第111話 不審者
話がひと段落し、休憩を挟むという事で俺は一旦部屋を出る事とした。あのまま雑談を交わすのも良いが、あまり長い時間強そうな奴らに囲まれていると、自分の理性を保つのに一苦労しそうだったからな。ここは用を足すなどして、クールダウンしておくのがベターだろう。
にしても、邪神に付き従う堕天使、十権能か。元々は全員が神でありながら、神話の大戦に敗北した事により、その存在をスケールダウンさせられ、この世界に邪神共々封印された、だったか? それが何の因果なのか、クロメルの騒動からそんなに経っていないこのタイミングで復活――― ククッ、よくそんな面白そうな連中が出て来てくれたもんだ。暫くは後輩の育成、身寄りがない孤児や奴隷、特に才能のありそうな者達を集めて、学校の真似事をしてみようかと思っていたんだが、これじゃあそんな暇もできそうにない。あー、困った困った、本当に困ったもんだよ。人生とはままならないものである。
「あ、あの人、ブツブツと一人で笑っていますわ。一体何なのかしら……?」
「カトリーナさん、近付かない方が良いですわ……」
「むむっ、あの方は『死神』のケルヴィン・セルシウス様ですの!」
「ご、ご存知ですの、カトリーナさん!?」
「当然ですわ。対抗戦にも出場されていましたし、リオンさんのお兄様、そしてクロメルさんのお父様でもありますもの」
「そうでしたの? 私、学園の警備のお手伝いをしていたので、全くの初見でしたわ」
「そ、それにしても、リオンさんやクロメルちゃ――― さんの、血縁の方でしたの…… あまり似ていないですのね。お二人はあんなに天使ですのに」
「お母様似、なのでしょうか? ベルさんのお父様もいらっしゃっていましたが、全く違う外見でしたし」
「ベ、べべべ、ベルお姉様のお父様ですってぇ!? 貴女、その情報をどこで!?」
「え? あ、はい。警備のお手伝いをしていた際、学園外のキャラバンになぜか王族の方がいるという情報を耳にしまして、それがベルさんのお父様で―――」
「―――こうしちゃいられませんわ! ベル様のお父様に、一度ご挨拶をかましませんと!」
「「カ、カトリーナさん、お待ちになってぇー!?」」
見事なお嬢様口調と縦ロールの女子生徒の集団が、猛ダッシュで彼方に消えて行った。流石は王族貴族御用達の学園というか、あんな絵に描いたような生徒もいるもんなんだな。リオンやクロメルの事も知っていたみたいだし、もしかしたら友達だったのかも? けれど、ベルお姉様って呼び方は、一体どういう関係でそうなったんだろうか? なんか妙な執着心を持っているようだったし、もしかして――― いや、変な詮索をしないでおこう。回り回ってベルに蹴られる未来が見える。
「っと、すまん」
「あっ、すみません」
廊下の曲がり角にて、向こうからやって来た女子生徒とぶつかってしまう。どちらも走っていた訳ではなかったから、軽く接触する程度で済んだようだ。ん? 俺が気配に気付かずに、ぶつかった? ……へえ。
「あら? 貴方はもしや、S級冒険者のケルヴィンさんでは?」
女子生徒が俺の顔を見るなり、臆せずハッキリと名前を言い当てる。普通、S級冒険者とばったり出くわしたら、さっきの女子生徒みたいに動揺するものだが、堂々としたものだ。ああ、断じて俺が不審者チックな行動をしていた訳ではなく、S級冒険者だから驚かれたんだとも。
「そうだけど、君は?」
「ああ、申し訳ありません。自己紹介がまだでしたね。私、生徒会長を務めているメリッサ・クロウロードと申します」
ほう、生徒会長! 生徒会長ならば、学園内でも指折りの実力者である筈。言うなれば、対抗戦に出場した生徒達をも取り纏める存在だ。なるほどなるほど、俺が気配を感じ取れなかったのも、彼女の実力のうちという訳か。更には目にした途端に感じられる、この圧倒的な存在感! まるで彼女の後ろから、神様めいた後光が差していると、そう錯覚させられてしまう。アート学院長め、まだこんな隠し玉を持っていたとは、やはり侮れないな。
「対抗戦、お疲れ様でした。あの凄まじいまでの試合、見ているだけでも手に汗握る、素晴らしいものでした。尤も私程度では、残像さえも追えませんでしたが……」
ほほう、ここまで俺をその気にさせておいて、まさかの謙遜。これはある種の挑発と受け取るべきか? 誘ってるのか? もしかしなくても、私をその気にしてみなさいよと、そんな高度なテクを使っているのか? そこまで言われては、一バトルジャンキーとして断る選択肢はあり得ない。神柱との予期せぬ戦いに満足しかけていたが、デザートをくれるというのなら、それを食ってこそのバトルジャンキー。要らぬと断るのは、失礼以外の何ものでもないからなっ!
