第115話 パウルの苦難
「主、最後尾のパウルがかなり大変そうになってる。進行速度、少し落とした方が良いかも」
盛大な出迎えをしてくれるモンスター達を倒し、愉快な調子で雪道を進んでいると、背後より青ムドから声を掛けられる。心配しているというよりは、面倒臭そうな感じの口調だ。ちなみにであるが、レイガンド滞在中はずっと青ムドで過ごす予定であるらしい。赤ムドは寒いのが嫌、黄ムドは無駄に静電気が発生するから嫌なんだそうだ。
「えっ、マジか。こっちは雑談までして歩調を緩めていたつもりだったんだけど…… おーい、パウル君やーい!」
俺達の通り道をかなり後方よりなぞりながら、姿勢だけはダッシュを決めているパウル君を呼ぶ。雪道だけど、ひと昔前の刹那達程度のスピードは出てるかな? 個人的にはよくやっていると言いたいが…… うーん、天使達の安全確保を考えるに、もう一段階くらいはギアを上げてほしいのが正直なところ。
「かなり遅れているようだけど、やっぱり今からでもパブに帰るかー? 流石にこれ以上速度は落とせないぞー?」
「ハッ、ハッ、ハッ……! し、心配要らねぇよ、マスター・ケルヴィン……! こ、このパウル様は、まだまだ本領発揮してねぇんだおらぁぁぁーーー!」
獣の咆哮染みた叫びを上げるパウル君。その見事な叫びに比例するように、実際に速度も上がっている。元地元民として俺達に負けていられないというプライドが、或いは弟を救うのだという気持ちが、肉体の限界を超えさせているのだろうか。どちらにせよ結果的には、雪山の強行突破がパウル君の良い鍛錬となっているらしい。よきかなよきかな。
「ところで、あなた様。サラフィアが作ったという避難場所は、レイガンドのどの辺りに位置しているのです? 付近に街や村などがあるようでしたら、まずはそちらに寄って買い出しをする事を要求します。主におやつを、いえ、主食までいきましょう!」
「……一切合切ブレないその心には感服するが、残念だけどそれはできないかな。天使達の避難場所は、サラフィアの巣の近く――― 言ってしまえば、レイガンド国内において特に厳しい環境にある場所だ。んな場所に人里があると思うか?」
「フッ! あなた様、何を仰いますか。天使として私は信じていますよ、人の強さというものを!」
ええっ、急にそんな綺麗な顔をされても…… つうか、天使として信じているんじゃなくて、腹ペコでそう信じたいだけじゃ――― いや、これ以上は何も言うまい。
「……ロザリア、心の綺麗な天使様はああ仰っているが、サラフィアの領域に人里なんてあるのか?」
「ありませんね。目的地、レイガント霊氷山の天辺ですよ?」
「ぐはっ……!」
バッサリである。まあ、こっから更に険しい道のりだしな。こんな素敵な場所に住んでいる奴らがいたら、それは立派な戦闘民族だろう。
「……本当にいない? 奇跡的にいたりしない?」
「いませんね」
「ぐふあっ……!」
俺はショックを受けた。この傷は深い、ドロシーから受けた傷よりも深いッ……!
「何でご主人様まで血を吐いているんですか…… 兎も角、これより先は氷の壁を登るような道となります。最後尾のパウル様、一層の覚悟を決めてくださいませ」
「ふはっ、ふはぁー、ふはぁー……! おおお、おいおい、笑わせんじゃねーよ……! 覚悟云々なんて次元じゃねぇ、しぃ……! てめぇこそ追い抜かれる覚悟決めやがれぇやおらぁぁぁーーー!」
「あら、思いの外元気ですね。ご主人様、一体どのような教育を施したのですか?」
「ん? あー、別に教えても良いけど、聞いてどうするんだ? あまり参考にならないと思うぞ?」
「いえ、今度フーバーに試してみようかと。サボりを防止させる意味でも、なかなか使える気がします」
「考案した俺がこう言うのも何だけど、鬼だな。でも、その可能性を探求する姿勢、嫌いじゃないぜ」
フーバーもパウル君レベルの可能性を持っていそうだし、それも面白いかも? と、最終的にそんな考えに至った俺は、ロザリアに懇切丁寧な説明を行うのであった。よきかなよきかな。
そんな風に満足しながら進んでいると、噂の氷の壁地帯へと辿り着く。ロザリアの話によれば、この壁を登った先が氷竜王の巣になっているとの事なんだが…… なるほど、大した絶壁だ。巨大な氷を登るって行為だけでも危ないのに、こいつはただでかいだけの氷じゃない。氷全てに特殊な魔力が宿っていて、周囲に何かしらの作用を及ぼしている。つうか魔力を辿ってみるに、この雪山の土台、もしかして全部この氷か? うわ、規模がやべぇ。
「はー、とんだロッククライミングになりそうだな」
「あなた様、魔法で飛んだ方が良いのでは?」
「いやいや、パウル君がいる手前、師匠面している俺がそんな事はできないって。手足を使って、普通に登らせてもらうよ。パウル君、いけそうか? いけるよな?」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……! じょ、上等……!」
「主は変なところが真面目、私はメル姐さん派。普通に飛んで行く。モグモグ……」
「あっ! 待ってください、ムドファラク! 貴女、何か食べていませんか!? と言いますか、私の唾液腺を甘く誘惑する良い香りがッ! ずるい、ムドばっかりずるいです!」
「メル姐さんが泣いて懇願しても、これは駄目。私のおやつ、ングング……」
喧嘩をするように、メルとムドが一足先に飛んで行ってしまった。お前ら、どんだけ飢えているんだよ。
『常に戦いに飢えている、あなた様に言われたくないですね~♪』
『あっ、はい』
メルさん、心を読まないでください。
「私も竜らしく、空から行きますね。一応の先導役ですし」
どうやら自力で壁を登るのは、俺とパウル君のみであるらしい。
「ですがご主人様、お気を付けください。これまでの道中もそうでしたが、母様が生み出した氷にはモンスターを呼び寄せ、この場所を守護させる特性があります。ご主人様が壁を登っている時もそれは同様、氷のフェロモンに呼び寄せられたモンスターは容赦なくご主人様に襲い掛かるでしょう」
「ふんふん、つまり――― 素敵仕様って事だな?」
「ッ!?」
俺の発言に合わせて、パウル君が凄い勢いでこっちを向いた。ハッハッハ、パウル君もやる気満々であるらしい。それでこそ、俺の教え子である。ここでゆっくり、モンスターとの触れ合いを楽しんでいこう。え、天使の安全確保が先決? ……モチロン、覚エテルヨ?
「フッ、要らぬ心配でしたね。フェロモンの対象外となる私がいつまでもここにいては、ご主人様の邪魔になってしまいますし、お先に失礼致します。では」
「ああ、この壁の天辺で落ち合おう」
ビュンと、ロザリアが結構なスピードで真上に飛んで行った。おー、ロザリアも前より速くなったんじゃないか? こいつはうかうかしていられないな。
「よし! それじゃ、いっちょ俺達も登ろうとしようか、パウル君! スズ達に差をつけるチャンスを掴んだんだ、お前は幸せ者だなぁ!」
「た、たりめぇ、たりめぇぇ……」
この時、敢えてパウル君の顔は見ないようにしておいた。だってほら、気力に満ち溢れているに決まっているし、そうじゃないとしても、限界を超えようと奮起している漢の顔を、ジロジロと見るべきじゃないだろ?