位、つまりはベルやグラハムに迫るまでの成績を叩き出した。運動適性も凄まじいが、学業までも三本の指に入ったのは、ボルカーン寮で異例の出来事であり、その事をアーチェは大変に喜んでいたのだ。
未だ監視下にあるとはいえ、性格的にも固有スキル的にも浄化要素だらけなリオンと共に学園生活を過ごし、友情を深めて来たドロシーはすっかりと毒気が抜かれていた。当初はケルヴィンに殺意を抱く謎の呪いに苛まれもしたが、現在はその呪いも無力化されつつある。
猫被っていた性格が露見し、対抗戦を経て寮の生徒達に多少驚かれもしたが、「イメチェンしたのかな? 良いと思う!」、「驚いたけど、優しいところは変わってないよね」、「そんなドロシー君も素敵だね。さあ、早速僕と結婚しよう!」――― などと、最終的には好意的に理解されるに至ったようだ。極一部のみドロシーは完全なる拒否反応を示したが、大部分の生徒とは良好な関係を築けている。
「ドロシーさんが真面目に取り組んでくれている事が、それだけ喜ばしいんです。ホラス教官の名誉の退職など、ここ最近は暗いニュースが多かったですからね。すったもんだでしたよ、まったく!」
「その事に伴ってマール寮の寮長が交代したり、学園内での変化も大きかったですもんね」
「ええ、本当に大変でした! ですがまあ、学園にはその辺の情報操作が得意なミルキー教官やカチュア事務員、無駄に人脈の広いボイル教官などがいるので、何とかなった感が強いですね! いやあ、本当に大変そうでした!」
「爽やかに言ってくれてるけど、学園の闇っぽいところをぶっちゃけてるわよね、今? それに大変そうって、貴女は何もしていない口振りじゃないの」
「そうですよ? 国の代わりを担っているからには、学園が裏でやる事も色々ですし、私自身は実際に何もできていませんし。リオンさんの保護者に当たるセラさんに、ここまでぶっちゃけるのも何ですが…… 物事には適材適所で当たるのが一番なんです! 私が主に担当するは前線、体仕事! 大雑把な私にそんな事をさせたら、とっても大変な事になってしまいます!」
アーチェはどこまでも自信満々に、そう言い切った。
「そ、それは大変ね…… あ、それなら私、学園の教師として働いてあげましょうか? 抜けた人員やら後始末やらで、今って人手が足りていないんでしょ! ベルと同じくらい頭は良いし、私ったら教えるのだって大得意よ!」
教えるのだって大得意。セラは嘘を言っているつもりはなく、実際本気で言っているようだった。
「ほう、それは魅力的な提案ですね! 学院長に相談する価値がアリアリですね!」
「アーチェ教官、それは早まらない方が…… セラねえもその件は、ケルにいに止められていた筈だよ?」
「ちぇー、分かってるわよ、言ってみただけだもの。ぶーぶー」
リオンに窘められ、口を尖らせるセラ。その様子にリオンの方がよっぽど保護者らしいなと、ドロシーはこっそりと顔をほころばせていた。
「話を戻すけどさ、その合体をする事で、シーちゃんが神柱として完全な存在になるんだよね? 大丈夫なのかな……?」
「リオンさん、こんな私を心配してくれて、本当にありがとうございます。私も不安がないと言えば嘘になりますが…… それでも、きっと大丈夫です。今の私は頼りない存在でしょうが、何としてでも同胞達を纏め上げ、リオンさんの隣に並んでも恥ずかしくない実力になってみせますから」
「シーちゃん……」
「そして私を利用し、同胞やリオンさん達に危害を加えようとしている、あの堕天使達を葬ってみせますから。 ……絶対に、黄泉飛ばしてやります!」
「シ、シーちゃん!?」
ルキルから合体の話を聞いた当初は、正直なところドロシーは半信半疑な状態であった。が、神柱としての本能が彼女に訴えかけているのか、不思議と今は確信に近い自信があるようだ。拳を固め、打倒に燃えている。
「んー、燃えるのは良いですが、あまり私の前で強い言葉を使わないで頂けるとありがたいですね。教官も聞こえない振りをするのは大変なのでー」
「……仰る事は尤もですが、学園の裏で云々の後にそれを言います?」
「うっ、痛いところを! ……ドロシーさん、本気を出してくれた事自体は喜ばしいのですが、それに伴って若干言動が攻撃的になったんですよね。先生、そこが少し寂しいです。しかし、ですが、でもまあ――― そんなドロシーさんもアリ寄りのアリ! 若いうちは元気が一番、多少のヤンチャも良き経験です! ドロシーさんの新たな一面を目にできて、プラマイゼロどこかプラス寄りのプラス!」
「そう、プラスー!」
「「………」」
なぜか仲良く盛り上がり、ハイタッチを交わすアーチェとセラ。一方のリオンとドロシーは、この空気感に若干置いてけぼりである。
「とまあ、ハッスルするのはここまでにして、早速出発するわよ! ドロシー、準備は良い?」
「いえ、準備も何も、今その話を伺ったばかりなので…… ですが、覚悟はもうできています。荷物が不要であるのなら、今直ぐにでも行けますよ」
「ナイスな返事ね! あ、一応の護衛役として、リオンも一緒に行く事はできるかしら? 流石に無理?」
「リオンさんの方も学院長が許可を出してますよー。事務的な手続きはこちらでやっておきますので、そちらの都合最優先でやってください」
「あら、何から何まで準備が良いのね? そんなに特別扱いして大丈夫なの?」
「いえいえ、これでも正規のルールに則って対応していますよ? ルミエストに通う生徒は身分の高い御子息御令嬢が多いので、今回のように個人の用事で学園を空ける例も珍しくないんですよ。要は、最初からそんな仕組みが学園にあるのです。リオンさんとドロシーさんは普段から素行が良いですし、成績はトップもトップ、学園から信頼を置かれています。さっきは立場上ああ言いましたが、単位を落とす気配もないですし、別に数日間離れても問題はないでしょう」
「ああ、なるほどね。それなら納得―――」
アーチェの説明に理解を示し、セラがポンと手を叩く。すると、丁度その瞬間に部屋の扉が勢いよく開かれた。
「―――たたたた、大変ですよアーチェさん! ななな何か来てます、来ちゃいますぅぅーー!」
転がり込むように、というか転がりながら入室して来たのは、『人間計測器』の二つ名を持つ事務員、カチュアであった。




