第122話 終末の宣告
「ふう、まあこんなもんかな?」
「満足の出来」
「これぞ鉄壁の要塞、いえ、氷壁の要塞ですね」
天使の避難所、その改築工事を終えた俺は、青ムド、ロザリアと共に満足していた。視認できない風の結界、アイスキャンディー風味の氷壁による二重の守り。そして俺とムドが作った氷やら鋼やらのゴーレム軍が、自動で外敵を排除してくれるよう、狙撃台に配置しておいた。その他にも、誘発式のトラップなども諸々設置。ラファエロさん達自身もそれなりに戦えるようだし、これでそこいらの堕天使レベルであれば十分に対抗可能だろう。
「皆の者! この圧倒的な要塞を見よ! 私達は今、神の奇跡を直に目撃しているのだ!」
「「「「おおー!」」」」
「「「「メール様! メール様! あそれっ、メール様ッ!」」」」
「……あなた様、助けてください」
俺達が作業をしている間に何が起こったのか、メルは天使達が担ぐ神々しい神輿の上に座っていた。周りには法被を羽織り、特製のメル団扇を手にした天使達で一杯だ。ラファエロさんはこれまた特製の大旗を振るい、応援団長と化している。
「どうしてこうなった?」
うん、本当にどうしてこうなった。分かってはいたけど、コレットが増殖したが如くの賑わいっぷりだ。メルが乗る神輿にはお供え物(?)の大量のフルーツが添えられているが、今のメルにはそれを口にする元気もないようだ。飯さえ食っていれば、基本いつでも元気なメルも、流石に今ばかりは――― あ、いや、違う。超高速でしっかり食ってる。食ってるけど、周りの天使達も超スピードで次々とお供えをしていくから、フルーツが減っているように見えなかったんだ!
「……いや、お前本当に何してんの?」
「クッ、しゃくしゃくしゃく…… これは決して、餌付けされている訳では、ゴクン!」
「主、大変! あれらはどれも…… 高級・フルーツ! 私にも食べる許可がほしい……!」
見ただけで全てを理解する、ムドの甘味サーチアイ。まずはそのヨダレを拭きなさい。
「あー、マスター。これからどうするんだ? 何か直ぐには出発できねぇ雰囲気だぞ?」
「それなんだよなぁ。文字通り神輿に担がれてるメルをあそこから連れ出すのは、かなり骨が折れそうだ。ここでの用件は終わったから、俺としてはさっさとレイガンドの首都に向かいたいんだが……」
「ご主人様、メル様に直接言って頂いては? メル様の言葉なら、天使の方々も素直に従うと思いますが」
なるほど、確かに。だが、あのフルーツ天国にいるメルが、自分から抜け出したいと言えるだろうか? まあものは試しだと、メルに念話を送ってみる。
『メル、そろそろ出発したいから、そのお祭り騒ぎを止めるように言ってやってく―――』
―――ギギギ。
それは、ちょうどそのタイミングに現れた。異様な音と気配、異常な魔力の捻じれを察知した俺は、それが出現しようとしている方向へと、大急ぎで視線を移す。
「何だ、ありゃあ?」
どうやらパウル君も俺と同じ感想を抱いたようだ。俺達の視線の遥か先、恐らくはレイガンドの首都付近、その上空に純白の杭が現れた。距離が遠い為に、正確な大きさは把握できない。が、ここからでも視認できるって事は、相応のでかさって事なんだろう。空間を裂いたかの如く、突然空に出現したその杭は、徐々に高度を落として地上に降り立とうとしている。
十権能による攻撃なのか、それともあの杭を地上に打ち込む事で、何らかの影響を及ぼすものなのか、目的は不明だ。ただ、俺達にとって良くない不吉なものだって事は、本能的に理解できる。クロメルが乗っていた方舟に近い感覚かな? しかもそれがレイガンドだけでなく、地平線の遥か向こうで他にも感じ取れてしまうのだから、実に困ったものである。あの杭を含めて、たぶん…… 全部で三本、くらいか? 兎に角、少なくとも敵は、あれだけのデカブツを転送できる能力と、作り出す力を有している。それは確定だ。
「ま、まさかアレは……!?」
「ラファエロさん、ご存知なんですか?」
「ええ――― って、ケルヴィン様!? 顔が凄い事になっておりますぞ!?」
え、嘘?
