第112話 天使の避難場所
「ああ、確かに学院長である私が許可を出していたよ」
「ほ、本当ですか……」
部屋に戻るなり、アートにゴルディアーナの転移門使用許可について確認するメリッサ。当然ながらその答えはイエスで、正規の手続きであった事が判明する。分かる、分かるぞ。未だに信じられない、その気持ち。
「申し訳ありませんでした、ゴルディアーナさん。私の早とちりで、不審者扱いをしてしまいまして……」
「まあ、ある意味で間違ってはいないんだけどねぇ」
「だな。知り合いじゃなかったら、俺も同じ風に行動していたと思う」
「そうね。うちの場合も、たぶん悪魔四天王が総出で動いていたわ」
これは仕方ないと声を揃える関係者一同。転移門からこんなインパクトの塊が現れたら、そりゃあ警戒するってものである。
「そうそう、そこまで謝る必要はないわん。私だってぇ、周りの反応を知った上で、この格好をしているんですものぉ。貴女は自分の職務を全うしただけでぇ、至極当然の反応と対応だったわよん。むしろ怯まず臆さず行動で示したその志ぃ、これからも大切にしてほしいわん。お仕事、頑張ってねぇん!」
「あ、ありがとうございます! では、失礼します!」
元気を取り戻したメリッサが、使命感に満ちた良い表情をしながら部屋を出て行った。
「……なんつうか、中身は本当に良い女だよな、プリティアちゃん」
「あらん? 私ったらぁ、ジェラールのおじさまとダハクちゃんに続いてぇ、ケルヴィンちゃんのハートまで射止めちゃったのかしらぁ?」
「ゆ、友人に留めてくれれば有り難いかな、ジェラール共々……」
ダハク? ええ、奴ならいつでも差し上げますよ? 本人も喜んでいるので。
「それよりもお姉様ぁ、どうしてここにぃ? 確か今日はぁ、アレの日よねぇ?」
「ええ、とっても大事なアレの日だったのだけれどぉ、色々あってねぇ」
「いや、アレって何だよ……」
アレアレ言ってないで、そこをキッチリ述べて頂きたい。
「ふんふん、これは生命力漲る面子ねぇ。良いわん、このメンバーになら教えても良い――― いいええん、むしろ教えなければならないわねぇ」
「このメンバーになら? どういう事だ?」
「それを今から教えて、あ・げ・るぅ。耳をかっぽじって、よぉく聞いてぇ!」
「「「ゴ、ゴクリ……」」」
色々な意味で唾を飲み込む俺達。おかしいな、十権能の話を聞いた時よりも腕に鳥肌が立っているのは、一体なぜだろうか?
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「―――という訳なのよぉ。私ったらぁ、この情報を皆に伝える為に頑張って逃げて来たのん! それは正に…… 愛の逃避行!」
「「「………」」」
逃避行でも愛はないと思う。しかし、まさか白翼の地に十権能が現れるとは。そして、邪神復活の害になりそうな強者を狩ろうとしていたとはゴクリゴクリ! そしてそして、もしもの時に現世に降りて来られるよう渡しておいた、インスタント転移門とクロト分身体が早速役立つとは。ゴルディアーナの機転のお蔭で、住民の天使達は逃げ延びたみたいだけど…… いや、ちょっと待てよ?
「なあ、逃げた天使達はどこに向かったんだ? プリティアちゃんの事だから、避難先も考えているんだろ?」
「もちろんよ~。これまで白翼の地の天使は、ある種自分の大陸で鎖国していた状態にあったのぉ。浮遊大陸だけどぉ、災害とかと丸っきり無関係という訳にはいかないでしょ~? だからぁ、いざという時の避難場所を各地に考えておいたのよん。その時に白翼の地がどこを移動しているかぁ、状況に応じてのねぇ~」
まだ正式に転生神になった訳じゃないのに、何とも用意周到なものだ。これがメルだったら、そんな事前準備は全くしていなかったと思う。いや、やる時はとことんやる凄い女神だとフォローはしておくが、やらない時はホントにやらないからさ、うん……
「でぇ、この時に避難場所として指定したのがぁ――― 雪と氷の国ぃ、氷国レイガンドよ~ん!」
「氷国、レイガンド……」
氷竜王サラフィアの協力を仰ぐ為に、アズグラッドやシルヴィア、ロザリアに向かってもらった国だったよな、確か。結構過酷な環境だった筈だが、そんなところで大丈夫なんだろうか?
