第141話 聖殺
「まったく、私の一張羅を分解してくれちゃって。これは全国の婦女子に代わって、私が天誅を下してあげないとねぇ」
その得物を剣と称するには、あまりに歪であった。幾つもの小さな刃が連なり、ギザギザとした形状を持つ剣身は、これだけでも他ではまず見ないであろう特徴だ。しかし、その剣身の最大の特徴は、この剣身自体が超速回転する事にある。連結していた刃が曲線を描く線となり一体化、これこそがこの武器の真の姿だと言わんばかりに、圧倒的な存在感を放っていたのだ。更には剣の柄に当たるハンドル部分からは、ブゥオンブゥオンと異様な機械音を鳴り響かせ、その剣自身が周囲を威嚇しているかのようでもあった。ケルヴィンやリオンがこの音を聞いたとしたら、バイクのエンジン音と喩えていたかもしれない。まあ、エンジンという意味では合っているだろうか。
「……ハッ! それはもしかして、チェンソーのつもりかい?」
「おろ? 神様が知っているとは意外だね。そう、これが私の丸秘奥義、チェンソー型ウィル、その名も聖殺さ」
聖剣ウィルをチェンソー形態に変化させたセルジュは、どこからのホラー映画に出て来そうな殺人鬼的なポージングを決めていた。だが、今の彼女はバルドッグの権能によって衣服が分解され、下着しか纏っていない状態なのである。いまいち決まらないどころか、少し変態チックであった。
「誰が変態だ!」
「は?」
「今、そう思っただろ! 変態はお前だろ! 乙女をこんな姿にしやがって! ウィルで下着を作ってなければ、今頃私はマジもんの露出魔になるところだったんだぞ!」
「………」
急にプンスカキレ散らかすセルジュに、バルドッグは理解が追い付いていない様子だ。まあ、セルジュの装備を分解したのは他でもないバルドッグなので、変態扱いされても仕方のない事ではあるのだが。
「言っておくが、僕は君の裸になんて興味はない。そのチェンソーに変化させた武器の方が、まだマシというものだ」
「やっぱり変態じゃないか! むしろ、そっちの方が大変態じゃないか!」
「なっ!? ……まったく、口だけは達者だね。君は僕の事を知らないだけさ。僕は―――」
「―――知ってるよ。かつての鍛冶と創造の神、バルドッグ・ゲティアだろ? 空に浮かんでる巨大な杭、アレもお前の作品なんだっけ? 確か名前は聖杭だったかな」
「……ッ! 驚いたな、なぜその事を知っているんだい?」
「別に知りたくなんてなかったんだけどね。私の友達に神話に詳しい子がいるんだよ。私としては微塵も興味なかったんだけど、その可愛さに免じて聞いていたら、いつの間にか私も覚えちゃっててさ。いやはや、ナチュラルに頭脳明晰なのも考え物だよ」
「……なら、僕が成した数々の偉業についても知っているんじゃないのかな? いくら形状を風変わりなものに、名前を大層なものに変えたって、そんななまくらじゃ、僕の鎧を破壊なんてできないよ」
「それはどうだろうね? さて、長話はそろそろ終わりにしようか。時間を稼いで、障壁を破壊しようって魂胆が見え透いているし」
「ッチ!」
障壁の破壊に想定以上に手間取っていたバルドッグは、核心を突かれて堪らず舌打ちをしてしまう。そして、セルジュが攻撃して来るまでに脱出するのは、まず不可能だと判断。代案として、周囲に展開させていた武器群を操って迎撃をさせようとする。
「おっと、鎧を散々自慢していた割には弱気な選択だね。よっぽど攻撃されたくないのかな? 攻撃を受け切る自信がないのかな? まっ、私はどっちでも良いけどね」
チェンソーを構えたセルジュが前に歩み出る。バルドッグは武器を全て放出させるが、それらの武器はセルジュの幸運により、明後日の方向へと行ってしまった。呼び戻すには時間が足りず、新たに作り出している暇は最早ない。