「申し訳ございません。ご主人様のそれは持病のようなものでして。ただ、見た目以外に害は皆様には及びませんので、どうかお気になさらず」
「そ、そうなのですか? ううむ、地上には私達の理解の及ばぬ病があるのですな。奇妙な事です」
感性がコレット基準なラファエロさん達だけには言われたくないんだが。そしてロザリア、地味に説明が酷くない? 見た目だって害はないんだぞ、俺は。
「って、そうじゃなくて、俺の顔についてはさて置いてください! それでラファエロさん、あの杭について何か知っているんですか?」
「ええ、我々天使に伝わる古い神話の伝承に、あの杭に類似した記述があるのです。世界が終末を迎える時、天より裁きの杭が降臨する。杭は大地に神罰を刻み、滅びをもたらすと」
「神々の大戦以前の神話ですね。過激派の神――― 今で言うところの邪神派の者達が、不適当な世界を滅する際に、そのような活動をしていたとされています。あの杭は攻撃であり、終末の宣告なのです。もちろん、私自身あのようなものを目にしたのは、これが初めてですが」
「アレってそんな大層なものだったのか…… じゃ、撃墜しても良いって事だよな?」
黒杖ディザスターを取り出し、大風魔神鎌を付与する。そして構える。距離的には厳しいが、一点集中させた斬撃ならギリ届くだろう。何よりも的がでかい。これを外す俺じゃないぜ、十権能さんよ。
「あなた様、仮に撃墜したとなれば、真下が色々と不味い事になるのでは? あれだけの大きさです。破壊した瓦礫が落ちる量も、相応のものになると思いますが」
「仮に真下がレイガンドの首都だとすれば、結果は悲惨なものになる。それで良いなら、私も狙撃する? ぶちかます?」
「待て待て! あそこは俺の故郷で――― い、いやっ、マスター・ケルヴィンの事だ! 何か考えがあるんだろ!?」
「………」
なるほど。俺らからの先制攻撃を見越して、密集地の真上に現れたのか。となれば、全てを切り裂く大風魔神鎌による斬撃を放つのは、あまりよろしくない。クッ、卑怯な……! あと、ここからどうしたものだろうか。もう大鎌を振りかぶっているんだよな、俺。格好つけた手前、ちょっと止め辛い。
「……風神脚×4」
熟考の末、放とうとしていた斬撃の魔力を転化させ、風神脚を詠唱、更にはそれっぽくポーズも変更する。これにより、俺とメル、ムドとロザリアのスピードがアップ。すかさず、次の作戦を口にする。
「遠くから撃ち落とすのが駄目なら、真下から何とかしてやろうじゃないか。皆、全速力であの杭の下に行くぞ。という事でラファエロさん、メルのファン感謝祭はまたの機会にお願いします」
「え? あ、はい、お気をつけて……?」
「ほら、メルもぱっぱと神輿から降りる。風神脚の効力は有限だぞ」
「うう、助かりましたが、フルーツは名残惜しい……」
何とも言えぬ空気の中での機転、そう、これは機転である。神輿からメルを降ろす事に成功し、レイガンドへ出発する口実を手に入れたと考えれば、まあ何とか誤魔化せるだろう。うん、多分通せる。後は移動するだけだ。
「よし、行こう! 杭は俺達を待ってくれないぞ!」
「ま、待ってくれ、マスター!」
あと少しだったのに、神妙な様子のパウル君に呼び止められてしまった。クッ、やはり無理があったか!?
「俺だけ魔法が付与されてねぇんだけど!?」
「……急いでるから、パウル君は留守番で」
大丈夫だった。




