第123話 レイガンド防衛戦
ごく自然な形で天使の避難所を抜け出した俺達は、そのまま飛んで杭の下へと向かう事に。が、よくよく考えれば、竜化したロザリアとムドに騎乗すれば、俺やメルまで飛ぶ必要がない事に途中で気が付く。
「仕方がないさ、何事にも過ちはある」
そんな学びを得て、残っていた風神脚の効力をロザリア達に移し替えるのであった。
「よし、これで多少効果が長続きするだろう。本当ならⅡ以上の『魔力超過』を施しておきたいところだけど、アレは効果時間が短くなるから、長距離移動には適さないんだよなぁ」
「そこは使い分けですね。ですが、あなた様も随分と器用に魔法を扱えるようになりましたね。一度付与した補助魔法を他の対象に移し替えるなんて、なかなかできる事ではありませんよ? そうですね…… S級冒険者でも可能なのは、アートくらいなのでは? 次点でシルヴィアがあと一歩といった感じです」
「まあ、これでも魔法の本職だからな。日頃からメルにも鍛えられてるし――― って、メル、アートの事を知っていたのか? 対抗戦の時、メルは留守番していた筈だろ?」
「これでも元転生神でしたからね、私。表立っている強者の実力は把握していますよ。アートは冒険者としても、最古参の部類ですし」
確かにそう考えたらみたら、そうなのかも?
「ご主人様もメル様も、何だか怖いくらいにいつも通りですね。一応、今って緊急事態ですよね?」
「ん? まあ、そうだな。戦いに向けて気を昂らせるのも大切だが、それ以上に自然体でいるのも大事なんじゃないか? うん、きっとそうだ」
「と言いますか、あなた様は平時から激戦を渇望している状態ですからね。オンオフの切り替えが凄まじく早いんですよ。表情を見れば分かりやすいでしょう?」
「「なるほど、確かに」」
綺麗に声を揃えるロザリア&ムド。今は全力で飛んでいるからできないが、両手が空いていたらポンと手を叩いていただろう。ったく、流石にもうツッコミは入れないぞ。
「それよりも主、パウルは置いて来て良かったの? 凄く不満そうだった」
「いやー、ムド達に乗って行けば問題なかったんだけどな。あの時はその事に気付いてなかったし、パウル君の足じゃ遅いしで、置いて行くしか選択肢がなかったんだよ。まあ何よりも、十権能との戦いについて来れそうになかったし」
「パウルを連れて来たのは、あくまで道案内としての意味合いが強かったですからね。それも空を飛んで一直線に向かう今となっては、あまり意味がありませんし、結果として留守番で正解でしょう」
まあパウル君の性格上、自力で首都まで来てしまいそうではあるが、その辺は自己責任かな。師匠を気取って鍛えてはいるが、あいつはあいつで立派なA級冒険者なんだ。自由が信条の冒険者の行動を、そこまで制限する権利は俺にない。行けると思ったのなら、勝手に来いって感じだ。
「主、大きな城が見えて来た。多分、アレが目的地」
「ああ、その真上に例の杭もあるもんな」
飛ばしに飛ばし、漸く目的地が目と鼻の先にまで迫る。視界に入るは、石造りで古風な印象を受ける王城と城下町。絶えず雪が降っている為か、石なのに全体が白っぽく見える。規模としてはトライセンの首都と同じくらいだろうか。東大陸の四大国に並ぶとは、相当に立派なものだ。
「城の周りに大規模な結界が一枚、更に街の周りにも同規模の結界が一枚、か。二重の守りを展開しているのも、トライセンの防衛態勢と似ているな。あの規模の守りなら、大抵の攻撃は防ぐ事ができるだろう。けど―――」
「―――正直、あの巨大な杭を受け止め切れるかどうかは、微妙なところですね」
レイガンドが展開している結界に、隙らしい隙はない。恐らくは手練れの魔導師が何百人単位で運用する、大国を護るに相応しい結界だ。だがしかし、その結界に落ちようとしている巨大な杭は、俺達の想像以上にスケールの大きなものだった。でかい。兎に角でかいのだ。形状こそ白い杭でしかないが、その長さはレイガンドの王城の高さをも超えている。そんなものが落下して来たら…… メルの言う通り、レイガンドの結界で防げるという確証は持てない。
