第１１４話 良い子は真似しないでね
パウル君の話を聞くに、どうも行方不明となった弟、エドガー君を捜し出したいらしい。何でもパウル君とその父親であるレイガンド国王の仲は険悪であったが、弟とは離れ離れになるまで普通に仲が良かったんだとか。ぶっちゃけた話、対抗戦の最中にこっそり挨拶を交わしておきたかったくらいで、エドガー君やその護衛の姿がない事を、その時から不審に思っていたんだそうだ。で、今回の件が発覚し、居ても立っても居られなくなったと、そういう訳である。
『マスター・ケルヴィン、俺もレイガンドに連れて行ってくれ！ 多少の力にはなれる筈だ！』
と、顔が近くなるほどにやる気を見せるパウル君。分かった、分かったから離れてくれ。そう言って一旦落ち着かせ、改めてパウル君とパーティの面々を見回す。連れて行くのは構わないが、お仲間はどうするんだ？ と、そう聞いてみる。
『パウルが行くなら、俺達も力を貸さない訳にはいかねぇ！』
『マスター・ケルヴィン、どうか俺達も連れて行ってくれ。この通りだ、頼む』
どうやらパウル君だけでなく、パーティ全員がエドガー君の捜索に燃えているらしい。なんと美しい仲間愛（？）なんだろうか。だがしかし、うーん…… パウル君は及第点だとしても、お仲間は正直なところ足手纏いというか、そもそも移動速度について来られないというか。オブラートに包んで言ってしまえば、戦いの邪魔になるだけなんだよなぁ。平均的な堕天使とは良い勝負だろうが、ホラス並みの力を持つ幹部には勝ち目がない。将来的には凄く期待できるんだけど、今の実力じゃちょっと遠慮しておきたいのが正直なところだ。
『これこれ、Ｓ級冒険者様を困らせるもんじゃないよ。君達が雁首揃えて行ったとしても、足手纏いになるだけだ。ま、パウルでギリギリ及第点といったところかな？』
『じ、じじい、いつからそこにッ！？』
そんな俺の思いを代弁してくれたのは、唐突に現れた謎の老紳士だった。
『お初にお目に掛かる、『死神』ケルヴィン。私の名はウォルター、しがない元冒険者の紳士さ。或いは、パウル達の保護者みたいなものかな？』
『違うだろ！？ いつから保護者になったんだよ、アンタ！？』
わざとらしいくらいに紳士的な服装で現れた老紳士は、これまた紳士的に挨拶をしてくれた。ウォルターさん曰く、彼はパウル達が冒険者になったばかりの頃、仕事のイロハを教えてくれた先輩であり、師匠であったという。
『確かに、ウォルターさんの言う通りかもしれねぇ……』
『ああ、俺ら少し強くなったからって、自惚れていたんだな……』
『ウォルターさんの言葉が身に沁みるぜぇ……』
『お、お前ら！？』
何やら反抗期なパウル君とは正反対に、お仲間達はウォルターさんの言葉を素直に受け止めていた。彼らの随伴に心から反対したい俺にとって、これは嬉しい展開だ。しかもこの老紳士ウォルター、今は冒険者を引退したと言っていたが、率直に言って今のパウル君と良い勝負をしそうな気がする。できる事なら全盛期にお会いしたかった、実に惜しい。
とまあ、そんなウォルターさんの説得もあって、レイガンドに行くのはパウル君のみとなった訳だ。レイガンドの元地元民な訳だし、案内人として考えれば打って付けの人選である。めでたしめでたし。
「ご主人様、何か考え事でも？ 大変難しい顔をされていましたが」
雪道を進む中、不意に声を掛けられる。ちなみにこの声、エフィルのものではない。妊娠中のエフィルをこんな極寒の地に連れて来られる筈もなく、前と同様、エフィルはパブにてお留守番だ。では、俺をご主人様呼びするこの声は、一体誰のものなのかというと―――
「いや、何でもないよ、ロザリア」
―――そう、彼女はアズグラッドの愛竜にして、我がセルシウス家のクールな使用人、ロザリアである。なぜ彼女が俺達と共にレイガンドへ？ という疑問が思い浮かぶだろうが、まあこれにも深い理由があるんだ。
