第132話 リドワン・マハド
十権能リドワン・マハド、邪神アダムスより『不壊』の権能を授かった彼は、正確には堕天使ではなかった。神々が住まう特殊領域、その時空にのみ存在するとされる『神鉄』という名の鉱石が、彼を構成する源なのである。というのも、リドワンは生物ではないのだ。いや、なかったと表現するのが適切だろうか。
そもそも、神鉄とは一体何なのか? 世界を創る、とある対象を特別な力を付与して転生させる――― そういった事に神が多くの力を使う際、極稀に鉱石が誕生するとされている。それが神鉄だ。しかし、現れるまでには時間差があり、そのズレの度合いは疎ら、出現場所も時空のどこかと完全にランダム、また見た目は普通の石ころと変わらず、魔力を放つ事もない為に、発見する事は神にとっても困難を極めていた。神鉄は神々にとっても、正に幻の鉱石なのである。
そして、神鉄は神が扱う様々な武具の主原料となっており、あらゆる可能性を持つ奇跡の鉱石ともされている。そのポテンシャルは神を以ってしても計り知れず、神であれば知らぬ者はいないとされるほどだ。例を挙げるとすれば、セルジュや刀哉が持つ聖剣ウィルが神鉄製の武器に当たる。使用者の技量と願いに応じ、様々な形状に姿を変えるウィルは、神鉄の性質をそのまま能力として映し出しす事に成功した武器と言えるだろう。そんな奇跡の鉱石を、鍛冶を司る神々は心の底から欲し、己の腕で鍛え上げたいと願っていた。
しかし、無限の可能性を有しているだけあって、神鉄を武具として鍛え上げるのは、発見する事以上に難しかった。歴史に名を残す伝説上の鍛冶師が仮に挑戦できたとしても、武具としての形状に持って行けるのは極僅か、満足のいく性能を引き出すところまで行けるのは、その世界に一人いるかいないか、その程度の人数になってしまう。かつての神の使徒、創造者の名を冠していたジルドラであれば、ひょっとすれば意のままに鍛え上げる事ができたかもしれない…… が、そんな彼も既にこの世を去っている。この世界において、神鉄を鍛え上げられる者は皆無に等しいだろう。
さて、話を十権能へと戻そう。神々の大戦が起こる以前、鍛冶を司る神々と同じく、神鉄に強い関心を抱いていた者がいた。その者の名はバルドッグ・ゲティア、十権能としてリドワンと肩を並べる、元鍛冶神の堕天使だ。神々の中でも特に技術に長けていたバルドッグは、来たる大戦に備えて多くの武器を製造するようにと、彼が崇拝する邪神アダムスより命令を受けていた。『鍛錬』の権能を与えられたバルドッグは前述の通り神鉄に目を付け、権能を神鉄に使う事で、これまでとは一線を画す武具を創り出そうと、日夜研究と研鑽を続けた。結果、バルドッグは数多くの武具を生み出し、邪神側の最高戦力である十権能の力を、更に底上げする事に繋がったのだ。同時に、ここで彼にも予期していなかった、ある出来事が起こった。 ……自らの意思を持つ神鉄のゴーレム、後のリドワン・マハドの誕生である。
そのゴーレムは生まれながらに高い知能を有し、自らの体を自由に変化する事ができる特殊な能力を会得していた。生体的にはゴーレムと言うよりも、スライムのような流動体に近かったのかもしれない。ゴーレムは持ち前の知能を活かし、バルドッグの武具、書物から情報を次々と収集。体の形状を変化させるだけでなく、ありとあらゆる兵器を自在に模倣できるようになっていった。
『君は…… 僕の最高傑作だ!』
バルドッグがそう叫んで歓喜するほどに、ゴーレムの学習力・戦闘力は凄まじかった。情報を貪り、率先して戦力を増やそうとしていくゴーレムが更なる頭角を現すと、邪神アダムスも彼のゴーレムに関心を持つようになっていった。
『貴様にリドワン・マハドという名と、十権能の末席を授ける。選ばれし者としての、相応しい戦果を期待する』