「けど、杭がゆっくり落ちてるのは、目的がよく分からないな。破壊が目的なら、ストンと落下するもんだと思うが」
「その場合、ストンでは済みそうにありませんけどね」
「ご主人様、まもなく到着しますが」
「ああ、結界と杭の間に入り込んでくれ。そこで迎撃する」
「承知しました」
「了解」
ロザリアとムドがスピードを上げ、俺が指定した位置へと接近&到着。おお、真下から見ると一段と迫力が違うな。こんなのに暫く晒されていたレイガンドに住民達からすれば、恐怖以外の何ものでもないだろう。
「主、城下町は凄く混乱しているみたい。兵隊も沢山いる」
「そりゃあ、国の中枢のピンチだからな。混乱するし、戦力だって出せるだけ出すだろうさ」
「おまけに、私達が唐突に現れましたからね。それも地上の方々が狼狽する要因になっているかと」
「ちなみにですが、氷国レイガンドにとって竜は恐怖の象徴です。建国当時に氷竜王である母様に戦いを仕掛けて、見るも無残に大敗した歴史がありますからね。それが恐怖に拍車をかけているのかと」
あー、竜王クラスのムドに、次期竜王候補ロザリアの竜化した姿は、レイガンド国民にとってトラウマな訳か。後で何と説明したら良いものか、考えるのがちょっと面倒臭いな。
「よし、真下の対応を考えるのは後回しだ! それよりも今は、このでっけぇ杭を何とかするぞ!」
「どうにかすると言っても、どうするのです?」
「取り敢えず、ぶっ壊す!」
二度目の正直、再び大風魔神鎌を展開させた俺は、大鎌を構えながら杭を見据える。墜落を危惧して先ほどは攻撃を取り止めたが、この位置取りならその心配はない。何せ、瓦礫になって落ちて来るものは、真下にいる俺らが処理してしまえば済むからだ。それに首都の周りには、曲がりなりにも国を守護する結界もあるんだ。多少撃ち漏らしても、その程度なら自力で防いでくれるだろう。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか、楽しみだなっと!」
渾身の極大斬撃を、巨大な杭に向かって縦に振るう。そのまま直撃すれば真っ二つコースな訳だが、杭さんはどう対抗して来るかな?
「ん?」
斬撃を放った直後、杭の先端にあった小さな隙間から、何かが勢い良く飛び出したのが目に入った。色が白で統一されていたから、遠目には分からなかったが…… よくよく見ればこの杭、細部がかなり複雑な造りになっている。それこそ、SFかってくらいの機械構造だ。何これ、杭型の宇宙船か何か?
『って、今はそれどころじゃなかったな。気をつけろ、やば美味そうな気配を纏った何かが出て来たぞ!』
『主、やば美味そうって何?』
『やばぇなヨダレが出ちまうくらい美味そうだぜ、へっへっへ! の、略称です』
『流石はメル様、ご主人様の事をよくご存知で』
何だろう、そこはかとなく悪意を感じる。
―――ギイィィーーーン!
「ッ!」
俺達が馬鹿をやっている最中に、それは起こった。大風魔神鎌の斬撃が、俺達の眼前で弾けたのだ。
『……俺の目が狂ってなければ、ついさっき杭から出て来た何者かと衝突して、斬撃が破られたように見えたけど?』
『奇遇ですね。私にもそのように見えました』
『メル姐さんに同じく。アレって防げるんだ、新発見』
防げる? いやいや、躱すでもなく、正面から受けて弾かれたのは、ジェラール以来の事だよ。その証拠に、大風魔神鎌は決戦時のクロメルだって斬ってくれたんだ。いやはや、こんなところで貴重な経験を得る事になるとは、世の中分からないものだな。
「よう、初めましてだよな? 自己紹介しとくか? それとも、早速始めようか? 俺はどっちでも良いぞ、アンタが行動で示してくれ」
「……十権能が一人、『不壊』のリドワン・マハド。偽神メルフィーナ、及びその使徒らの抹殺を開始する」
杭から出て来た奴、話が分かる奴で大助かりである。




