第145話 神域の武
「お待たせぇ、ここに招待したかったのよぉ」
「……なるほど、見事な場所だな」
ゴルディアーナが選んだのは、かつて自らの師と免許皆伝の為の決闘を行った場所だった。紅葉した森の中にポカンと開けた広場である。絶えず黄や赤色の葉が落ち続ける景色は風情があり、広場の地面には絨毯代わりの紅葉が敷き詰められ、独自の踏み心地が楽しめる。だがここへ来たのは、あくまでも戦う為。風情などを味わっている暇は、今の二人にある筈がなかった。
「ここはねぇ、私の思い出の地でもあるのん。私がゴルディアーナとなって、武術を極めんとした切っ掛けの場所――― まっ、言ってしまえば免許皆伝の為にぃ、お師匠様を殺してしまった場所なのよん。貴方と丸っきり同じ顔をした、お師匠様をねぇ」
「だから、俺はその者ではないと――― いや、違うな。同じ顔をした俺が相手でも、容赦なく倒すという決意の表れか。ふむ、ならばこれ以上とやかくは言わん。ここならば十全に戦える、俺から言えるのはそれだけだ」
上半身の衣服を脱ぎ、その鍛え抜かれた肉体を晒すハオ。天に選ばれたが如くの恵体は、ゴルディアーナのそれと遜色ないまでに大きく、そして引き締まり、その上で無数の傷痕が刻まれていた。一体幾度の試練を乗り越えれば、このような肉体に仕上がるのだろうか? ゴルディアーナは純粋にそのような興味を抱いてしまう。
「まっ、良い体ねぇ。思わず見惚れちゃったわん。なら、私もお着替えをしちゃおうかしらん。 ―――プリティー・ドレスチェンジ!」
ゴルディアーナが謎の叫びを上げると、彼女の肉体がピンク色の光で包まれ始めた。ビカビカと蛍光色が背景に塗りたくられ、その中でゴルディアーナがダンス(?)をしながら姿を変えていく。謎の光によって輪郭しか見えないが、なぜなのか脳内にポップなミュージックが流れて来る。もちろん、それは幻聴なのだが。
「ふぅ、変身完了。これが私の戦闘服、ゴルディア式戦闘着よぉ!」
「………」
ピンクの光の中から現れたのは、これまたピンクな全身タイツを纏ったゴルディアーナであった。そう、対抗戦でグロスティーナも着ていた、アレである。流石のハオもこの展開は予想していなかったのか、言葉も出ないほどに衝撃を受けているようだった。
「……世界とは広いものだな。俺の知らない、そのような未知の装備が存在していたとは。なるほど、これは楽しめそうだ」
違った、感心していただけだった。
「ハオちゃん、この手合わせで私が勝ったら、貴方が隠している事を教えてもらっても良いかしら? 他の十権能について、これから行おうとしている計画について、後は、そうねぇ…… お師匠様の事についても、何か隠している気がするのよねぇ。まあ、その辺の諸々を聞き出したいわん」
「なるほど、賭けか。それにしても、随分と盛ったものだな。だが、良いだろう。俺に勝てたのならば、何であろうと聞くが良い。全て答えてやろう。その後に殺してくれたって構わん。だが、逆に貴殿が負けた時は…… 貴殿の全てを頂くとしよう。どうだ?」
「あらあら、とんだプロポーズもあったものねぇ」
「む? ああ、そうとも取れる言葉だったか。安心せい、嫌らしい意味ではない」
ゴルディアーナがどんな返答をしようとも、ハオは動揺する気配を見せなかった。彼の目にゴルディアーナがどう映っているのかは謎だが、並大抵の事では驚かない、鋼の精神力を持っているのは確かである。これがジェラールであれば――― いや、もう例え話をする必要もないだろう。既に二人は臨戦態勢にあり、直ぐにでも拳を交えられる状態なのだ。
「気にしないでぇ、ちょっとした冗談よぉ。まっ、要は命を含めて全てを賭け合うって事よねぇ」
「命のやり取り、それは武を極めんとする者にとって、どうあっても避けられん道よ」
その言葉を交わした後、二人の間に暫くの沈黙が流れた。互いに構えを取ったまま、ジッと相手を見据え続ける。ある領域に到達した達人同士のやり取りは、凡庸な者には到底理解できないものだ。この沈黙も相手を見詰めているようにしか見えないが、その実、二人の間では幾百幾千もの読み合いが発生していた。一手でも読み間違えば致命的なミスとなり得る、超次元の駆け引きである。
「「………」」
辺りの空気は鉛のように重く、そんな重圧の中で数秒ほどが経過しただろうか。ある瞬間を境に、読み合いは次の段階へと移行する。全く同じタイミングで二人が構えを解き始めたのだ。
「ふふっ、うふふふふっ…… 参ったわねぇ。このままじゃ埒が明かないわん」
「ふっ、どこまでも楽しませてくれる。まさかここまでやるとはな」
読み合いの中で実際に戦っていたがの如く、二人は体中に大量の汗を流していた。肉体的にはまだ全くの無傷の筈なのだが、呼吸までもが互いに荒くなっている。それこそ、何時間も戦い続けていたほどに。
「提案よぉ。奥の手を出そうと思うのだけれどぉ…… 如何かしらん?」
「よかろう、俺は権能を顕現させる。貴殿も真の姿を見せるがいい」
示し合わせたかのように、自然と同じ結論へと達するゴルディアーナとハオ。すると、ゴルディアーナは独自が過ぎる変身ポーズへ、ハオは力強く気を溜めるかのような姿勢へと移行。先ほどまでとは全く空気の違う対峙となってしまったが、双方から発せられる闘志の高まりは、明らかに今の方が上となっていた。
「プリティー・モードチェンジ!」
「―――権能、顕現」
巻き起こる闘志の波に上乗せして、ピンク色の特大ハートと武骨な覇気が放たれる。突如として出現した二つの台風の目は、発せられる気の高まりだけで、周囲の木々を薙ぎ倒す勢いに達していた。これらハートと覇気の影響で、ここへと向かっていたダハクとグロスティーナも、画面外にて大きく押し戻されてしまう。
「な、何だ、一体何が起こった……!?」
「この強烈なオーラはぁ、お姉様達のものねぇ。うふふっ、ここで遂にお披露目するのねぇ、お姉様」
「あっ!? 何をやるってんだよ!?」
「立派な転生神となる為にぃ、日々鍛錬し続けたお姉様のぉ、新たなるフォームのお披露目よ~ん」
「あ、新たなる、フォーム……!? 何だかよく分からねぇが、必見だって事は理解したぜ! グロス、全力で向かうぞ! 命を燃やせぇ! 突き進めぇ!」
「オーライ!」
頭よりも心で行動するダハクは、グロスティーナを引き連れ目的地へと急ぐ。だが、その目的地では二人の神達が、既に真の姿への変身を遂げているところであった。
「慈愛溢れる天の雌牛・片翼形態――― 通称、片翼のゴルディアよぉぉぉん……!」
「我が権能は『魁偉』! 我が神域の武、見事超えてみせよぉぉぉ……!」
溢れる愛、満たされる闘志、相対する対極の武――― 今、神達が激突し、世界が揺れる。