先代の十権能の一人を神の御前で倒し、邪神アダムスより祝福を受けた神鉄のゴーレムは、この瞬間よりリドワン・マハドとして生まれ変わった。以降、彼は天使の姿を好んで模倣するようになる。権能として授かった『不壊』の力は、無機物を対象とした形状の絶対保護。無機物のみを対象とするというが、この点はリドワンにとって弱点となり得ない。生身であれば装備や付近の物体に付与するのが精々なのだろうが、リドワンは全身が無機物で構成されているゴーレムなのだ。一度権能を発動させれば、如何なる者もリドワンを傷付ける事はできず、またリドワンから放たれる攻撃を防ぐ事は敵わない。正に鉄壁、正に無敵。リドワンとこの権能の相性は、そう謳われるほどに良過ぎた。
不壊の特性上、能力を発動している最中は肉体を変形する事ができないのだが、『権能顕現』状態であれば、変形しながら不壊の力を保つ事も可能だ。つまるところ、不壊と流動が両立でき、死角がない。自らの意思を持つ天使型兵器リドワン・マハドは、神々の大戦においてもその力を遺憾なく発揮、長きに渡って多くの神々を恐怖に陥れる事となる。
……しかしながら、神々の大戦は邪神アダムス陣営が敗北する事で幕を閉じている。そう、常勝を誇っていたリドワンもまた、大戦の後期には敗北を喫していたのだ。彼の権能は真の意味では鉄壁でも無敵でもなく、ある対策により無力化されてしまった。対象の能力付与を無効化する天上の神剣、神聖天衣――― 現代にも伝わるこれら魔法は、この頃に開発されたと伝えられている。
「おいおい、少し意識が飛んでたんじゃないか? 困るな、お楽しみはまだこれからだってのに」
「き、貴様……!」
そして現代においてもこれらの魔法は、リドワンを敗北へと誘う事となる。四肢を切断され、首をケルヴィンに掴まれ宙吊りにされるリドワンは、最早満身創痍と言っても過言ではないところにまで追い詰められていた。
天上の神剣によって不壊を剥がされ、肉体における素の耐久値になってしまったリドワンは、生成した武器を次々と両断され、四肢をも失ってしまう。流動体であるが故に、切断されたとしても再び繋ぎ直す事はできる。が、ケルヴィンは切断したそばから、それらパーツをクロトの『保管』に収納していた。これにより、リドワンの体は徐々に、着実に削がれ始め、遂には今に至ってしまった、という訳だ。素の耐久値も伝説とされる武具を基準としているリドワンにとって、不壊がないとはいえ、こうも簡単に肉体を削がれたのは予想外の事であった。
肉体が切断された直後に、爆発反応装甲による爆撃は行った。自らの首が掴まれた際にも、爆風を直接ぶつけてやった。しかし、しかしだ、ゼロ距離からの攻撃を食らわせたのにも拘わらず、ケルヴィンは今もしぶとく生きていた。顔面の皮膚が吹き飛び、その下にあった筋繊維が焼け焦げ、部分的には骨が剥き出しになる所もあった筈だ。だがそれでも、リドワンはケルヴィンを殺し切れなかった。どんなに致命傷となり得るダメージを与えても、その直後に魔法による再生を超高速でされてしまうのだ。凄まじいまでの回復量に対し、瞬間的なダメージがまるで足りていなかった。
(こいつ、戦闘を開始してから、一体どれほどの魔力を消費しているのだ……!?)
リドワンの疑問は当然だろう。如何に膨大なMPを持つケルヴィンとはいえ、常時これだけの回復を繰り返し、攻撃の手も常に全力となれば、その魔力消費量はケルヴィンのMP最大値を大きく逸脱したものとなる。10万、或いはそれ以上の消費量になるかもしれない。
(これが、死神……!?)
解き放った爆風で、ケルヴィンの顔面左半分が再び吹き飛ぶ。剥き出しとなった骨の奥には、リドワンを捉える瞳がジッと彼を睨みつけていた。同時に、口角は禍々しいほどに吊り上がっている。その表情が死神のそれにしか見えず、リドワンの心は更に揺さぶられる。
「何が何だか分からないって顔だな? まあ、アレだ。大食いとでも言っておこうか」
「ふざ、けるな……!」
「ハハハッ! しかし、不思議なもんだ。お前の表情は一切変わっていないのに、感情は丸分かりだよ。お前が俺に抱いている感情は恐怖か? それとも、俺の事をもっと知りたいっていう知識欲か? まあ、どっちにしても光栄だよ。十権能が俺に興味を持ってくれてるって事だからなぁっ!」
「ッ!?」
その瞬間、リドワンは理解した。下等生物と断じていた目の前の人間に、自身が恐怖している事に。