(虚仮威しだ。贋作に僕の作品が負ける筈がない)
セルジュがまた一歩、更に一歩と迫り来る。彼女が一歩進むごとに、耳に届く機械音が大きくなる。そして、バルドッグは言葉では言い表せない恐ろしい何かを、段々とその身に感じ始めていた。それはまるで、かつての大戦で敗北した際に味わった、絶望そのもの。
(所詮は贋作、リドワンの足元にも及ばない、贋、作……)
眼前にまで迫ったセルジュは立ち止まり、その場で大きく振りかぶる。残る動作はチェンソーを振り下ろすだけだ。展開していた全ての武器を放出してしまったバルドッグは、無意識のうちに防御態勢を取っていた。その瞳は既に恐怖で染まっており、逃れる事のできない己の運命を悟っているようでもあった。だからこそ、叫んでしまう。
「馬鹿がぁ! だからぁ、効かないと何度言えばッ―――」
―――ズッ。
セルジュの攻撃は一瞬だった。果たしてチェンソーによる斬撃を、一太刀と言い表して良いものなのだろうか? その点は不明だ。不明ではあるが、彼女の攻撃は正しく一太刀であったのだ。
「馬鹿、が、ぁ……」
「そこは馬鹿な、だろ?」
斬りつける寸前のところで安息の棺を解除したセルジュは、直後に袈裟斬りになる形でバルドッグを攻撃していた。斬撃に抵抗しようと身構えたバルドッグであったが、彼の肉体は全身鎧共々一瞬のうちに両断されてしまう。ずれ落ちた彼の上半身は血を撒き散らしながらバシャリと落ち、それにつられるようにして、下半身も崩れ落ちるのであった。また、バルドッグの下に戻ろうとしていた武器群も、力を失って辺りに転がり落ちる。
「お前はさっき、ウィルの事を形状を変える事しか能がないとか、そんな事を言っていたね? けど、それは間違いだ。ウィルは希望を叶える、勇者の相棒なんだよ。望む武具へと姿を変え、信頼が深まれば数百数千の剣にだってなってくれる。私みたいにズッ友になれば、それこそ望む性質も帯びてくれるんだよね。この聖殺みたいに、神性を持つ神様にのみ超絶効く! 他の生物には無害だけど、神様だけは絶対殺す! みたいにね。言ってしまえば、お前のその全身鎧の真逆の力を持ったのさ」
地に落ちたバルドッグを笑顔で見下ろしながら、セルジュが『鑑定眼』を起動する。バルドッグが纏っていた全身鎧は、神に連なる者のみが身に着ける事ができる専用装備、神性が高いほど防御力が増すというものだった。この全身鎧を纏ったバルドッグは殆ど無敵に近い存在であったが、それによって高まった神性は、聖殺にとって格好の獲物でしかなかったのだ。
「ウィルが分解されなかった時点で気付くべきだったね。ウィルには意思があって、決してお前の後追い作品なんかじゃないってさ」
「……ぁ」
血に塗れたバルドッグの口から、微かに声が漏れた。
「ん? そんな状態で反論するの? それとも遺言?」
「……馬鹿が、だぁぁぁ!」
バルドッグの叫びと共に、辺りに転がっていた彼の作品達から猛烈な光が放たれる。バルドッグが最期に選択した作戦は、作品の全消去――― つまるところ、自爆であった。
「ッ! 聖―――」
それは敗北を認めたくなかったが為の行動だったのだろうか。それとも、セルジュに己の作品を奪われるのが嫌だったのだろうか。どちらにせよ、自らの作品全てに自爆機能を備わせていたのは、狂気の沙汰と言えるだろう。
―――ズッ…… ドオオガアアァァァーーーン!
最大規模の大爆発は環境破壊され切った戦場一帯を飲み込み、その周囲にも被害を波及させていく。地面も、木々も、開発者であるバルドッグも、何もかもを消し飛ばしていった。