第117話 天使の本性
無意識のうちに出してしまったよだれを綺麗に拭き取り、今度こそ塔の出口へと向かう。向かうったら向かう。相変わらずメルやロザリアは疑惑の目を俺に向けているが、向けるなら出口の方にしてほしい。だってほら、俺達が向かう先は出口なのだから。 ……うん、そろそろマジで止めてくんない? 本当にもう冷静だから。よだれも垂らしてないから。
「さて、塔の天辺はどうなっているのかな…… と?」
先頭に立って出口から足を踏み出すと、そこは雲の上であった。どんな仕組みなのかは分からないが、雲が地面代わりになっている。あ、いや、もしかしてこれ、雲の中に氷で作った地面を敷いているのか? 不思議と滑らないけど、やけにヒンヤリしているし、多分そうだ。つう事は、このモコモコしているのも雲じゃなくて、氷から発せられている冷気? はー、器用に色々やってんだなぁ。
「幻想的な光景ですね。雲を模した氷の世界、上はどこまでも広がる蒼穹、そして――― 警戒態勢で出迎えてくれる天使達」
「最後のは幻想的と称して良いものか、正直微妙なところだけどな」
幻想云々はさて置き、感嘆するメルの言葉は事実としてはどれも本当の事だった。サラフィアが作り出した避難場所、雲の上の世界だからこその青空。そして、槍を持って警戒心を露わにする、白き翼と光り輝く輪を頭上に持つ護り手集団。外見的特徴からして、彼らが白翼の地から避難して来た天使達なんだろう。というか、元転生神であるメルがそう言っているんだ。間違いない。
「客人よ、このような出迎えをして申し訳ないのだが、素性とこの場所を訪れた目的を教えてくれないだろうか? 返答によっては……」
天使達の先頭に立つ初老の男が、そう言って得物の矛先をこちらへと向ける。立派なお髭に厳格そうな雰囲気、ゴルディアーナから聞いた話と一致しているな。となれば、この天使が取り纏め役か。
『メル、頼んだ』
『了解です』
念話で指示を出し、俺は一歩下がる。代わりに、蒼き翼と天使の輪を顕現させたメルとバトンタッチ。白翼の地じゃ無名であろう俺が話すより、元はそこの住人であるメルが話を通した方が良いだろう。
「矛を収めてください、ラファエロ。私達は皆の安全を確保しに来たのです」
「ッ!? そ、その神々しい御声、そしてその蒼穹の如き翼は、もしや……!」
「ええ、先代の転生神、メルフィーナです。今はメルと名乗っていますので、呼称はそちらに合わせてくださいね」
「「「「「おおーーーっ!」」」」」
苦悶に満ちた表情から、希望に満ちた表情へと一様に早変わりする天使達。さっきまでの暗い雰囲気はどこに消し飛んでしまったのか、全員が歓声まで上げている。うん、ラファエロというらしい、取り纏め役の天使まで諸手を挙げて大喜びしとる。あとさ、ええと、その……
「あの、すみません。皆さんが今取り出した『メルフィーナ命!』、『LOVE』などと記した襷やら鉢巻やらうちわは、一体……?」
天使達が熱狂する中、俺はついそんな質問を投げ掛けてしまった。だってさ、さっきまで天使として納得な感じの服装だったのに、今の彼らはアイドルの追っかけみたいな姿になっているんだもの。おいそこ、白魔法でサイリウムを作るんじゃない。そして踊るな、本当にこの時代の天使かお前ら?
「ややっ!? 御客人、ご存知ないので!? 代々我々天使族は転生神様を推し、その素晴らしさを伝えようと日夜努力をして来たのです! まあ、我々は白翼の地を出る事ができなかったので、仲間内で活動するか、デラミスの巫女様に神託を送って布教する事くらいしか、平時はする事がないんですけどね!」
唾を飛ばしながらそう熱弁するのは、最早厳格という文字の欠片もないラファエロさん。ああ、今完全に理解したよ。この人ら、熱狂的なメルのファンなんだ。 ……ん? いや、待てよ?