「フフッ、安心なさい。こんな事もあろうかと、氷竜王サラフィアちゃんの支配領域に避難場所を作ってもらっていたのよん。竜王の巣なら、サラフィアちゃんの色香でモンスターが守護してくれるしぃ、人目にもつかないから安全でしょ~?」
「い、いつの間に…… サラフィアって、今はトライセンにいた筈だろ? よくそんな大規模なもんを作る暇があったな?」
「そこはまあ、流石は竜王ってところかしらぁ。集中すれば秒でできるからってぇ、二つ返事で了承してくれたわん。多分だけどぉ、トライセンに向かう前に作ってくれたのよん」
「……凄まじいな」
俺だってその規模の拠点を作るとしたら、それなりに時間を要するってのに。ロザリアの超えるべき壁は、何とも険しそうだ。
「じゃあ、まずはそこに避難した天使達の安否確認か。プリティアちゃんも忙しいな」
「ううん、私は向かわないわよん? 完全ではないとはいえ、仮の転生神として天使ちゃん達と直接的に介入する事ができないのぉ。ケルヴィンちゃんなら分かると思うけどぉ、『神の束縛』、そのソフトタイプってやつよぉ」
いや、神専用の隠しスキルをそんなSMチックに言うもんじゃねぇよ。そして俺に振るな、誤解されるだろ!
「まあそんな感じだからぁ、私の代わりに誰か天使ちゃん達の様子を見に行ってくれないかしらん? 種族としては悪魔と並ぶくらいに強いしぃ、サラフィアちゃんの巣の効力もあるから殆ど問題ないと思うけどぉ、十権能の件もあるからねぇ」
「それなら、人手の多いケルヴィン君のパーティに任せるのが良いんじゃないかな? パーティとしての強さも、S級冒険者として随一だ。ああ、私は学院長としての仕事があるから、そもそもそんな暇はないよ?」
「あー、それに賛成。アタシ、寒いの苦手」
「私も巫女としてお姉様と行動を共にしたいからぁ、ケルヴィンちゃんに任せたいわぁ」
「僕はケルにいを手伝いたいけど……」
「はいはーい、駄目ですよー。実力はあっても、リオンさん達はルミエストの学生さんです。手続きなしに休学はとっても不味いです。例外を認めるのも、学園として不味いのですー」
「フッ、そういう事だから、精々頑張って遠征なさいな、ケルヴィン」
そう言って、ベルがニヤニヤしながら会話を締めた。気が付けば、俺がレイガンドに向かう流れになってしまっている。
「おいおい、勝手に決めてくれるなよ。大体だな―――」
「―――レイガンドは過酷な地、だからこそ、出現するモンスターも狂暴だ。冒険者ギルドで出されているモンスター討伐依頼も、他と比べて群を抜いているよ? ケルヴィン君向けじゃないかな?」
「……仕方ないなぁ。他に適任者がいないのなら、俺達が行くしかないじゃないか。本当に仕方ないなぁ~」
「ホント、チョロいわね」
仏の心を持つ俺は、レイガンド行きを快く了承した。他意は一切合切ない、あり得ない。
「一応確認だけど、今の天使の代表者は誰になるんだ?」
大丈夫だとは思うが、相手はずっと他種族との関わりを断って来た相手だ。きっちり話す相手は決めておきたい。
「というか、天使の長は無事なのか? さっきの話だと、長達の姿はなかったみたいだけど?」
「それなんだけど~…… 長の体ぁ、恐らく義体として利用されちゃってるわん」
「……は?」
いつになく神妙な様子のゴルディアーナが、なぜかポージングを決め始めた。
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