「それよりもロザリア、氷竜王――― 母親から試練だかの注文をされたんだろ？ 大変だな？」
「いえ、これも次期氷竜王として、母様に認めて頂くのに必要な事ですので」
ロザリアが氷竜王であるサラフィアより命じられた試練の内容は、自身の力を十全に使い、避難所に逃げ込んだ天使達を無事に保護せよ、というものだった。目的が俺らともろに被っている訳だが、同時になぜこのタイミングに竜王の試練？ という疑問も浮かぶ。
「母様は今、トライセンの魔法騎士団、その将軍として第二の竜生を楽しんで――― コホン、忙しい日々を送っています。そのタイミングで堕天使の騒動が起こったので、レイガンドにまで手を回す暇がないのでしょう。それに加え、竜王という王座に果たして娘が相応しいかどうか、折角の丁度良い機会だし、試してしまおう！ という、そんな魂胆があるのかと」
「な、なんだか人生を、いや、竜生を堪能しているみたいだな、ロザリアの母親……」
深い理由はないが、活き活きとしたサラフィアに振り回されるアズグラッドの姿が頭に思い浮かんだ。そんな二人の仲裁に入るダン将軍までがセットである。
「それで、ロザリアの自信のほどは？」
「はい、この日の為に鍛錬を積んで参りましたので、当然自信はありますよ。メイドとしての技能、心得もそうですし、アイスキャンディーだって以前よりも大量生産できます。どんな状況でも、どんなに離れていても可能です」
「え？ あ、うん……？」
なぜにアイスキャンディーの話題が出て来たんだろうか？ ロザリアなりのジョーク、なのか？
「ま、まあ試練の内容が内容だし、目的は一致しているんだ。俺らも力になるよ」
「ありがとうございます、ご主人様。見事氷竜王になった暁には、これまで以上に力を尽くす事をお約束致します」
「ハハッ、頼もしいな。しかし、本当にそうなったらセルシウス邸で、四人目の竜王が誕生する訳か。その時はお祝いでもしないとな」
「ッ！ ならばその際は、ロザリアに特別製のアイスキャンディーを作ってもらい、氷竜王の力を誇示して頂きましょう！ どんな巨大なものを作ろうとも、私が責任を持って食しますから、ええ！」
ここがチャンスとでも思ったのだろうか？ メルが俺達の話に割って入り、急にそんな提案をし始めた。ちなみにであるが、今回の遠征の面子は俺にロザリア、シュトラ＆アンジェとパブでの留守番を代わる形で、メルとムドファラクが来ている。セラは義父さんを北大陸へ送り帰す為にそちらへ、ジェラールとボガは寒いのが嫌とか言ってパブに残り――― え、ダハク？ ああ、気が付いたら置き手紙があって、ゴルディアの聖地に向かうとか書いてあったよ。相変わらずの行動力の化身というか、何というか。お土産とかはいらないから、無事に帰って来る事を祈るばかりだ。
「メル、お前はデザートが食べたいだけだろ……」
「いえいえ、ロザリアを祝う気持ちだって、もちろんありますとも。シャクシャク！」
「……で、今は何を食っているんだ？」
「大自然のかき氷です」
「汚いから止めなさい」
大皿に積まれた雪を強制的に投げ捨て、天使として最低限の尊厳を確保する。流石にそれ、天使のやって良い事じゃないぞと。どっちかって言うと堕天使的な行い、いや、むしろ堕天使にも失礼な気さえする。
「うう、ある程度予想はしていましたが、エフィルがいないと道中のおやつが、おやつが圧倒的に足りないのです……！」
「えっ、お前もう準備して来たおやつ、全部食ったのか！？ 確かこの前の討伐依頼の賞金、殆どおやつに費やした筈だろ！？」
「わ、わざとじゃなくて出来心、そう、出来心なんです！ いえ、気が付いたらこの口が勝手に！」
「ええい、そう言いながら苺シロップを懐から取り出して吸うんじゃない！ どんだけ空腹なんだ！」
「……アイスキャンディー、作りますか？」
「「是非ッ！」」
雪山のど真ん中にて、アイスキャンディーを口一杯に頬張る天使の図、完成。その笑顔は百点満点のものだった。