『メル、もしかしてなんだけど、デラミスの巫女が代々転生神の狂信者になるのって、もしかして―――』
『―――あなた様、それ以上は言葉になさらないでください。大体想像の通りですから』
『えー……』
マジですか。
『白翼の地において一定以上の位にいる天使には、転生神の代理としてデラミスの巫女に神託を下す時があるのです。オーバーワークで神々しさを保てそうにない時や、何か今日は気分じゃないな~、なんて思う時、空腹で神託どころでない時など、非常に稀ではありますけどね』
お前、それ絶対稀じゃなかったろ? 結構頻繁に代理として活用していただろ? けど、まあ納得といえば納得か。これだけ熱狂的に『メルフィーナ』推しの天使達が神託を下せば、コレットの奴が感化されてしまうのも無理はない。
『なるほど。言ってしまえば、コレットは犠牲者でもあったんだな……』
『いえ、コレットは元々あんな感じでしたよ? ただまあ、私に対する信仰心と信仰心が神託時に出会ってしまい、双方更に信仰心が強力となってしまった、という哀しい経緯は確かにありましたが、うう……』
『最悪じゃねぇか……』
デラミスの大神殿にて、真剣な眼差しで祈りを捧げているコレット。しかし実際には、脳内で天使達との小粋な信仰心トークに花を咲かせていた、と。確かにメルにとっては地獄だろうよ、それは。
「っと、勝手に盛り上がってしまい申し訳ありません! ささっ、小汚い場所ですが、こちらへどうぞ!」
「ああ、どうも……」
俺達が通れるようにと、天使達が示し合わせたかのように、一斉に左右へと分かれる。いや、小汚いって、サラフィアが用意してくれた避難場所なんだけどな。
「メルフィーナ様、いえ、メル様! 此度の来訪は、やはり我々の安否を確認する為に?」
「ええ、その通りです。次の転生神となるゴルディアーナ・プリティアーナは、神の束縛により貴方達と直接会う訳にはいきませんからね。彼女の代理人として、僭越ながら先代の私が参じました」
「おおっ、なんと有り難い事でしょうか……! あの、後でサインを――― いえ、握手とかお願いしても!?」
「え? ええ、まあ、その程度の事でしたら……」
「あ! ラファエロ様狡いですぞ! 勝手が過ぎます!」
「越権行為だー! 上級天使辞めちまえー!」
「チャンスは平等にしなさーい! 堕天してるんじゃないのー!?」
「フハハッ、バーカバーカ! こういうものは早いもん勝ちだと、相場が決まっとるのだ! 負け犬の遠吠えが心地良いわい!」
「「「「「………」」」」」
天使達の予期せぬ喧嘩が始まってしまい、唖然としてしまう我ら一同。これがこの世界の天使、これが今回の護衛対象なのか…… 転生神が天使との直接的な接触を禁じられるのって、もしかしてそういう理由からなんじゃ? なんて、そんな邪推までしてしまう。
『メル、お前も昔はこうだったのか? ここの出身なんだろ?』
『冗談言わないでくださいよ。このノリが嫌で、外の世界に飛び出したまでありますからね、私。そういった意味では、私は唯一まともな天使だったのかもしれません』
普段はあまりない事であるが、この時ばかりはメルと共感してしまった。うん、至極共感。これなら俺も浮遊大陸飛び出すわ。どっちが堕天使なのか、正直もう分からん。
「メル様にお連れの方々、顔色があまりよろしくないようですが、如何されましたか? あっ、もしやメル様への信仰心が高過ぎて、次の転生神様への信仰が上手くいくか、その心配をされているのですかな!?」
「ハッハッハ、ご心配なく!」
「次の転生神様は、全能たるメル様がお選びになった選ばれしお方です!」
「フォッフォッフォッ。ワシは先々代のエレアリス様の時代から、転生神様という箱推しをしておる。絶対なる信仰心を持って、次なる転生神様の応援も致しますじゃ」
「イエイイエーイ!」
「「「「「………」」」」」
あの、次代の転生神、ゴルディアーナなんですけど…… 本当に大丈夫ですかね?