「あらん? 急に止まってどうしちゃったのぉ? 私が不審者じゃないってぇ、漸く分かってくれのかしらぁん?」
「違います。生徒会長として、そして対抗戦を運営する者として、許可もなく転移門から現れた不審者を野放しにする訳にはいきません。と言いますか、どうやって転移門の認証を突破したのですか? その奇天烈な格好といい、本当に怪しいです」
「もん、いっけず~。私、何も怪しい事はしてないわん。アートちゃんに~、正式に許可をもらってるの~」
メリッサの背後、曲がり角で隠れていた俺の死角より、独自の言葉を話す巨大なピンク色が現れる。その人物には見覚えがあり、不思議な後光と凄まじいまでのプレシャーを放っていた。それを目にした瞬間、不覚にも俺は硬直してしまった。そして、次に納得する。
「あ゛あ゛! 誰かと思ったらぁ、ケルヴィンちゃんじゃな~い! 運命的な出会いに感謝、しなくちゃねん!」
「あ、ああ、久し振りだな、プリティアちゃん……」
あ、違ったわ。メリッサの気配を感じ取れなかったの、俺が無意識のうちに察知能力を遮断していたせいだわ。後光も圧倒的な存在感も、後ろのゴルディアーナが原因だわ。 ……と。
危ない、本当に危ないところだった。あと少しゴルディアーナが出て来るのが遅れていたら、少しばかりメリッサに手を出していたかもしれなかった。いや、うん、俺は理性的な戦闘狂。きっとギリギリのところで我慢していたさ。だって理性的だもの。
「えっ? あ、あの、ケルヴィンさん、お知り合いだったのですか?」
「ああ、俺と同じS級冒険者の『桃鬼』、ゴルディアーナ・プリティアーナだ。見た目と言動はちょっとだけアレだけど、人となりは俺が保証…… うん、保証するよ。きっと大丈夫」
「何でちょっと自信なさ気なんです!?」
「もう、初心なんだからん(はぁと)」
バチコンと飛んで来たウインクを躱す。参ったな、盾役のジェラールがいない。つうか、何でゴルディアーナがここにいるんだ? 確か、今は神様の仕事の引き継ぎをしていたんじゃなかったっけ?
「ああーッ! S級冒険者のゴルディアーナ・プリティアーナさんがなぜここに!? それにそれに、最終戦で活躍されたケルヴィン・セルシウスさんじゃないですか!」
強烈な再会をした直後だというのに、また新たな参入者の声が聞こえて来てしまう。けど、この声には聞き覚えがあった。
「えーっと、確か君は…… 実況のランルルさん?」
「はい! 対抗戦の実況をしていた、そのランルルです! 覚えて頂けて光栄です! 私ってば腕っぷしの強い人のファンでして、できれば可能であれば慈悲の心があれば是非ともサインを頂きたくお願いしまーっす!」
実況の時よりも早口かつ興奮気味に、ランルルが本と布らしきものを勢いよく差し出して来た。
「わ、分かったらから落ち着いてくれ。プリティアちゃんも良いか?」
「もちろんよぉ、ファンは大事にしたいとねぇ」
「わあ、夢みたいです! ありがとうございます!」
「で、これにサインを書けば良いんだな? ……えっと、この本と布は?」
「はい! 『死神ケルヴィン悶絶ポエム集』に、『お土産版ゴルディア式戦闘着』です!」
待て、それをどこで買って来た?




